経営危機のフランス4部クラブ・ワスカルの選手が給料遅配と倒産の脅威の中で走り続ける理由を、サッカーと「選択」の物語から考察するコラム

崩れかけたクラブでそれでも走る理由──フランス4部ワスカルから考える、サッカーと「選択」の物語

DEFINITION
フランス4部ワスカルの経営危機とは
フランス4部ワスカルは深刻な負債と倒産の危機の中、監督アクリの指揮でシーズンを継続している。育成年代の会費がトップの赤字補填に流用され試合に出られない子どもが続出した事実は、「クラブが苦しいとき何を守るか」という価値観を問いかける。

選手たちは、何のために走るのか──崩れかけたクラブの中で考える「選択」の話

北フランスのワスカルという街で、ひとつのクラブが静かに揺れている。

かつてリーグ2でサンテティエンヌやLOSCと渡り合い、パリ・サンジェルマンともカップ戦でぶつかったクラブが、今はフランス4部相当のナショナル2・グループBで13位。

そして、数十万ユーロ規模ともいわれる「深刻な負債」と、倒産すら現実味を帯びる混乱の中にいる。

ワスカルの冬は寒いと言われるが、この冬はサポーターだけでなく、街全体の心を凍らせているのかもしれない。

それでも、週末になると、選手たちはピッチに出ていく。

給料の遅配、クラブ存続の危機、政治の思惑が入り乱れる日常の先に、それでも90分の試合が待っている。

「なぜ彼らはまだ走れるのか?」

そこには、戦術やスコアだけでは見えてこない「考えるサッカー」の断片が隠れているように思う。

崩れかけた土台の上で、誰が何を選ぶのか

経営と政治に揺れるクラブの現実

ワスカルは、2017年のクラブ合併を経て、街の「代表」として再スタートを切ったはずだった。

ところが、そこからほどなくしてクラブは財政的な綱渡りが続き、フランスのクラブ財務を監督するDNCGの監視対象となる。

その緊張のロープが、2025年12月6日、ついに大きく軋んだ。

当時の会長、ロマン・プティが突然の辞任。

その後任として、2019年から2022年にもクラブを率いていたエリック・ドクダンが、緊急で呼び戻される。

ドクダンはクラブの状態を「集中治療室にいる患者」と表現するほど、事態は深刻だった。

財政赤字は40万〜50万ユーロに達していると推定され、内部からは「過去の負債と、シーズンを終えるために必要な約30万ユーロを合わせれば、穴は80万ユーロ近い」との声も上がる。

その背景には、身の丈に合わない支出や、移動の際の「いいホテル」利用など、ナショナル2のクラブとしては不自然なレベルの出費があったと指摘されている。

さらに重いのは、若い選手や育成年代へのしわ寄せだ。

ある代理人は、「3カ月半、給料も精算もないまま退団せざるを得なかった選手がいる」と明かしている。

また、保護者から集めた会費が、育成費としてではなくトップチームの赤字補填に回され、その結果、ライセンス料が払えず週末の試合に出られない子どもが多数いた時期もあったとされる。

今はライセンスは支払われたとされるが、そこで過ごした子どもたちの「試合に出られなかった週末」は、もう戻ってこない。

ここまで聞くと、「ひどいクラブだ」「経営陣が悪い」と結論づけたくなるかもしれない。

だが、少し立ち止まってみたい。

この状況の中で、それぞれの立場の人たちは、どんな「選択」をしてきたのか。

COMPARISON / ワスカル危機における各主体の「選択」比較
主体 置かれた状況 選択した行動 評価
前会長ロマン・プティ 財政悪化・クラブ運営の限界 突然辞任 △ 責任放棄
市長ステファニー・デュクレ 破産申請か延命継続かの岐路 破産回避・シーズン継続を選択 ○ 地域クラブ保護の姿勢
監督トニー・アクリ 給料遅配・運営混乱の中での指揮 選手の「盾」として残留・継続 ◎ チームを守る姿勢
給料未払い選手 3カ月半未払いで退団 退団を選択 ◎ 自己・家族を守る合理的判断
残留選手 存続危機の中でプレー継続 「尊厳」のためにピッチに立ち続ける ○ プロとしての矜持
◎=一定の正当性あり ○=理解できる選択 △=課題ある選択

