レアル・ソシエダ守護神アレックス・レミロが語る、ゴールキーパーとメンタルケアの新しい当たり前
このコラムを共有
レアル・ソシエダ守護神、アレックス・レミロが守っている
もの──ゴールマウスと「心」の話

レアル・ソシエダのゴールを守るアレックス・レミロ(1995年生まれ)。 ピッチの上では「白と青」の最後の砦として知られる彼ですが、いま彼が本気で守ろうとしているのは、もうひとつのゴールです。 それは、フットボールの世界で「心のケア=当たり前」にしていくこと。 このテーマは、プロだけでなく、部活やクラブチームでボールを蹴る子どもたち、そしてその親や指導者にもつながる、大切な問いを投げかけています。
なぜ、いま「メンタル」なのか──Common Goalへの参加
レミロは、選手たちのメンタルケアに取り組むプロジェクトのために、NGO「Common Goal」に参加しました。 その理由を彼はこう語ります。
「それは、自分自身に影響を与えたものだからです。 そして、良くしようと努力してきて、その努力には意味があると感じられたからです。」
「それが自分を助けてくれたし、同じように必要としていた多くの人も助けてきました。 だから、もうひとつの“道具”を差し出したい。 はっきりと口にして、もっと見えるようにしたいと思ったんです。」
私たちは、選手のシュートやセーブには拍手を送りますが、その裏でどんな心の戦いがあるのかには、なかなか目を向けません。 あなたはどうでしょうか。 調子を落とした選手を見たとき、「練習が足りない」とだけ思っていませんか。 もしかすると、その陰には、言葉にならない不安やプレッシャーが積もっているのかもしれません。
「義務化されてもいい」メンタルケアの必要性
レミロは、フットボールにおけるメンタルケアについて、かなり踏み込んだ言い方をします。
「僕たちはものすごいプレッシャーにさらされています。 だからこそ、クラブの中でのメンタル面の取り組みは、チームとしても個人としても必要だと思っています。」
レアル・ソシエダでは、2023-24シーズンからメンタル面を担当するスタッフ、ホセ・カラスコサがチームに加わりました。 トレーニングだけでなく、遠征にも帯同し、選手の心に寄り添う存在です。 今では同じような役割を担うスタッフを置くクラブが増えていますが、レミロはそれを「特別」ではなく「普通」にしたいと考えています。
一方で、まだ心理士に通うことをためらう選手もいると言います。 それは、フットボールに限らず、多くの人にとっても同じかもしれません。 「弱いと思われたくない」「おかしい人だと思われたらどうしよう」 そんなブレーキが、あなたの中にもありませんか。
偏見から勇気へ──有名アスリートたちの告白
レミロは、メンタルヘルスへの偏見が少しずつ崩れてきた理由として、スポーツ界の大きな存在たちの告白を挙げます。
「以前はそんなこと(偏見)がよくありました。 『心理士に行ったら、周りから“頭がおかしい”と思われる』という典型的な考え方があったからです。」
しかし、彼は続けて、リッキー・ルビオ、イスコ、シモーネ・バイルズといった、世界レベルのアスリートの名前を挙げます。 鬱や不安を公表し、大会を欠場し、自らの弱さと向き合ったスターたち。
「ああいう経歴を持つ人が、自分の問題を語るために手を挙げる。 それは、僕たちの目を開かせてくれるんです。」
「自分の競技を代表する存在がそこまでしたのなら、僕たちが同じことをできないはずがありませんよね。」
それは、プロ選手だけの話ではありません。 学校で、職場で、家庭で、苦しさを抱えながら「普通」を装ってしまう人たち。 もし、あなたの憧れの選手が「助けてほしい」と言えたのだとしたら。 あなた自身も、少しだけ、その言葉を口にしやすくなるのではないでしょうか。
「70ユーロの壁」──社会としてのメンタルヘルス
一方で、レミロが指摘するのは、スポーツの外、社会全体の課題です。
「スポーツの世界の外では、セラピーは中〜高所得の人だけが利用できる手段になっています。 本当は、そうであってはならないのに。」
「1回のセッションに70ユーロを払える人は多くありません。 それを1か月に4回と考えたら…想像してみてください。」
心の問題は「贅沢品」ではなく、「治療すべき課題」です。 けれど現実には、「お金の問題」で諦めざるを得ない人が大勢いる。 日本でも、同じような壁を感じている人は多いのではないでしょうか。 部活で悩む子どもたち、指導する側のコーチや先生たち、働きながら子どもを支える親たち。 誰か一人に抱えきれるものではないからこそ、「相談できる場」が身近であることが大切です。
