本職ではないポジションに立つ覚悟──守り方を問い続けるチームが強くなる理由
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守れないチームではなく、「どう守るか」を問い続けるチームへ

本職ではない右サイドバックが立っていた理由
リスボンのスタジアムで、フェデリコ・バルベルデは右サイドのタッチラインに立っていた。
本来は中盤の選手でありながら、その日はサイドバックとしてピッチに送り出されていた。
なぜか。
負傷と出場停止が重なり、レアル・マドリードの守備陣はまたしても「やりくり」を迫られていたからだ。
ダニ・カルバハルはまだ完全な試合勘を取り戻していない。
トレント・アレクサンダー=アーノルドは回復の最終段階にあるとはいえ、全体練習にフルで合流するには至っていなかった。
センターバックではアントニオ・リュディガーも同じく、復帰寸前の状態にとどまっていた。
そして、リスボンでの試合では最終的に、アレッサンドロ・アセンシオが退場し、またひとり守備の駒が減った。
指揮官アルベロアの前には、こうした現実が横たわっていた。
「本職のDFを並べる」というシンプルな発想だけでは、スタメン表が埋まらない状況だった。
そこで選ばれたのが、バルベルデの右サイドバック起用という選択だった。
| 観点 | バルベルデ(中盤→右SB) | 守備専門の選手 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 1対1の守備力 | 本職ではなく不安が残る | 専門訓練で安定している | △ バルベルデ |
| 運動量・走力 | 90分走り続ける高い運動量が強み | ポジション維持は安定するが推進力は落ちる | ◎ バルベルデ |
| ボール保持時の推進力 | 前に運ぶ力でプレスを外せる | ビルドアップへの関与は限定的 | ◎ バルベルデ |
| 攻守切り替えの速さ | 高い切り替えでカウンター対応も可能 | 守備的思考が優先されやすい | ○ バルベルデ |
| ビッグゲーム経験 | 豊富で動じにくい | 経験次第でバラつく | ○ バルベルデ |
| リスボン戦の結果 | 敗戦につながった | 結果論での評価は困難 | △ バルベルデ起用 |
「誰を使うか」ではなく、「何を守りたいか」を決める
守備が人手不足になるとき、指導者にはいくつかの考え方がある。
- 完全に守備的な選手を並べて、まず失点を抑えにいく
- 攻撃力や走力のある選手を下げて、ビルドアップや前進の質を落とさないようにする
- 戦い方そのものを変え、ブロックを低くして自陣で構える
アルベロアは、その中でどんな優先順位を置いたのだろうか。
バルベルデの特徴を考えれば、90分を通して走り続ける運動量、ボールを前に運ぶ推進力、攻守の切り替えの速さがまず思い浮かぶ。
サイドバックとして見れば、守備専門の選手より1対1の守備は不安かもしれない。
その一方で、ボールを持ったときに押し返す力、相手のプレッシャーを外す力は高い。
「とにかく守れる選手」を選ぶのではなく、「相手に押し込まれないためのサイドバック」を選んだ、と見ることもできる。
結果としてリスボンでの試合はマドリーにとって痛い敗戦になった。
しかし、その前にあったのは、限られた守備の駒の中で、「何を守りたいか」を整理しながらスタメンを組むプロセスだったはずだ。
もし守備が苦しいからといって、すべての選択を「守備力の高いか低いか」だけで決めていたら、違う11人になっていただろう。
この日、アルベロアは、守るべきものを「ゴール前の堅さ」だけに絞らなかったのかもしれない。
- 「なぜここに置くか」の理由を必ず言語化する — 「人数がいないから」ではなく「お前のこの特徴はこのポジションでも活きる」と伝えることで、選手はコンバートを成長機会として受け取れる。バルベルデ起用の論理(運動量・推進力)を参照に自チームへの応用を考える。
- 怪我明けの投入タイミングを段階的に設計する — リュディガーとトレントの部分合流の例のように、フルメニュー前の「部分参加」段階で試合感覚を取り戻す機会を意図的に組み込み、再発リスクを最小化しながら戦力に戻す。
- 「何を守りたいか」を先に決めてからスタメンを組む — 守備の人手不足時に「守れる選手を並べる」発想だけでなく、目指す守備の形を先に言語化し、それに合う選手を選ぶ思考プロセスを持つ。
リュディガーとトレントの復帰が意味するもの
その数日後、バルデベバスの練習場に、少しだけ明るい空気が戻る。