「倒産させるか」「とにかく続けるか」

ワスカルの混乱は、街の政治とも絡み合っている。

市長のステファニー・デュクレは、クラブの財政問題の責任を前会長ロマン・プティにあるとし、「能力を超えた補強や人員増を続けてしまった」と説明している。

一方で、野党側の議員やクラブに近い代理人は、「いっそ破産申請をして一度リセットすべきだ」と市長に進言したと語る。

しかし、市長はこの案を拒否したとされる。

「破産に踏み切れば、シーズン途中でクラブが消え、特に育成年代のリーグ戦が止まってしまう」

彼女はそういう理屈を示し、「100年続いてきた地域のクラブを守るために戦っている」とも主張する。

同時に、野党側は別の見方もしている。

市長はクラブを株式会社化(SASP化)して外部出資を受ける選択肢を拒み、「市の補助金を通じてクラブに強い影響力を残そうとした」と批判する。

しかも、クラブの運命を左右する市長選挙が、目の前の3月15日と22日に迫っている。

選挙を前にクラブが破産すれば、「市政の失敗」として有権者に受け取られる可能性もある。

だからこそ、「選挙までは何とか延命したいのではないか」と見る声もある。

どこまでが本音で、どこからが政治的な計算なのか。

外からは読み切れないグレーゾーンが、そこにはある。

ただ、確かなのは、ここでもひとつの「選択」が行われているということだ。

・クラブをいったん壊してでも、構造的にやり直すのか。

・多少の無理や歪みがあっても、「今シーズンを完走する」ことを優先するのか。

もし自分が、この市の責任者だったら。

あなたはどちらを選ぶだろうか。

ピッチの中の「選択」──トニー・アクリ監督の役割

FOR COACHES / FOR COACHES ─ 指導者が押さえる3ポイント
「選手の盾」になることが指導者の本質的な役割
  1. クラブ外の混乱を練習場に持ち込まない「情報の管理」をする ─ アクリ監督のように、噂・経営不安・外部プレッシャーがロッカールームに直撃しないよう間に立ち、選手が今日の練習・試合に集中できる環境を意図的に作る
  2. 「クラブがお金に困ったとき、子どもの試合を守るか」を問いにする ─ ワスカルで育成年代の会費がトップの赤字補填に流用された事実を使い、「組織の優先順位はどこにあるか」を保護者・選手と話し合うきっかけにする
  3. 困難な状況でも「なぜここに立つか」を選手と言語化する ─ アクリが「尊厳のために走る」という言葉でチームをまとめたように、逆境時こそチームの存在理由・価値観を全員で確認するミーティングを持つ
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監督は戦術家から「盾」へ

クラブの外側で、数字や責任をめぐる議論が続く一方で、ピッチの中には全く別の戦いがある。

ワスカルのトップチームを率いるトニー・アクリ監督は、自分の役割が変わったと感じているという。

彼は今、自分を「選手たちの盾」だと語る。

日々流れてくる噂、給料や契約に関する不安、クラブ存続への恐怖。

それらがロッカールームに直接ぶつかってこないように、間に立って受け止める。

練習では、先の見えないクラブの状況について考え過ぎないように、目の前のメニューに集中させる。

遠征の準備がぎりぎりになっても、ロジ面の問題が頻発しても、「今日の試合でどうするか」を選手と一緒に考えなければいけない。

彼自身、「チームの運営が短期的なやりくりになっている」「時に『継ぎはぎ』のような感覚がある」と認めている。

それでも、選手たちには「自分たちはプロとして、最後までやり切る」という感覚を持ち続けてほしいと願っている。

彼はこの状況を「ミッション・コマンド」に近いものだと表現している。

サバイバルのような日々の中で、選手たちはなぜピッチに立ち続けるのか。

アクリは、その理由を「尊厳」だと語る。

「クラブの内情がどうであれ、自分たちが積み上げてきたサッカー人生を、自分の足で裏切りたくはない」

そんな思いが、彼らを前に進ませているのだろう。

FOR PLAYERS & PARENTS / FOR PLAYERS & PARENTS ─ 選手・保護者が持ち帰れる視点
クラブを「選ぶ力」はプレーの選択と同じくらい大切
  1. 「クラブがお金に困ったとき、どこを守るか」を見る目を持つ ─ ワスカルでは育成年代の試合が止まるほどの危機が起きた。クラブ選びの際に成績・設備だけでなく、「困ったときに子どもの活動を優先するクラブか」という視点を加えることが自分のサッカー人生を守ることにつながる
  2. クラブの都合に振り回されないための「情報を知ろうとする姿勢」を持つ ─ 突然の監督交代・方針変更・会費の使われ方が見えにくいと感じたとき、「なんとなく流される」のではなく疑問を持ち、確認しようとする態度がチームの一員として大切になる
  3. 「続ける」か「移る」かは、どちらも自分で選んだ戦術的判断だと知る ─ 給料未払いで退団した選手も、残った選手も、どちらも自分の人生・価値観に基づいた選択。プレー中の「縦パスか横パスか」と同じように、キャリアの選択にも正解はない