若い頃に欲しかった「心の支え」──アスレティック時代の後悔
レミロは、自身のユース時代を振り返り、「もっと早く、こうしたサポートが欲しかった」と打ち明けています。
アスレティック・ビルバオのカンテラ時代にも心理士はいましたが、「競技者としてのストレス」に特化したものではなかったそうです。 彼が挙げるストレスの例は、一見すると、とても小さな出来事です。
「試合での一つのミス。 練習中の、ちょっとした嫌な感覚。 監督に対しての、たった一度の言い返し…。」
「外から見れば『そんなの大したことない』と思われるようなことでも、僕たちにはものすごく響いてしまうんです。」
これは、子どもたちのサッカーにも、そのまま重なります。 ミスをしたあとに監督や親から厳しい言葉を受けて、家に帰ってからもずっと引きずる。 「また怒られるかもしれない」と思うだけで、ボールを受けるのが怖くなる。 そんな経験をしたことのある子は、決して少なくないはずです。
あなたが指導者なら、 あなたが親なら、 その「小さな出来事」が、子どもにとってはどれだけ大きく見えているか、想像してみることはできるでしょうか。
セラピーとの出会い──「にいちゃんみたいな」代理人からの一言

レミロが本格的にメンタルの専門家と関わり始めたのは、2016年、アスレティックのBチームからレバンテにレンタル移籍したときでした。 うまくいかない日々が続き、先発から外れ、練習からも笑顔が消えていく。 その様子を見た代理人が、彼にこう提案します。 「プロに話を聞いてもらったほうがいい。」
セラピストの名は、マル・ロビラ。 元アスリートで、トップレベルの選手たちと仕事をしている専門家です。 しかし、最初からすべてがうまくいったわけではありません。
「別に“やる気がなかった”わけではありません。 ただ最初のうちは、話し合いの中で得られる“プラスの手ごたえ”が、あまりよく分からなかったんです。」
彼女から見た若きレミロは、「問題から目を背けているけれど、頭の中を整理する力は持っている少年」。 時間をかければきっと変わっていけると、ロビラは信じました。 それは、結果として、レミロが今こうして「メンタルケアを語る選手」になる土台になっています。
私たちもまた、「話しても無駄だ」「どうせ分かってもらえない」と感じてしまうことがあります。 それでも、ほんの少しだけ、違う視点をくれる“他人の目”が入るだけで、心の負担が軽くなることもあります。 もしあなたの周りに、最近元気のない仲間がいるなら、「話を聞いてくれる人、探してみない?」と声をかけることも、ひとつのパスかもしれません。
ゴールキーパーという「孤独なポジション」のメンタル
フットボールにおいて、最も孤独で、最も目立つポジション──それがゴールキーパーです。 レミロは、その特性をこう表現します。
「ゴールキーパーは、ピッチ上の立ち位置そのままに、サッカーを生きなくてはいけません。 後ろから。ひとりで。 チーム全体を見つめながら、張りつめた集中の中で、すべてに気を配っている存在として…。」
だからこそ、彼はキーパーに求められるものを「強いキャラクター」と語ります。
「その場に立ち、声を発したとき、周りが耳を傾ける存在であること。 いてもいなくても同じ、という選手であってはならないんです。」
とはいえ、彼は「キーパーだから特別にメンタルを鍛えなければならない」とは考えていません。
「他のポジションの選手より、特別に多くメンタルを鍛える必要があるとは思いません。 誰にとっても、心を整える作業は、とても良い効果をもたらすものですから。」
キーパーの子どもを持つ親御さんは、どうしても「ミスしたら大変」という視点で見てしまいがちです。 でも、そのプレッシャーを一番感じているのは、ほかでもない本人です。 レミロの言葉を借りるなら、「強くあろうとするために、心を助ける」ことが、キーパーにとっての本当の支えになるのかもしれません。
リーダーは「完璧な人」ではなく、「立ち直れる人」
ゴールキーパーは、しばしば「見えないリーダー」と呼ばれます。 レミロは、その役割をこう説明します。
「思いきりよく飛び出す。 落ち着いてシュートを止める。 半分ミスしかけても、すぐに立て直す。 そんな姿を見せると、味方はこう思うんです。 『こいつ、すげえな。完全に状況をコントロールしてる』って。」
