勝利よりも「驚き」を選ぶトリノU15──順位目標を手放して育成に向き合うということ
分享这篇专栏
「勝ちたい」けれど「成長したい」 トリノU15がくれる、もうひとつの見方

首位を追う日曜日の11時、ひとつの問いが始まる
イタリア・トリノの郊外、日曜日の午前11時。
ナショナルU15リーグ、ジローネA第18節。
4位トリノU15(38ポイント)が、2位チェゼーナU15(43ポイント)をホームのロバルド市営スポーツセンターに迎える。
前節、トリノはエンテッラ相手に1−1の引き分け。
「また勝ちたい」という感情は、選手もスタッフも、そして観客もきっと同じだろう。
ただ、そのチームを率いるリッカルド・カット監督は、少し違う言葉を選んでいる。
彼が口にしたのは、「勝利」を直接求める言葉ではなく、「驚かせたい」という表現だった。
相手を驚かせるのか、自分たちを驚かせるのか、リーグ全体を驚かせるのか。
そこには、「勝つか負けるか」だけではない、別の物差しが隠れている。
| 観点 | 順位目標型 | 成長軸型 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 評価基準 | 勝ち点・順位・勝率 | 毎試合の内容・チャレンジの質 | ◎ |
| エース選手の扱い | 得点数で評価が固定されやすい | 得点の選択プロセスを問い続ける | ◎ |
| 格上相手の試合プラン | 勝ち点確保を優先し守備的に | 勇気を持ってボールを動かし続ける | ○ |
| 出場機会の配分 | 調子の良い数人に偏りやすい | 控え選手にも選択の余地を残す | ○ |
| シーズン総括 | 目標未達で成長が見えにくくなる | 変化と積み重ねが言語化できる | △ |
| 観点 | 順位目標型 | 成長軸型 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 評価基準 | 勝ち点・順位・勝率 | 毎試合の内容・チャレンジの質 | ◎ |
| エース選手の扱い | 得点数で評価が固定されやすい | 得点の選択プロセスを問い続ける | ◎ |
| 格上相手の試合プラン | 勝ち点確保を優先し守備的に | 勇気を持ってボールを動かし続ける | ○ |
| 出場機会の配分 | 調子の良い数人に偏りやすい | 控え選手にも選択の余地を残す | ○ |
| シーズン総括 | 目標未達で成長が見えにくくなる | 変化と積み重ねが言語化できる | △ |
「順位を目標にしない」という選択は、逃げなのか、覚悟なのか
現在4位、プレーオフ圏内。
多くのクラブなら「最低でもプレーオフ進出」「上位フィニッシュ」など、分かりやすい数字を掲げたくなる場面だ。
ところがカット監督は、U15というカテゴリで「順位目標は設定していない」と語る。
これはよくある「プレッシャーをかけたくないから」という優しい言い訳にも聞こえるが、言葉をよく追うと、もう少し違うニュアンスが見えてくる。
彼が強調するのは、
- この年代では、シーズンの展開を直線的に予測することが難しいこと
- トリノにとって、U15は毎年が「ゼロからのスタート」であるという感覚
- 結果はあくまで「成長の結果として現れるもの」であり、完全にはコントロールできないこと
という3つのポイントだ。
つまり、「順位を目標にしない」のは、責任から逃げるためではなく、「自分たちが本当にコントロールできるものは何か」を見極めようとしているようにも受け取れる。
もし、自分がU15の監督で、クラブから「上位を目指そう」と言われていたらどうするだろうか。
選手にも保護者にも分かりやすい「順位目標」を掲げるのか。
それとも、「毎試合の内容」「日々のトレーニング」で評価軸を作ろうとするのか。
どちらも正解と言えるし、どちらにもリスクがある。
カット監督が選んだのは、「コントロールできないものに縛られすぎない」という姿勢だ。
日本の育成年代でも、「目標はベスト4です」「全国大会出場です」と掲げるチームは多い。
それは悪いことではない。
だが、「その目標を達成できなかったとき、選手たちの成長をどう評価するのか」という問いは、常に残る。
トリノの例は、「順位を追わない」という話ではなく、「どこに評価の中心を置くのか」を考え直すきっかけになる。
