グアルディオラの後継者・マレスカに学ぶ「継承とは何か」——チェス論文から他競技研究まで、師の影と向き合う監督の思考法
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グアルディオラの後継者として、マレスカが選んだ道
ひとつの時代が終わるとき、クラブは必ず問われる。
「次に何を選ぶか」ではなく、「次に誰を選ぶか」によって、そのクラブの思想が透けて見える。
マンチェスター・シティがエンツォ・マレスカを新監督に迎えたというニュースを聞いたとき、多くの人が抱いた最初の感情は、期待よりもむしろ好奇心に近いものだったかもしれない。
ペップ・グアルディオラが10年間で積み上げた20タイトル。
その重さを誰よりもよく知っているのは、隣でそれを見てきた人間だろう。
7000字のサッカー論文が語るもの
マレスカという人物を語るうえで、避けて通れないエピソードがある。
イタリアのコベルチャーノ指導者養成機関に在籍していた頃、彼はサッカーとチェスの類似性をテーマに7000字の論文を書いた。
その中で引用したのは、1991年のチェス世界選手権で繰り広げられたアナトリー・カルポフとヴィクトル・コルチノイの一戦だった。
なぜチェスなのか。
おそらくそれは、「次の一手を考える」という行為がサッカーと本質的に同じだとマレスカが確信しているからだろう。
チェスのグランドマスターは、現在の盤面だけを見ていない。
三手先、五手先、場合によっては十手先の展開を頭の中に描きながら、今この一手を決断する。
ピッチ上の選手にも、同じことが求められる局面がある。
今ボールを持っているこの瞬間に、パスコースは三つある。
その中のどれを選ぶかは、自分が今どこにいるかではなく、チームがどこへ向かっているかを理解しているかどうかで変わってくる。
監督室の外でも学ぶという姿勢
マレスカが就任発表前の休養期間に何をしていたか、という話も興味深い。
バレーボールの指導者と対話し、バスケットボールのコーチングに触れ、フランスの哲学者ルネ・デカルトの著作を読んでいたという。
グアルディオラもかつて、バスケットボールや他競技の指導者から刺激を受けてきたことが知られているが、マレスカもその系譜に連なる人物だといえる。
これは単に「勉強熱心な監督」という話ではない。
サッカーの外に答えを探しに行けるかどうかは、そもそもサッカーの中だけに答えがないと信じているかどうかによる。
「サッカーを教わるのはサッカーだけでいい」という考え方と、「サッカーは人生のあらゆる場面と繋がっている」という考え方は、同じピッチ上に立っていても、見えている風景がまるで異なる。
継承と進化の間で
シティの会長カルドゥーン・アル・ムバラクは、マレスカの就任について興味深い言葉を残している。
グアルディオラのもとで多くを吸収しながらも、マレスカ自身の哲学をすでに持っている、というニュアンスで語った言葉は、「似せる」ことと「引き継ぐ」ことの違いを示唆している。
グアルディオラのアシスタントだった時代、マレスカが貢献したとされる戦術変更のひとつに、DFのジョン・ストーンズをセントラルミッドフィールダーとして起用するアイデアがある。
守備の選手が中盤に入るという発想は、当初誰もが首をかしげたかもしれない。
しかしその選択は、ポジションの固定概念を捨て、選手の能力を別の角度から活かすという発想から生まれていた。
「ここにいるべき選手」ではなく、「ここにいることで何が生まれるか」を問い続けた結果だった。
| 学びのフィールド | 具体的な行動 | 評価 |
|---|---|---|
| チェス(論文) | 1991年世界選手権の一戦を引用した7000字の論文を執筆 | ◎ 独自研究 |
| バレーボール | 休養期間に指導者と対話した | ◎ 他競技学習 |
| バスケットボール | 休養期間にコーチングを研究した | ◎ 他競技学習 |
| 哲学(デカルト) | フランスの哲学者の著作を読んだ | ○ 思想的学習 |
| 育成アカデミー | 既定モデルの中で「なぜそうするか」の根拠を持ち込んだ | ◎ 主体的実践 |
| 就任スタンス | 「継続と進化は矛盾しない」と語るが判断基準は明言せず | △ 経過観察 |
失敗の後でどう動いたか
マレスカの経歴には、成功だけでなく挫折の時間も刻まれている。
監督キャリア初期のパルマでの苦い経験は、今も語られることがある。
チェルシーではトップ4フィニッシュとクラブ・ワールドカップ制覇という実績を残しながらも、クラブ首脳陣との関係が壊れ、不完全な形での退任となった。
その後の過ごし方が、彼の人物像をよく表している。
沈黙を守りながら読書をし、他競技の指導者と対話し、一つだけ足を運んだのが古巣レスター・シティの試合だった。
