ボードー/グリムトが照らしたユヴェントスの現在地――「名前」ではなく「中身」で問われる強さ
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ユヴェントスがノルウェーで学んだこと――ボードー/グリムトという「サッカーの問い」
「ボードー」と聞くと、どんなイメージが浮かぶでしょうか。
冷たい風、人工芝、見慣れない選手たち、そして「負けたら大騒ぎ、勝っても評価されにくい相手」。
そんな独特な存在が、ボードー/グリムトです。
イタリアでは、パオロ・ディ・カニオが「サーモンを逆流してのぼる」ような彼らのスタイルをなぞらえて、こう呼びました。
「salmonari(サーモンたち)」。
彼らは毎年のように、調子を落としているイタリアのビッグクラブの前にぬっと現れて、その弱点を容赦なくあぶり出してきました。
2021年にはローマに「6-1」という傷跡を残し、昨シーズンはラツィオとぶつかり、その指揮官マルコ・バローニの挑戦を打ち砕きました。
そして今回は、ユヴェントスの番でした。
「ボードーにすら勝てないのか」「ボードーにしか勝てないのか」という罠
ボードー/グリムトほど、語られ方が難しいクラブも珍しいかもしれません。
負ければ「ボードーにすら負けた」と言われ、勝てば「所詮ボードー相手」と片づけられる。
でも、本当にそうでしょうか。
人口が少ない北部の街、厳しい気候、決して豊かとは言えない歴史と資源。
その中で、彼らはあえて「この地域の選手を中心に育てる」という制約を自らに課し、そのうえで「グアルディオラ時代のバルセロナ」を思わせるポジショナルプレーを磨いてきました。
「下からつなぐには、世界的なタレントが必要だ」。
そうした言い訳を、ボードーはサラサラと手のひらからこぼれる砂のように崩していきます。
技術的に劣ると言われる選手たちでも、整理されたアイデアと積み重ねられたトレーニングがあれば、「ボールを持つこと」が武器になると証明しているのです。
勝てないユヴェントス、揺れるスパレッティの船出
そんな相手に、ユヴェントスは重い空気を抱えてノルウェーに乗り込みました。
ルチアーノ・スパレッティ新体制は、セリエAで3試合連続ドロー。
「1試合で2点目が取れない」もどかしさの中で、選手起用や戦術の新しさも、次第に「対症療法」に見え始めていました。
後ろに下がるクープマイナース、最終ラインからのビルドアップ、ポジションチェンジ。
それらが「新しい病気を隠すための絆創膏」に見えてしまうほど、結果がついてこない。
チャンピオンズリーグのグループ(リーグ)戦でも、ここで勝ち点を積まなければ、早々の敗退も現実味を帯びる状況。
「もしボードーにすら勝てなかったら…」。
そんな重たい前提を背負っていたのが、このアウェーゲームでした。
ボールを持つボードー、ボールを奪えないユヴェントス
試合開始から、違和感がありました。
セリエAでは平均ポゼッション58%を誇るユヴェントスが、ボールを追い回す側に回っていたのです。
前半終了時、ユーヴェのポゼッションはわずか42.4%。
ボードーは、狭い中央でも落ち着いてボールを回し、ポジションチェンジでユーヴェ守備陣を揺さぶり続けました。
イタリアではよく、こんな言葉が繰り返されます。
「Avere il pallone non significa niente.(ボールを持つことには、意味なんてない)」。
しかしボードーのプレーは、まるでそれに反論しているようでした。
「Il pallone è uno strumento per disordinare l’avversario.(ボールは、相手の秩序を崩すための道具だ)」。
このイメージ通りに、彼らはポゼッションでユーヴェを解体しようと試みます。
27分、ボールに触れられない3分間
25分から27分にかけての3分間、ユヴェントスは一度もボールに触れませんでした。
左右に揺さぶられ、インサイドに針を刺され、またサイドに流される。
その流れの中で、まず25分にはブロムベリがエリア内で決定機を迎え、続いてマッターがシュート。
そのこぼれ球を守りきったカンビアーゾのブロックからコーナーキックが生まれ、27分、そのCKからブロムベリのヘディングで失点。
「気づいた時には、もうやられていた」。
そんな感覚だったかもしれません。
| 局面 | ボードー/グリムト | ユヴェントス | 優勢 |
|---|---|---|---|
| ポゼッション(前半) | 57.6%(通常以上を確保) | 42.4%(セリエA平均58%より大幅低下) | ◎ ボードー優勢 |
| 半スペース活用 | エフイェン・フェト・ブロムベリがmezzo spazioに侵入 | 3バックの両脇が判断迷いで後手 | ◎ ボードーが機能 |
| ユーヴェ後半の修正 | 守備範囲が拡大し対応が困難に | ユルディズ投入で左右の幅を確保 | ○ ユヴェントスが逆転 |