リュディガーとトレントが、部分的にではあるがチーム練習に加わった。
全体のメニューを最初から最後までこなせるわけではない。
それでも、ピッチに戻ってきたふたりの存在は、チームにとって「守備がそろう」という以上の意味を持つ。
リュディガーは、中央でのデュエルに強いだけでなく、背後をケアしながら最終ラインを引き締める役割を担う。
トレントは、右サイドからビルドアップに関わることで、チーム全体の攻撃の形に影響を与える選手だ。
ふたりの復帰は単に「守れる人数が増えた」だけではない。
「チームとして、どんな守り方・どんな攻め方を選べるか」というメニューが増えることを意味する。
選択肢が増えるというのは、指導者にとってだけでなく、選手にとっても大きい。
思考の幅が広がるからだ。
- コンバートを「やりたくないポジション」と拒否感だけで受け取らず、「なぜ自分はここに置かれたのか」を一度考えてみる。バルベルデのように自分の強みを慣れないポジションで発揮しようとする姿勢が、新しい経験になる。
- 怪我明けに「早く試合に出たい気持ち」と「再発させたくない慎重さ」の間で迷うのは当然のこと。自分のコンディションの手応えをコーチやスタッフに正直に伝えながら、一緒に決めていく姿勢を大切にする。
- 試合の結果だけを見て「あの起用は間違いだった」と判断するのではなく、「なぜその選択をしたのか」という理由を想像する習慣を持つ。判断プロセスを考えることで、自分の次の選択の質が上がる。
チャンピオンズリーグの「二つのベンフィカ戦」をどう捉えるか
リスボンでの敗戦により、マドリーは本来ならリーグ戦に集中できたはずの期間に、チャンピオンズリーグのプレーオフを戦うことになった。
ベンフィカを率いるのはモウリーニョ。
再び、ポルトガルの強豪とのホーム&アウェーが待っている。
フィジカルコーチのピントゥスにとっても、本来なら負傷明けの選手をじっくりフィットさせる理想的な1カ月になるはずだった。
だが、そのプランは崩れた。
ここにも、「予定していた道」が断たれた瞬間がある。
指導者側から見れば、
- リュディガーとトレントを、どのタイミングで実戦投入するか
- リーグ戦とチャンピオンズリーグのどちらを優先してコンディションを合わせるか
- リスクをとってでも、ベンフィカとのプレーオフには最初から間に合わせるのか
といった問いが続くことになる。
たとえば、日曜のラージョ戦や次のバレンシア戦で、無理させずベンチに置くだけにするのか。
あるいは短い時間でもピッチに立たせて、試合勘を戻させるのか。
そこには「正解」はない。
あるのは、「何を優先するか」という選択だけだ。
結果が出てしまえば、その選択は後から評価される。
だが、選択を下す瞬間には、未来の結果は誰にも見えていない。
「本職ではない場所」でプレーするということ

ここで少し、選手側の視点に立ってみたい。
バルベルデのように、本来と違うポジションで起用されたとき、選手はどう考えるのか。
「チームのためならどこでもやる」という言葉は、プロの世界ではよく聞く。
それでも、内心では戸惑いや不安もきっとある。
慣れないポジションでは、
- どこまで前に出ていいのか
- いつ中を絞るべきなのか
- センターバックとの距離感をどう保つのか
といった基準が、普段とは違ってくる。
同じサッカーのピッチ上でも、「景色」が変わる。
このとき、選手にはふたつの態度が考えられる。
- ミスをしないことを第一に考え、リスクをできるだけ取らない
- 求められている役割を理解しようとしながら、自分の強みもできる範囲で出そうとする
どちらが良い悪いではない。
ただ、後者を選ぶには、「考えながらプレーする力」が必要になる。
局面ごとに、自分の中で小さな問いを繰り返すことになるからだ。
「ここで前に出ても大丈夫か」
「味方はどこをカバーしてくれているのか」
「このポジションで自分に何ができるか」
その積み重ねが、新しいポジションでの経験になる。
日本のピッチで起きている「コンバート」の現実
日本の育成年代でも、同じような場面は日常的に起きている。
センターバックの選手がボランチに回されたり、フォワードの選手がサイドバックを任されたり。
大会が続く時期や、ケガ人が出たタイミングで、指導者は選手をコンバートせざるを得ないことがある。
このとき、どんな声かけがなされているだろうか。
- 「人数がいないから、とりあえずここをやってくれ」
- 「お前のこの特徴は、このポジションでも活きるから、ここをやってみてほしい」