ここで重要なのは、「ミスをしないこと」ではなく、「ミスからすぐに戻ってくること」です。 どれだけ上手な選手でも、失点に絡むことはあります。 そのあとに下を向くのか、仲間に声をかけて次のプレーに向かうのか。 その差が、チーム全体の空気を変えてしまうのです。
あなたは、自分のチームにミスをした仲間がいたとき、どんな言葉をかけているでしょう。 そして、自分がミスをしたとき、自分自身にどんな言葉をかけているでしょうか。 リーダーシップとは、完璧さではなく、「立ち直り方」を見せることなのかもしれません。
ベンチに座る日も「プロの一部」──受け入れる心の準備
もうひとつ、レミロが語る大切なテーマがあります。 それは、「試合に出られないとき、どう心を保つか」ということです。
「ベンチに回されても、その週のトレーニングで自分のベストを尽くしていたのなら、 それでいい、受け入れるべきだと、いつも思ってきました。」
「誰だって試合に出たい。でも、全員が出られるわけではない。 サッカーには“巡ってくるタイミング”というものがあるんです。」
もし、練習から手を抜いていたら、そのときは文句を言う資格すらない。 厳しいようでいて、とてもフェアな視点です。 特にキーパーは、監督が簡単には交代させないポジションです。 だからこそ、「今は待つ時期」と受け止め、それでも準備を続けられるかどうかが問われます。
これは、子どもたちにも同じことが言えます。 スタメンに選ばれなかった日、彼らは大人以上に傷つきます。 そのとき、まわりの大人が「不満」をあおるのか、「次への準備」を一緒に考えるのか。 そこで、その子のサッカー人生は、大きく変わっていくのではないでしょうか。
「心を整える」ことを、もっと当たり前に
レアル・ソシエダの守護神、アレックス・レミロ。 彼は、シュートを止めるだけではなく、 「心のケアは特別ではなく、当たり前であってほしい」と語ります。
フットボールは、喜びも、悔しさも、緊張も、すべてを一緒くたに味わうスポーツです。 だからこそ、身体だけでなく、「心の準備」もチームの一部であり、トレーニングの一部である。 そんな考え方が、これからのサッカーの「新しい常識」になっていくのかもしれません。
あなた自身のサッカーにとって、そしてあなたの周りにいる選手たちにとって、 「心の声に耳を傾けること」は、どれくらい大切な位置を占めているでしょうか。 今日の練習のあと、チームで、家族で、少しだけ話してみるのもいいかもしれません。
最後に、このコラムを締めくくる言葉として、サッカーにも通じる名言を添えておきます。
「The greatest victory is not in never falling, but in rising every time we fall.」
「最大の勝利とは、一度も倒れないことではなく、倒れるたびに立ち上がることにある。」
| 観点 | 以前の常識 | レミロの主張 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 心理士への相談 | 弱さの証・偏見あり | 普通の自己ケア手段 | ◎ |
| クラブの心理スタッフ | 特別な存在・一部のみ | 全チームに必要な標準装備 | ◎ |
| GKのメンタル負荷 | 他ポジションより特別に高い | 誰にとっても心のケアは有効 | ○ |
| 有名選手の告白効果 | ほぼなし・タブー視 | 偏見を壊し模倣を促す | ◎ |
| セラピーのアクセス | 中高所得者のみ | 全社会層が受けられるべき | △ |
- 調子を落とした選手に「練習不足」と決めつける前に、言葉にならないプレッシャーが積もっていないか観察する
- ミスをした選手には「次はどうする?」と問いかけ、立ち直り方を見せるリーダーシップをチームの文化にする
- スタメンから外れた選手に「不満」をあおらず、「次への準備」を一緒に考える声かけを実践する
- 試合での小さなミス・監督への言い返し・練習中の嫌な感覚など、外から見えにくいストレスでも本人には強く響くことを理解する
- 「助けてほしい」と口にすることは弱さの表れではなく、世界レベルのアスリートも実践している自己管理の手段だと知っておく
- 元気がない仲間には「話を聞いてくれる人を探してみない?」と声をかけることも、チームメートとしてできる重要なサポートのひとつ