| xG(期待得点) | 1.75(準強豪レベルのパフォーマンス) | 3.44(後半15本のシュート) | △ 数値上は競っていた |
| 最終スコア・結末 | 2-2(87分PKで同点) | 2-2(逆転後に追いつかれる) | △ 勝ち点1ずつ |
ユーヴェ守備を苦しめた「メゾスパツィオ(半スペース)」
ボードーの攻撃の肝は、いわゆる「mezzo spazio(メゾスパツィオ/半スペース)」の活用でした。
両インサイドハーフのエフイェンとフェト、そして内側に絞るウイングのブロムベリとマッター。
彼らはサイドバックとの三角形をつくりながら、その半スペースに顔を出し続けます。
ユーヴェの「ブランチェッティ(3バックの両脇)」を務めるカルルやクープマイナースは、一瞬の判断の遅れで常に後手に回り、ラインを割って食いつくべきか、ステイするべきかで迷い続けました。
34分のフェトへの小さなロブパス、そこからブロムベリへの展開、そしてホーグのシュートまで運ばれた一連の流れは、その構造的な弱点を象徴するシーンでした。
「守備で何となく迷っている」。
そのわずかな心の隙間を、ボードーはためらいなく突いてきます。
それでも光ったユーヴェの前半――ボールをつないで、前へ
ただし、前半のユヴェントスは「悪かった」と言い切るのも違います。
特に、ボードーのハイプレスをかいくぐった場面では、このチームが持つポテンシャルが確かに顔を出していました。
オペンダは前線と中盤をつなぐ「つなぎ役」として何度も降りてきて、ボールを引き出しました。
右サイドでは、カンビアーゾ、クープマイナース、ミレッティのトライアングルがきれいにつながる場面も増えていきます。
そして、その流れの中で光ったのが、セルジオ・コンセイソンです。
彼は右から左へとポジションを絞り、ボールサイドへの距離を詰めたり、逆に右で孤立した状態から一気に仕掛けたりと、動きの幅で攻撃にアクセントを加えました。
- 「mezzo spazio(半スペース)」への侵入タイミングを練習で繰り返す — サイドバックとセンターバックの間の斜め前スペースに、インサイドハーフやウイングがタイミングよく入る動きをパターン練習として積み上げる
- 守備側は「食いつく・ステイする」の判断基準を言語化する — ユヴェントスの3バック脇が迷ったように、守備者が半スペースを使われた際の対応原則(どこまで出るか、誰がカバーするか)を事前に明確にしておく
- ハーフタイムの修正を「幅の使い方」から考える習慣をつける — スパレッティがユルディズを入れてピッチ幅を広げた修正のように、「なぜ相手に持たれるか」の原因として幅と深さのバランスを確認する視点を持つ
決定機を逃した前半終盤のシーン
前半終了間際のビルドアップは、この試合を象徴する一つの場面でした。
自陣の深い位置までパスでつなぎ続けたユーヴェは、最後にミレッティの鋭い縦パスでコンセイソンを前向きにターンさせます。
コンセイソンは右のマッケニーへ。
マッケニーは空いたスペースを見逃さず、「斜めの横パス」で再びコンセイソンを走らせ、まるでPKのような位置でシュートチャンスを作り出しました。
しかし、シュートは「sgonfio(しぼんだ)」ボールとなってGKハイキンの手におさまります。
それでも、その1本の攻撃の中で、スパレッティは何かをつかんだはずです。
「この形を、もっとはっきりさせればいい」。
スパレッティの修正――ユルディズ投入でピッチを「広く」使う
後半開始と同時に、スパレッティは大きな決断をします。
アジッチを下げてケナン・ユルディズを投入しました。
この交代が、試合の流れを大きく変えます。
コンセイソンは右にとどまり、ユルディズは左タッチライン際に広く張る。
これにより、ユヴェントスは攻撃の幅をピッチ全体にまで広げることに成功しました。
中央を好むアジッチがいなくなったことで、左ハーフスペースにはミレッティがのびのびと侵入できるようになり、左右両サイドに「幅」と「深さ」を同時に生み出せる構造に変わったのです。
- ポゼッション率だけで「どちらが優勢か」を判断しない — ユヴェントスはセリエAで平均58%のポゼッションを誇るチームでも前半42%に抑えられた。ボールを持つ「質」と「どこで持つか」に注目する見方が楽しい
- 交代選手が入った後のピッチの形の変化を観察する — ユルディズ投入後にユヴェントスの左右の幅が広がり逆転につながったように、交代直後の「ポジションの変化」を追うと戦術的な面白さが増す
- 「環境が悪いからできない」という言い訳をボードーが崩している — 寒冷地・人工芝・小規模都市のクラブが整理されたアイデアでビッグクラブを追い詰める事実は、「工夫と準備で強くなれる」ことを示す最高の見本
広がったからこそ、半スペースが生きた
その結果、ボードーは守る範囲を一気に拡大させられ、両サイドを同時にケアすることが難しくなりました。
左ではユルディズ。
右ではコンセイソン。