選手に伝わるメッセージは、同じコンバートでも大きく違ってくる。
一方で、選手側もまた問われている。
- 「やりたくないポジション」として拒否感だけで捉えるのか
- 「自分の可能性を広げる機会」として、まずやってみるのか
もちろん、すべての選手が何でも前向きに受け入れる必要はない。
ポジションへのこだわりも、サッカーに向き合う大事な感情だ。
ただどこかで、「なぜ自分はここに置かれたのか」と一度立ち止まって考える時間を持てるかどうかが、その後の成長に影響していく。
「ケガからの復帰」をどう捉えるのか
リュディガーとトレントは、まさに今、復帰への最後の段階を歩いている。
部分合流の段階というのは、選手にとっても難しいフェーズだ。
フルメニューはまだこなせない。
しかし、体は「もう行けるんじゃないか」と感じ始める。
ここで問われるのは、
- 「早く試合に出たい」という気持ち
- 「ここで無理をして再発させたくない」という慎重さ
このふたつの間で、どうバランスをとるかということだ。
コーチングスタッフはメニューを組み、メディカルスタッフはデータを見ながらストップをかけるかもしれない。
だが最終的にピッチに立つのは選手自身だ。
コンディションの手応え、ケガへの不安、チームの状況、ポジション争い。
すべてが頭の中で渦を巻く中で、一歩踏み出すか、もう一日待つかの選択が迫られる。
これはトップレベルだけの話ではない。
日本の中学生や高校生でも、ケガ明けの公式戦を前に同じような葛藤を抱える。
「監督にアピールしたい」
「でも、ここで無理をして長引いたら……」
正解は誰にも言い切れない。
だからこそ、自分なりに考え、周りに相談しながら決めていく姿勢が大切になってくる。
結果が揺さぶる「判断への自信」
アルベロアにとって、リスボンでの敗戦は間違いなく痛い結果だった。
本来描いていたはずの流れは崩れ、チームには余計な負荷がかかることになった。
こうしたとき、指導者はしばしば「自分の判断は正しかったのか」と揺さぶられる。
バルベルデをサイドバックに置いたこと。
アセンシオの起用法。
カルバハルやトレントの復帰プラン。
リュディガー不在をどう埋めるか。
結果が出なかった後には、すべての選択が「間違いだったのではないか」と見直されてしまう。
しかし、サッカーは常に不確実なゲームだ。
事前には見えない変数がいくつもあり、完全な準備などあり得ない。
それでも、監督は試合前に「現時点で最善だと思う選択」をしなければならない。
そのプロセスを、選手や周囲の大人がどう見つめるか。
「勝ったから正しい」「負けたから間違い」とだけ捉えるのか。
それとも、「なぜその選択をしたのか」に目を向けるのか。
自分なら、どんな守り方を選ぶだろう
もしあなたが、今のレアル・マドリードのように守備の選手が次々と離脱するチームの監督だったら、どうするだろうか。
- 本職のDFが足りなくても、できるだけ守備的な選手を並べるか
- 中盤の選手を下げてでも、ボールを持つことで守ろうとするか
- 若いDFを抜擢してリスクを取るか
あるいは、あなたがバルベルデの立場だったとしたら。
- 本職ではないサイドバックという役割を、どう受け止めるか
- 自分の長所をどこまで出そうとして、どこからは我慢するか
ケガから戻りかけているリュディガーやトレントの立場なら。
- チームの苦しい状況を見て、どのタイミングで「戻る」と決めるか
- 自分の心と体の声、どちらをどれだけ優先するか
サッカーは、試合結果やスタッツだけを追いかけていると、「良かったか悪かったか」で物語が終わってしまう。
だが、その裏側には、いつも「なぜそう選んだのか」という小さな物語がいくつも重なっている。
問いを残して、次のキックオフを待つ
レアル・マドリードは、今季もまた守備のやりくりに悩まされている。
しかし、それは同時に、選手と指導者が「どう守るか」「どう選ぶか」を問い続ける機会でもある。
日本のピッチに立つ選手や指導者、そして見守る保護者にとっても、それは他人事ではない。
本職ではないポジションを任されるとき。
ケガからの復帰を決めるとき。
チームのために、自分のために、どんな選択をするのか。
リスボンでの一敗と、リュディガーやトレントの復帰に向けた日々は、そんな問いを静かに投げかけているように見える。
次の試合が来るまでの間、その問いを自分なりに抱え続けられるかどうか。
答えを急がず、考え続ける時間こそが、プレーにも人生にも深みを与えていくのかもしれない。
笛が鳴る前の静けさの中で、自分ならどんな守り方を選ぶのか、一度想像してみたい。
