やめたい夜を越えて:イゴール・チアゴが示す、選び続ける勇気とサッカーを手放さない生き方
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「やめたい夜」をくぐり抜けて──イゴール・チアゴが教えてくれる、選ぶ勇気と待つ勇気

13歳、フルタイムの労働とフルタイムの夢
13歳で働き始める。 それが、今プレミアリーグで得点ランキング2位にいるイゴール・チアゴの「キャリアのスタート」だった。
ブラジルのゴイアス州、シダージ・オシデンタル。 父を亡くし、母と兄弟を支えるために、果物屋、建設現場、洗車。 まだ成長期まっただ中の身体でこなす仕事は、サッカーとは真逆の世界に見える。
けれど彼にとって、その「働く時間」は、夢から遠ざかる時間ではなかった。
自分の中のどこかで、「プレミアリーグでプレーする」という目標だけは動かさなかった。 テレビの中のクリスティアーノ・ロナウドに憧れ、兄に連れられて通った地域クラブの試合に胸を高鳴らせる少年は、 現実と夢のどちらも、同時に握りしめていた。
日本でサッカーをしている10代にとって、「仕事」と「夢」が同時にのしかかる経験は、それほど一般的ではないかもしれない。 ただ、部活と勉強、クラブと受験、家の事情やケガ。 形は違っても、「どちらかをあきらめないといけない気がする」状況は案外身近だ。
そんなとき、イゴール・チアゴはどう選んだのか。 彼は「夢を優先」したのではない。 仕事も夢も、両方を選んだ。
どちらかひとつを捨てるのではなく、「両方を抱えたまま続ける」という選択。 それは一見、中途半端にも見える。 でも、現実を引き受けながら、目標も手放さないというのは、決して弱い選択ではない。
もし自分だったら、どこで折り合いをつけるだろうか。 「サッカー一筋でいく」と言い切るのか。 「現実的に無理だ」と踏ん切りをつけるのか。 それとも、イゴールのように、矛盾した状況の中で両方を抱えたまま続けてみるのか。
| 場面 | 取り得た選択肢 | チアゴの選択 | 結果 |
|---|---|---|---|
| 13歳・家族の生計 | サッカーか仕事かどちらかに絞る | 仕事も夢も両方を抱えたまま続ける | ◎ 両立を継続 |
| 名門ユースに落ちる | 夢を下方修正して趣味に切り替える | 小さなクラブ(ヴェレ)で自分の基準で戦う | ◎ 得点王→クルゼイロ加入 |
| プロデビュー後の重圧 | 「やめたい」感情のまま離脱する | 揺れながらも続けることを選ぶ | ○ プロキャリア継続 |
| ルドゴレツで試合出場なし | トップチームのベンチで待ち続ける | Bチーム降格を自ら申し出る | ◎ 出場時間確保→活躍 |
| プレミア加入直後の膝手術 | 焦って無理に復帰を早める | 「待つ」ことを選び完全回復を優先 | ◎ 復帰後ゴールラッシュ |
| 2026年W杯代表争い | 結果だけを追い求める | 「自分はもう準備ができている」と選択の積み重ねを信頼する | ○ 代表候補として準備中 |
エリートに門前払いされた18歳の「遠回り」
ブラジルの有名クラブの下部組織に、何度も断られる。 ここにもまた、多くの選手にとって見覚えのある場面がある。
イゴール・チアゴは、名門のユースには選ばれなかった。 そこで彼が選んだのは、「小さなクラブへ行く」という道だ。 ヴェレ。 人口7,000人ほどの街の小さなチーム。
このとき、彼の頭の中には少なくとも二つの選択肢があったはずだ。
- 夢を下方修正して、サッカーを趣味として続ける
- 小さくても「プロにつながる可能性」を選び、そこで自分を証明する
彼は後者を選んだ。 そして、そのリーグで得点王になる。
ここで重要なのは、「得点王になった」ことそのものよりも、 「どの舞台でも、自分の基準で結果を出そうとした」ことかもしれない。
環境を選べないとき、「どうせこのレベルだし」とどこかで力を抜くことは簡単だ。 自分の実力を測る物差しを、周りのレベルに合わせてしまう。