そしてその内側の「mezzo spazio」に、ミレッティとマッケニーが次々と飛び込んでくる。
同じ「半スペース」でも、前半はボードーが主導権を握っていましたが、後半はユヴェントスがそこを攻略の起点に変えていきました。
同点弾と逆転弾――ミレッティという「扉」を開けて
同点ゴールは、まさにその流れから生まれます。
ミレッティが左の半スペースで前向きにボールを収め、そのままエリア方向へと運んでいく。
エリア内での混戦の末、オペンダが押し込み、ユヴェントスはついに追いつきました。
さらに、1-2とひっくり返した場面は、スパレッティの修正が完璧にハマったシーンでした。
高い位置でクープマイナースがボールを奪い返し、一気に右から左へ展開。
左でボールを持ったユルディズには、なんと4人ものボードーの選手が寄せていきます。
ここでユルディズは慌てませんでした。
縦に刺すパスで、左の半スペースを駆け上がってきたミレッティをお膳立てします。
ミレッティはボールをスルーし、そのままワンタッチでふわりとしたクロスをファーサイドに。
そこを、マッケニーが力強く叩き込みました。
数字が示す「内容」と、90分が示す「現実」
後半のユヴェントスは、まさに攻撃のスイッチが入った状態でした。
シュート23本(枠内16本)、xGは3.44。
そのうち15本のシュートを後半だけで生み出したことを考えると、どれだけ攻め込んだかがわかります。
一方で、ボードーも1.75というxGを記録しており、数字上も「侮れない相手」どころか、堂々としたヨーロッパ準強豪レベルのパフォーマンスを見せていました。
87分、ユヴェントスはケリーとカバルの集中を欠いた対応からPKを与え、オーレ・アウクレンドに同点弾を決められます。
さらに90分にはフェトの決定機、ロカテッリのスライディングに対する判定次第では、逆転されていてもおかしくない展開でした。
「勝っていてもおかしくない試合」。
「負けていてもおかしくない試合」。
そのギリギリのバランスの中で、ユヴェントスは少なくとも「内容のある90分間」を見せることには成功しました。
結果か、内容か――ユヴェントスというクラブに向けられる視線
ユヴェントスというクラブほど、「結果」で評価されてきたチームはありません。
1-0でも勝てばいい。
内容よりも「スコアボード」が優先される文化が、長くこのクラブのアイデンティティでもありました。
けれども今のユヴェントスには、その「結果」を支えるだけの確信や土台が、まだ十分にはありません。
だからこそ、このボードーでの一戦では、「勝ち点」以上に「自分たちが何をしようとしているのか」が見えたことが、大きな意味を持っているように感じられます。
ボードーのように、厳しい環境から「自分たちなりのサッカー」をつくり上げてきたチームと向き合うとき、私たちもまた、こんな問いを投げかけられているのかもしれません。
「本当に、強さは『名前』や『歴史』だけで決まるのか」。
「ボールを持つチームは、美しいだけでなく、したたかにもなれるのか」。
「若い選手たちが学び、成長するために、何を大切にすべきなのか」。
ボードーとユヴェントスから、私たちが学べること
サッカーを見ている子どもたちにとって、この試合は格好の「教科書」です。
地方クラブであっても、環境が厳しくても、工夫と勇気でビッグクラブを追い詰めることができるというボードーの側の物語。
そして、プレッシャーの中でも、試合の中で修正を重ねながら、少しずつ主導権を取り戻していくユヴェントスの物語。
二つのストーリーが、90分の中で何度も交差していました。
あなたなら、どちらのチームのどんなプレーを真似してみたいでしょうか。
ユルディズのように、タッチライン際でボールを受けてから、冷静に縦パスを通す判断力か。
ミレッティのように、「半スペース」を見つけてタイミングよく飛び出していく感覚か。
それとも、ボードーの選手たちのように、怖がらずに中央でボールを受け続ける勇気でしょうか。
サッカーは「名前」ではなく「中身」で語られるべき
ボードー/グリムトとの一戦を通じて、ユヴェントスはひとつの大事な経験を積みました。
「ボードーにしか勝っていない」のか。
「ボードーに勝ったからこそ、何かをつかんだ」のか。
この違いを決めるのは、たぶんこれからのユヴェントスの歩みです。
そして私たち観る側も、「名前」ではなく「中身」でチームを評価する目を持てるかどうかが、問われているのかもしれません。
最後に、サッカーにもよく通じるフレーズを紹介して締めくくりたいと思います。
「Le grandi squadre non si definiscono dal loro nome, ma da come reagiscono nei momenti difficili.(偉大なチームとは、その名前で決まるのではない。苦しい瞬間にどう反応するかで決まるのだ)」。
ボードーの寒空の下で見えたユヴェントスの反応は、はたしてこの先、どんな未来につながっていくのでしょうか。