- 評価軸を試合前と試合後で一致させる — 「今日はビルドアップを続ける」と言ったなら、失点しても振り返りでその判断を評価する。言葉と評価軸のズレが選手の信頼を壊す。
- エースに「なぜその選択をしたか」を問い続ける — 得点数だけでなく、「決めた場面」と「決めなかった場面の理由」の両方を対話で引き出し、数字では見えない選択の痕跡を拾い上げる。
- 「驚き」をプレーと態度の両面で言語化する — 「相手が想定しないビルドアップ」だけでなく、「失点後にうつむかず声をかけ合う姿」も驚きと定義し、試合後に具体例を挙げてフィードバックする。
- 評価軸を試合前と試合後で一致させる — 「今日はビルドアップを続ける」と言ったなら、失点しても振り返りでその判断を評価し、言葉と評価軸のズレが生じないようにする。
- エースに「なぜその選択をしたか」を問い続ける — 得点数だけでなく「決めた場面」と「決めなかった場面の理由」の両方を対話で引き出し、数字では見えない選択の痕跡を拾い上げる。
- 「驚き」をプレーと態度の両面で言語化する — 相手が想定しないビルドアップだけでなく、失点後にうつむかず声をかけ合う姿も「驚き」と定義し、試合後に具体例を挙げてフィードバックする。
エドアルド・カターニャ12ゴールという事実の、もう一つの読み方
このトリノU15には、ひとり強く目を引く選手がいる。
2011年生まれのエドアルド・カターニャ。
14試合で12ゴール、プレー時間は722分。
カテゴリー全体の得点王だ。
数字だけ見れば、「エース」「ストライカー」「チームの中心」といった言葉を当てはめたくなる。
しかし、カット監督の語り方は、そこにひとつブレーキをかける。
彼はエドアルドの成長を喜びながらも、「まだ伸びしろは大きい」と言い切り、その「伸びしろ」をピッチ内外の細部から引き出そうとしていると示している。
さらに興味深いのは、「チームスポーツとしてのサッカー」という前提を、あえて言葉にしているところだ。
どれだけ点を取っても、それはあくまで「チームの中の役割」としての仕事であり、個人の名誉で終わらせない。
「持っているものを、仲間のためにどう差し出すか」
エドアルドと監督の間には、そんなテーマでの対話が日々積み重なっているのかもしれない。
もし自分がこの選手の立場だったらどうだろう。
ゴールを量産しているとき、「もっと決めてやろう」という気持ちが前に出て、難しい角度からでもシュートを選びたくなるかもしれない。
逆に、「チームのために」と考えすぎて、シュートを打てる場面でパスを選んでしまうかもしれない。
どちらにも「正解」はない。
大事なのは、「その瞬間の自分は、何を一番大切にして選んだのか」を、自分自身が理解していることだろう。
トリノのスタッフは、エドアルドのゴール数だけではなく、「どういう選択からそのゴールが生まれたのか」「その裏でどんなプレーを選ばなかったのか」もきっと見ている。
数字では見えない選択の痕跡を、どれだけ丁寧に拾い上げられるか。
それが、育成年代における「得点王」の意味を変えていく。
- 去年の実績のラベルを一度外してみる — 「トレセン出身」「全国経験あり」といった過去の評価が今年のプレーを縛っていないか確認し、今の身体・今の心で何が変わったかを自分で言語化する。
- ミスのあと「次の試合でやり直す勇気」を宣言する — 前節うまくいかなかったプレーに次戦でチャレンジし直す姿こそ、監督が言う「驚き」のひとつ。保護者は試合後に「次はどこを変えてみる?」と問いかける。
- 「チームのために差し出せるもの」を1つ決めて試合に臨む — ゴール・アシスト以外にも、声・ポジショニング・守備の粘りなど自分が今できる貢献を具体的に設定してからピッチに立つ習慣を作る。
- 去年の実績のラベルを一度外してみる — トレセン出身・全国経験ありといった過去の評価が今年のプレーを縛っていないか確認し、今の身体と心で何が変わったかを自分で言語化する。
- ミスのあと「次の試合でやり直す勇気」を宣言する — 前節うまくいかなかったプレーに次戦でチャレンジし直す姿こそ監督が言う「驚き」のひとつ。保護者は試合後に「次はどこを変えてみる?」と問いかける。