イゴールはどうしたか。 ヴェレという小さなクラブのリーグであっても、そこで「自分は何点取るべきか」「何をできる選手でありたいか」を考え、 その基準に向かってプレーした。
その結果として、クルゼイロの目にとまる。 「大きなクラブに選ばれなかったから終わり」ではなく、 「小さなクラブで、自分から扉をノックし続ける」。
日本でも、強豪校やJクラブのアカデミーに入れなかった瞬間に、 「プロは無理だろうな」と自分で天井を決めてしまう選手は少なくない。
でも、本当にそこで全てが決まるのだろうか。 環境を選べないとき、「自分の基準」をどう保つか。 そこに、プレミアで点を取り続けるような選手との分かれ道があるのかもしれない。
- 「強豪に落ちた選手」に自分の基準を持たせる声かけをする — 名門アカデミーや強豪校に入れなかった選手がBチームや下部リーグで腐らないためには「どのレベルでも自分の基準で結果を出す」という問いを持てるかどうかが鍵になる。練習後に「今日の自分の基準で100%やれたか」を問いかける習慣が、環境に左右されない選手を育てる。
- 「Bチームへの降格」を選手の選択肢として提示する — チアゴは自らBチーム行きを申し出た。日本ではAチームからBチームへの移動を「降格」として捉える風潮が強いが、「今の自分に必要なのはプレー時間だ」という判断が長期的成長につながる場合がある。選手に「なぜ今どちらが必要か」を問い、自分で選ばせる機会を与える。
- 「やめたい」と言えるチームの空気を作る — チアゴが「やめたいと思った夜があった」と振り返れるのは、その感情を否定せずに済む環境があったからかもしれない。「弱音を言える場がある」チームは、選手が感情を整理して続けるための素地になる。指導者がミスを責めず「今どう感じているか」を聞く姿勢がその空気を作る。
プロデビューと、誰にも見えないところでの「やめたい夜」
2020年、18歳。 イゴール・チアゴはクルゼイロでプロデビューし、いきなりゴールを決める。 一見、順風満帆だ。
しかしクラブ自体は不振にあえぎ、周囲からの期待と批判が渦巻く。 結果を出しても、チームとしてはうまくいかない。 勝てない試合が続けば、若い選手にも容赦なく重圧が降りかかる。
その中で彼は、後に「サッカーをやめようと思った夜があった」と振り返っている。
この「やめたい」という感情は、トップ選手だからこそ生まれる特別な感情ではない。 中学3年で部活を続けるか悩むとき。 高校で試合に出られず、ベンチで時間だけが過ぎていくとき。 ケガでピッチから離れ、置いていかれるような不安に襲われるとき。
多くの選手が、口に出さないだけで心のどこかで同じ言葉をつぶやく。 「もう、やめてしまおうかな」。
この瞬間に、何を選ぶか。 イゴールは、即答で「続ける」と決めたわけではないはずだ。 揺れ、迷い、悩み抜いた上で、結局ピッチに戻ってきた。
「やめたい」と思った自分も、否定せずに抱えたまま。 それでもスパイクを履く。 その感情を経験したこと自体が、その後の判断を支える何かになっているのかもしれない。
もし自分が彼の立場なら、 結果が出ないとき、批判されるとき、どんな言葉を自分にかけるだろうか。 「自分には向いていない」と結論を急ぐのか。 「明日もう一回だけやってみるか」と、1日だけ先延ばしするのか。
- 「やめたい」という感情を否定せず、1日だけ先延ばしする — チアゴはプロデビュー後の重圧の中で「やめようと思った夜があった」と語る。即答で「続ける」と決めたのではなく、揺れながらも翌日またピッチに戻ることを繰り返した。「今日はやめたいが、明日もう一回だけやってみるか」という1日単位の選択が、長い継続を作る。
- 「Aチームの控え」より「Bチームのレギュラー」を選ぶ勇気を持つ — チアゴはプライドより「プレー時間」を選んだ。強豪チームのベンチで試合を見続けるか、カテゴリーを下げて出場機会を増やすかは正解がない問いだ。ただし「なぜその選択をするか」を自分の言葉で説明できることが、後悔しないキャリアにつながる。