「やめる」「続ける」もまた戦術的な判断かもしれない

給料が払われない選手もいる。

契約の条件が守られないなら、毅然と出ていくこともひとつの選択だ。

実際、3カ月半も給料をもらえずに退団せざるを得なかった選手もいる。

それは、自分の人生や家族の生活を守るうえで、ごくまっとうな決断だろう。

一方で、クラブの存続が危ぶまれ、給料も不安定な中、それでもチームに残る選手もいる。

彼らは「どこにも行き場がないから」残るのかもしれないし、「ここで最後まで戦い抜きたい」と思っているのかもしれない。

どちらが「正しい」のかを決めることは、外側の人間にはできない。

ただ、どちらもまた、「自分で選んだ」ひとつの戦術的判断だと言えるのではないだろうか。

ピッチの中で、「縦パスをつけるか、横に逃げるか」を一瞬で選ぶように。

キャリアの中でも、「このクラブに残るか、移るか」「今は耐えるか、動くか」という選択が、何度も突きつけられる。

もし、自分が彼らと同じ立場だったら。

・給料が3カ月出ていないクラブに、まだ残るだろうか。

・子どもたちの試合が中止になっていると知りながら、その組織の一員でい続けるだろうか。

・それでも、今の仲間とシーズンを戦い抜きたいと思うだろうか。

答えは簡単には出ない。

けれど、「自分ならどうするか」を想像してみるだけでも、サッカー選手のキャリアやクラブとの関係が、少し違って見えてくるはずだ。

日本のサッカーと「クラブに振り回される」感覚

ワスカルの話を、遠い国の出来事で終わらせないために

フランス北部の地方クラブの話は、日本でサッカーをしている選手や家族にとって、一見遠い世界のように感じられるかもしれない。

しかし、少し視点を変えると、似た構図は身近にも存在している。

・クラブの大人たちの都合で、突然監督が代わる。

・チームの方針がシーズン途中で大きく変わる。

・育成よりも「目先の勝利」が優先され、起用法がぶれる。

・保護者の会費の使われ方がよく見えず、不信感が募る。

こうした経験をしたことのある人は、意外と多いのではないだろうか。

もちろん、ほとんどのクラブは真面目に運営されている。

ただ、どんなに良いクラブであっても、人が関わる以上、100%完璧にはいかない。

そのときに、選手や保護者、指導者は「クラブに振り回される側」で終わるのか。

それとも、情報を集め、自分の頭で考え、「自分としての選択」をするのか。

ワスカルのケースは、そのことを突きつけてくる。

「選ぶ力」は、サッカーのプレーと同じくらい大事かもしれない

中学生や高校生、あるいはその保護者にとって、クラブ選びや進路選択は、大きなテーマだ。

・強いチームに行くべきか。

・出場機会が多いチームを選ぶべきか。

・学校や仕事との両立をどう考えるか。

・クラブの運営面や情報公開の姿勢を、どこまで重視するか。

ワスカルの話を知ったあとなら、もうひとつ、こんな問いも加えられるかもしれない。

「このクラブは、選手や子どもたちをどう扱っているだろうか」

数字や成績だけでなく、「お金が苦しくなったときに、どこを守ろうとするのか」という視点を持つこともできる。

トップチームの赤字を埋めるために、育成年代の試合が止まるような状況を、「仕方ない」で済ませてしまうのか。

それとも、何があっても子どもたちのピッチを優先するのか。

クラブが難しい選択に迫られたとき、その優先順位にこそ、その組織の価値観が表れる。

もし、自分がクラブの一員としてそこに関わるなら。

「どういう価値観を大事にしているクラブなのか」を、少しだけでも見ようとすることは、自分のサッカー人生を守ることにもつながる。

それは、プレーの選択と同じだ。

・なんとなく周りに流されて選ぶのか。

・状況を見て、自分にとって大事なものを基準に選ぶのか。

どちらも「選択」だが、結果として見える風景は大きく変わる。

「答えを急がない」ことから始まるサッカーの見方

ワスカルの選手たちが教えてくれるもの

ワスカルのストーリーには、「正解」と言えるような結論は見つからない。

・無理な補強を続けた前会長は、ただの悪者なのか。