- 「チームのために差し出せるもの」を1つ決めて試合に臨む — ゴール・アシスト以外にも声・ポジショニング・守備の粘りなど、自分が今できる貢献を具体的に設定してからピッチに立つ習慣を作る。
「驚かせたい」という言葉に込められた、もうひとつの覚悟
カット監督は今季のミッションを、「個人とチームの成長」に置いた上で、「驚かせたい」という表現を使っている。
この「驚き」は、どういう形で生まれるのだろうか。
例えば、
- 相手が想定していないビルドアップ
- プレッシャーの中でも失われない、落ち着いたボールの動かし方
- ゴール前での、勇気のある仕掛けやフィニッシュ
といった「プレーでの驚き」もあれば、
- 前節うまくいかなかったプレーに、次の試合でしっかりチャレンジし直す姿
- 途中出場の選手が、短い時間で流れを変えようとする姿
- 失点のあと、うつむかずにすぐに声をかけあう姿
といった「態度での驚き」もある。
トリノは「勇気を持ってボールを動かすサッカー」を続けると示している。
それは、チェゼーナのような上位チームを相手にするときこそ、揺らぎやすい約束だ。
「今日は相手が強いから、少し割り切ってロングボールで…」
その判断にも理由はあるし、間違いだとは言い切れない。
ただ、「シーズンを通して何を積み上げたいのか」という視点に立つと、別の選択肢も見えてくる。
たとえビルドアップでミスをして失点しても、
- どんな状況でミスが出たのか
- 他にどんなパスコースやポジショニングがありえたのか
- そのミスのあと、味方はどんな声かけやポジション修正ができたのか
を検証材料として持ち帰ることができる。
「驚かせるサッカーをしたい」という言葉は、内容と勇気を簡単に手放さないという、ある種の覚悟の表明にも聞こえる。
日本でも、年代別リーグで格上の相手と対戦するとき、「今日は0−3でいいから内容にこだわろう」と話す指導者もいれば、「まずは失点をしないことから」と徹底してリスクを消す選択をする指導者もいる。
どちらも、そのチーム、その選手たち、そのクラブの文脈の中で選ばれた答えだ。
大切なのは、「なぜそのプランを選んだのか」を、指導者自身も選手たちも理解していること。
トリノ対チェゼーナというカードは、そうした「試合プランをどう決めるか」という視点で見ても、興味深い一戦になる。
U15という「年齢の波」を、どう受け止めるか

カット監督が、「U15は予測が難しい」と話した背景には、年代特有の波がある。
身体の成長スピードの差。
心の揺れ。
学校生活や家族の状況。
日本でも、ちょうど中学2〜3年、高校1年にあたる時期は、サッカーのパフォーマンスが急激に変化しやすい。
昨日できていたことが、今日はうまくいかない。
ついこの前まで小柄だった選手が、一気に背が伸びてプレー感覚を失う。
こうした「揺れ」を、クラブや指導者はどう扱うか。
トリノのように、「毎年がゼロからのスタートだ」と捉える視点は、ひとつのヒントになる。
それは、「去年の結果」や「下部カテゴリーでの成績」に縛られすぎないということでもある。
目の前にいる選手の今の状態を見て、その選手がこれから伸ばせるものを一緒に探していく。
日本の育成年代でも、「小学生時代の実績」によって評価が固定されてしまうケースが少なくない。
「○○トレセン出身だから」「全国大会で活躍したから」「有名クラブの下部組織だから」。
そのラベルが、良くも悪くも選手の今のプレーを見る目を曇らせることがある。
「今年も同じように活躍してくれるはず」
そう期待する気持ちは自然だが、「今年の身体」「今年の心」を見直す作業を抜いてしまうと、選手の変化に気づくのが遅れる。
トリノの「年ごとに積み直していく」という感覚は、過去の実績に頼らず、「今ここから」を見つめ直す姿勢にもつながっているように見える。
「勝つこと」と「育てること」がズレそうになる瞬間
トリノU15は、プレーオフ圏内にいながら、あくまで「成長」を軸に置こうとしている。
一方で、現実にはクラブの期待や周囲の目、「勝ってほしい」という感情が存在する。
「勝つこと」と「育てること」は、理想的には両立すると言われる。
しかし、実際の現場では、ほんの少しだけズレてしまう瞬間がある。
例えば、
- 調子の良い数人の選手に出場時間が偏り始めるとき
- リスクを取らない戦い方で、勝ち点は積み上がっているとき