- 保護者の方へ:「強豪に落ちた」をゴールにしない — チアゴは名門ユースに何度も断られたが、人口7,000人の小さなクラブでも「自分の基準」を持ちプレーし続けた。入れるクラブの「ブランド」より、その環境で子どもが「自分はどうあるか」を問い続けられるかどうかを親が見守る視点が、長期的な成長を支える。
ブルガリアでの「降格志願」──試合に出るために、プライドを下げる決断
2022年、彼は故郷から1万キロ離れたブルガリアのルドゴレツへ移籍する。 気候も文化も全く違う土地。 しかも、最初はなかなか試合に出られない。
ここでイゴール・チアゴが選んだのは、意外な行動だ。 自らクラブに「セカンドチーム(Bチーム)でプレーしたい」と申し出たのである。
普通なら、「なんとかトップチームでアピールしたい」「落ちたと思われたくない」と考える場面だ。 実際、日本でも、トップチームからサテライトに回されることを「降格」と受け止める風潮は強い。
だが、彼はこう考えた。 試合に出なければ、成長しない。 今の自分に必要なのは、肩書きではなくプレー時間だ。
ここにも選択がある。
- ベンチに座り続けながら、「いつかチャンスが来る」と待つ
- プライドを横に置き、カテゴリーを下げてでも、自分から試合の場をつかみにいく
イゴールは後者を選び、その後にトップチームで活躍し、ブルガリアでゴールとタイトルを重ねていく。
日本の育成年代でも、似たような局面はある。
- Aチームの控えか、Bチームのレギュラーか
- 強豪チームのベンチか、中堅チームの中心選手か
どちらが正しいかは、一概には言えない。 ただひとつ言えるのは、「どちらを選ぶか」を自分で考えたかどうかが、その後の成長に深く関わるということだ。
「トップにいることが偉い」のか、「多くの時間プレーすること」が自分には必要なのか。 その問いに向き合わず、なんとなく流れで決めてしまうと、後から悔いが残る。
イゴール・チアゴは自分で決めた。 格好良さよりも、プレーすることを選んだ。
もし今、自分が似た状況にいるとしたら。 スタメンではないAチームと、出場時間を保証されるBチーム。 どちらを選ぶだろうか。 そして、その選択を自分の言葉で説明できるだろうか。
ベルギー、イングランド、そして膝の手術──「待つ」ことも選択のひとつ
ブルガリアで結果を出した彼は、次のステップとしてベルギーの名門クラブ・ブルージュへ。 そこで29ゴール6アシストという圧巻の数字を残し、クラブ史上最高額の移籍金で、ついにプレミアリーグ・ブレントフォードへの移籍を勝ち取る。
子どもの頃にテレビで見ていた舞台に、自分が立つ。 夢が叶った瞬間だ。
だが、その喜びは長く続かない。 プレシーズンでゴールを決めた後、半月板の手術。 3カ月の離脱。 ようやく復帰したところで、今度は膝の感染症で再び離脱。 シーズン終了。
この時期、彼には「走れないストライカー」という、もっとも矛盾した現実が突きつけられる。
ここでも、いくつかの選択肢があったはずだ。
- 焦って無理に復帰を早める
- 医療スタッフと相談しながら、「今シーズンは休む」と割り切る
- 自分を責め続けるか、それとも受け入れて次の準備に集中するか
離脱中の選択は、テレビにもハイライトにも映らない。 しかし、その「見えない時間」で何を考え、どんな習慣をつくったかが、復帰後のパフォーマンスに直結していく。
事実として、2025年8月、新シーズン開幕。 ノッティンガム・フォレスト戦で、イゴール・チアゴはプレミアリーグ初ゴールを決める。 そこから止まらないように見えるゴールラッシュが始まり、2026年1月には16得点。 残り15試合を残して、ブラジル人としてプレミア1シーズン最多得点の記録を塗り替えた。
ただ、この「止まらないゴールラッシュ」は、 「止まらざるを得なかった時間」の上に築かれている。
日本の育成年代でも、ケガで長く離脱する選手は多い。 その期間を「失われた時間」とだけ見るのか。 あるいは、「プレー以外の部分を伸ばす時間」と捉え直すのか。
焦って復帰を急ぐのか、長期的な視点で待つのか。 ここにもまた、「どちらを選ぶか」が突きつけられる。