・破産を避けた市長は、クラブを守ったのか、それとも選挙を優先したのか。

・クラブに残る選手は勇敢なのか、無謀なのか。

・退団を選んだ選手は、自分勝手なのか、当然なのか。

どの問いにも、即答できる人は少ないはずだ。

だからこそ、この物語は、「考えるきっかけ」をくれる。

試合を見ていても、似た場面は山ほどある。

・ゴール前でパスを選んだFWに対して、「なぜシュートを打たない」と叫びたくなるとき。

・つなごうとしてボールを奪われたDFを、「リスク管理が足りない」と責めたくなるとき。

その瞬間、その選手は、どんな情報を見て、何を感じて、その選択をしたのか。

ワスカルの混乱を知った今なら、「もしかしたら、ピッチの外側の不安を背負いながらプレーしているのかもしれない」と想像することもできる。

すると、同じプレーでも、違って見えてくる。

FAQ / よくある質問
Q. フランスのワスカルというクラブはどんな状況に置かれていますか?
A. フランス北部のクラブで、かつてリーグ2でサンテティエンヌやLOSCと渡り合った歴史を持ちますが、現在はナショナル2・グループB(4部相当)で13位。財政赤字は40万〜50万ユーロに達し、シーズン完走には約30万ユーロが必要とされ、合計80万ユーロ規模の穴が指摘されています。育成年代の会費がトップチームの赤字補填に流用された事実も明らかになっています。
Q. 給料が払われないクラブに残る選手と退団する選手、どちらが正しいですか?
A. この記事では「どちらが正しい」という答えを出していません。退団した選手は自分と家族の生活を守る当然の選択であり、残った選手は「自分が積み上げてきたサッカー人生を自分の足で裏切りたくない」という尊厳の選択。どちらもピッチ上の戦術判断と同様に、その人の価値観に基づいた自分の選択だとしています。
Q. 経営難のクラブで監督はどんな役割を果たすべきですか?
A. ワスカルのトニー・アクリ監督は、自分の役割が「戦術家」から「選手たちの盾」に変わったと語っています。給料や契約への不安、クラブ存続への恐怖がロッカールームに直撃しないよう間に立って受け止め、選手が目の前の試合に集中できる環境を作り続けることが、困難な状況での指導者の核心的な仕事だとしています。
Q. クラブ選びで財政面の健全性を確認するにはどうすればよいですか?
A. 記事では明確な方法論を示していませんが、「クラブがお金に困ったとき、どこを守るか」という優先順位を見ることが重要だとしています。育成年代の活動が維持されているか、会費の使われ方が透明か、突然の方針変更や監督交代がないかなど、成績・設備以外の視点でクラブを観察する姿勢を持つことが勧められています。

「自分ならどう考えるか」を持ち帰る

ワスカルのクラブは、3月の選挙の後、どんな運命をたどるのか。

赤字は本当に埋められるのか。

クラブの形は変わるのか。

選手たちは何人、来季もこの街でプレーしているのか。

今はまだ、誰にも分からない。

けれど、この物語から、それぞれが持ち帰れる問いはある。

・クラブが揺れたとき、自分はどう振る舞いたいか。

・お金や結果と、自分のサッカーの価値観がぶつかったとき、何を優先したいか。

・選手として、保護者として、指導者として、「情報を知らないまま」ではなく、「知ろうとした上で」選ぶことができているか。

答えを急ぐ必要はない。

ただ、自分の中に、この問いを残しておくこと。

練習に向かう電車の中や、子どもの試合を見終わった帰り道に、ふと思い出してみること。

それだけでも、サッカーとの向き合い方は少しずつ変わっていくのかもしれない。

ワスカルの冬が明ける頃、フランス北部の小さなスタジアムで、またひとつのキックオフが行われる。

その一歩を踏み出す選手たちの背中には、それぞれの迷いと決断が重なっている。

ピッチに立つ自分も、スタンドから見守る自分も、同じように「選び続ける存在なのだ」と気づいたとき、サッカーは少しだけ、人生に近づいて見えてくる。

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