華やかな公の場には姿を現さず、内側で次の準備をしていた。
大きな失敗の後に人がとる行動は二種類に分かれる。
すぐに何かで埋めようとするか、静かにそれを抱えて歩き続けるかだ。
マレスカは後者だった。
グアルディオラという巨大な影
「グアルディオラの後を継ぐ」という言葉が、どれほどの重さを持つか、サッカーを知る人なら想像できるだろう。
グアルディオラ自身がかつてマレスカを「世界最高の監督の一人」と評した言葉が残っている。
師匠に認められた後継者という立場は、栄誉であると同時に、比較という宿命から逃れられないことを意味する。
少し想像してみてほしい。
自分が尊敬する人の後任として、同じ場所を任されるとしたら。
そのポジションに就く前夜、何を考えるだろうか。
「同じようにやろう」と思うのか。
「自分のやり方でやろう」と決意するのか。
それとも、その二つの間でしばらく揺れるのか。
マレスカは「クラブが求めているのは同じスタイルの継続だ」と語りつつ、「日々の積み重ねが自分のやり方を決めていく」とも示唆している。
この言葉は慎重に読む必要がある。
「継続」と「進化」は矛盾しない。
しかし、どのタイミングでどちらを選ぶかは、誰かに決めてもらえるものではない。
- 「なぜそうするか」を自分の言葉で言える指導をする — クラブの戦術モデルの中にいても、その根拠を自分の言葉で語れる指導者は、選手の「考える力」を育てる。マレスカが示したのはそのモデルだ
- サッカーの外に学びを探しに行く時間を設計する — 他競技の指導者との対話や読書など、サッカー以外の場所に答えを探せるかどうかは、「サッカーの外に答えがある」と信じているかどうかによる
- 失敗の後を静かに過ごす選択肢を知っておく — 大きな挫折の後にすぐ動き出す必要はない。内側で次の準備をする時間を持てる指導者は、次の一手を深く打てる
- コーチに言われたことを「自分の言葉」で説明できるか問う — 言われたまま動く選手と「なぜそうするか」を言える選手では、試合が動いた瞬間の判断が違う。マレスカが問いかけたのはそこだ
- 失敗した後の「静かな時間」を邪魔しない — 子どもが挫折したとき、すぐに答えを与えようとしていないか。一人で抱えて歩く時間が次の成長をつくることがある
- 継承するとはコピーではないことを伝える — 師の道を知った上で自分なりの一歩を踏み出すことが継承だ。この問いはチームの戦術を覚えようとしている子どもにも、そのまま届く言葉だ
育成年代で何を残したか
シティのアカデミーでマレスカとともに働いたという指導者の証言が残っている。
それによれば、当時のアカデミー環境で多くのコーチが既定の戦術モデルに縛られていた中で、マレスカは自分なりの組み立て方を持ち込んでいた。
ルール破りではなく、「なぜそうするのか」という根拠さえ持っていれば、クラブはそれを聞く耳を持つ場所だったという。
この話が示唆することは、育成の場においても「考える自由」と「説明する責任」はセットであるということだ。
自由とは何でもできることではなく、選んだ理由を言えることではないだろうか。
選手であれ、指導者であれ、その問いはどこかで誰もが向き合うことになる。
マレスカが問いかけていること
マレスカの就任が日本のサッカー界に直接影響することはないかもしれない。
しかし、彼という人物の歩み方は、サッカーに関わるすべての人にひとつの問いを手渡している。
「影響を受けた人から何を引き継ぎ、何を自分で作り直すか」という問いだ。
育成年代の選手であれば、コーチに言われたことをどう解釈して自分のものにするか。
指導者であれば、学んだ戦術を選手に伝える際に、どこまで自分の言葉で語れるか。
保護者であれば、子どもが失敗したとき、すぐに答えを与えようとしていないか。
どれも、マレスカが今まさに直面していることと、構造は同じだ。
継承するということは、コピーすることではない。
その人が歩いた道を知った上で、自分の足で別の一歩を踏み出すことではないだろうか。
その一歩が正解かどうかは、踏み出してみるまでわからない。
それでも踏み出す理由を持てているかどうかが、きっと問われている。
後に日本代表に選ばれることになる選手たちと、ジュニアユースからユースまでの時期、同じピッチでボールを蹴っていた。チームの戦術が決まっていても、それを「なぜそうするか」と自分の言葉で語れる選手と、言われたまま動く選手では、試合が動いた瞬間の判断が違った。根拠を持って動く選手が、局面を変えていた。
もちろん、あなたが見てきた選手や指導者がそうだったとは限らない。チームのモデルを忠実に実行することで輝いた選手も、たくさんいると思う。ただ少しだけ思い浮かべてみてほしい——「継承する」と「考える」を同時にできる指導者に、あなたはこれまで出会ったことがあるか、と。