「点を取ることしか知らない」ストライカーの、知らないものだらけの人生

2026年、イゴール・チアゴは語る。 「自分はゴールを決めることしか知らない」。
一見すると、極端な言い方だ。 でも、その裏側には、「他のことは、知らないままここまで来た」という、ある種の正直さが見える。
13歳で働き始めたときも。 ブラジルの名門ユースに落とされたときも。 ブルガリアで文化の違いに戸惑ったときも。 プレミアリーグ加入直後に、膝の手術台に乗ったときも。
彼は「この先どうなるか」を完璧に知っていたわけではない。 むしろ、分からないことだらけの中で、 その都度「今、何を選ぶか」を自分なりに決めてきただけだ。
選択のたびに、別の可能性はあった。 ヴェレに行かずにサッカーをやめていたかもしれない。 ルドゴレツでセカンドチーム行きを拒み、ベンチで腐っていたかもしれない。 ケガのリハビリに耐えきれず、心が折れていたかもしれない。
それでも、彼は「次に一歩進む選択」を積み重ねた。
だからこそ、「ゴールを決めることしか知らない」という言葉は、 自分の選んできたものに対する、ある種の覚悟のようにも聞こえる。
日本の選手たちはどうだろうか。 「自分は、何なら知らないと言い切れるか」。 「何なら、これだけはやると言い切れるか」。 その問いに向き合うことは、ポジションを決める以上に難しい。
日本で同じ状況に立ったとき、何を選ぶだろうか
イゴール・チアゴの物語は、華やかな「成功ストーリー」として消費することもできる。 だが、そこに出てくる判断を、一つひとつ自分ごととして眺めてみると、また違う景色が見えてくる。
日本でサッカーをしている選手や、それを見守る保護者、指導者が、もし同じような局面に立ったらどうするだろうか。
- 名門クラブや強豪校に落ちたとき、小さなチームで「自分の基準」を持って戦えるか
- スタメンが取れないとき、カテゴリーやチームを変えてでも、プレー時間を優先する選択ができるか
- ケガやスランプで「やめたい」と思ったとき、その感情を否定せずに抱えながら、1日だけ続けてみようと思えるか
- 結果が出ないとき、「自分には向いていない」と結論を急がず、何を変え、何を変えないかを考える時間を取れるか
正解は誰にも分からない。 イゴールが選んだ道が、すべての選手にとっての正解でもない。
ただ、環境や運だけでなく、「自分で選んだ」ことが、その後のキャリアを形づくっていくのは確かだろう。
指導者や保護者の立場から見ても、 選手の代わりに全て決めてしまえば、その瞬間は楽かもしれない。 しかし、その選手が将来、遠い国の知らない街で、自分ひとりで決断しなければならない瞬間が来たとき。 自分の頭で考えた経験の有無が、そこで問われる。
答えを急がないことも、ひとつの強さ
イゴール・チアゴは、2026年、ワールドカップのブラジル代表入りを目指している。 選ばれるかどうかは、現時点では誰にも分からない。
ただ彼自身は、「自分はもう準備ができている」と感じている。 それは、「代表に選ばれる」という結果を求めているだけでなく、 ここまでの全ての選択の積み重ねに対する、自分なりの納得でもあるのだろう。
サッカーの世界では、結果が早く求められる。 プロでなくても、試合のスタメン、進路、所属先。 常に「答え」を出すことを急かされる。
けれど、イゴール・チアゴの歩みを眺めていると、 彼はいつも「今わからないことは、今はわからないままで」プレーしてきたように見える。
この選択が正しいかどうかは、未来になってみないと分からない。 それでも、自分で考えて選び、今日を積み重ねていく。
もしかしたらサッカーは、その「正解のわからない時間」を、生き続ける競技なのかもしれない。
イゴール・チアゴがプレミアリーグでゴールを決めるたびに、 その背後には、誰にも見えないところでの小さな決断と、 「やめたい夜」をくぐり抜けた時間が積もっている。
自分なら、そのとき何を選ぶだろうか。 答えが出なくても、その問いを抱えたままピッチに立つこと。 それ自体が、サッカーを続ける理由になるのかもしれない。