- 短期的な連勝によって、「今のやり方を変えないほうがいい」と感じてしまうとき
選手の側にも、葛藤がある。
- チャレンジしたいプレーよりも、安全なプレーを選んでしまう瞬間
- ミスを恐れて、「ボールを受けない」という選択をしてしまう場面
- 自分よりも体格差のある相手とぶつかることを避けたくなる気持ち
指導者が「成長が大事だ」と口にしていても、試合の空気は、ときに選手を別の方向へ押し流す。
だからこそ、「勝ちたい」という感情を否定せずに、「それでも大切にしたいものは何か」を言葉にしておく必要があるのだろう。
カット監督のように、
- まず自分たちのプレーの価値にフォーカスする
- 出てくる困難を、チームで一緒に越えるテーマとして共有する
- 結果はコントロールできない側面もあると認めた上で、その過程にこだわる
というスタンスを持つことは、「勝ち」と「成長」が引っ張り合う場面での、ひとつのガイドラインになる。
日本ではどう考えられるか 自分のチーム、自分のサッカーに引き寄せてみる
イタリアのU15リーグの話は、日本の現場から見ると遠い世界に思えるかもしれない。
だが、「順位をどう扱うか」「エースをどう育てるか」「強い相手にどう挑むか」というテーマは、日本のどの地域のどのカテゴリーにも通じる。
例えば、日本の中学生年代、高校年代で次のような問いを置いてみるとどうだろうか。
- 自分たちのチームは、今シーズンの目標を「順位」だけで説明していないか
- エースと呼ばれる選手の評価は、「点数」や「話題性」に偏っていないか
- 格上と当たる試合のとき、どんな理由で試合プランを選んでいるか
- 選手一人ひとりの「今年の状態」を、去年の印象抜きに見直せているか
答えを急ぐ必要はない。
ただ、「なぜ今の選び方をしているのか」を、言葉にしてみることには意味がある。
もし、自分が選手なら。
- 監督のプランの中で、自分はどんな選択をしているのか
- ミスを恐れているとき、自分は何を守ろうとしているのか
- うまくいかなかった日の帰り道、何を考え直してみるか
少し立ち止まって、自分自身に聞いてみる。
もし、自分が保護者なら。
- 子どもの試合後、結果よりも先にどんな問いかけをしているか
- 成長の評価を、「勝ったか負けたか」だけに寄せていないか
そんなことを、ゆっくり考えてみる。
もし、自分が指導者なら。
- 試合前に伝える「目標」と、試合後に振り返る「評価軸」は、一貫しているか
- エースにも控え選手にも、「自分で選ぶ余地」を残せているか
そうやって、自分のサッカーと照らし合わせることで、遠いイタリアのU15の話が、少しずつ自分ごとになってくる。
日曜11時、ピッチに立つのは「答えのない問い」を抱えた選手たち
日曜日のロバルド。
トリノとチェゼーナの試合がキックオフを迎えるとき。
選手たちは、それぞれ胸の内に別々の問いを抱えてピッチに立つ。
- 今日はどこまでリスクを取れるだろうか
- うまくいかなかった前節のプレーを、やり直す勇気を持てるだろうか
- チームのために、自分は何を差し出せるだろうか
その一つひとつの問いに、完全な正解はない。
だからこそ、試合という90分の中で、何度も選び直すことになる。
パスかドリブルか。
守るか、前に出るか。
声をかけるか、黙って背中で見せるか。
その繰り返しの中で、選手は少しずつ、自分なりの「サッカーの考え方」を作っていく。
試合後、スコアボードには結果がひとつだけ残る。
けれど、その裏側には、「どうしてその選択をしたのか」という無数の物語がある。
観ている側にできるのは、スコアだけではなく、その物語に想像を伸ばしてみることかもしれない。
もし自分だったら、あの場面で何を選んだだろう。
そう問いかけてみるだけで、同じ試合も、少し違う景色で見えてくる。
サッカーは、ときに残酷なほど結果がはっきり出るスポーツだ。
それでも、その結果にたどり着くまでの「考えた時間」や「選び直した勇気」は、簡単に数字にはならない。
トリノU15が目指しているのは、きっと、その見えにくい部分を積み上げていくことなのだろう。
日曜11時、イタリアの小さなピッチで生まれる選択の数々は、日本でボールを追う誰かの心にも、静かに問いを投げかけている。
「次のプレーを選ぶとき、あなたは何を大切にしますか?」

