32歳でポルトガル1部へ──カサ・ピアを変えた若き指揮官ジョアン・ペレイラの「文脈に適応する」サッカー人生
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カサ・ピアの若き指揮官ジョアン・ペレイラ──32歳でたどり着いたポルトガル1部という舞台

「Para mí es un orgullo haber llegado a la primera división de Portugal a los 32 años.」
「32歳でポルトガル1部にたどり着けたことは、僕にとって誇りです。」
そう語るのは、カサ・ピアACを率いる若き監督、ジョアン・ペレイラ。
2024-25シーズン、彼が率いるカサ・ピアはプリメイラ・リーガで残留争いどころか、ヨーロッパ圏内も視野に入る位置につけるサプライズを起こしています。
しかし本人は、その成功を自慢するどころか、むしろ静かに距離を取っています。
「Pero siento que solo estoy al principio de mi historia como entrenador, así que no tengo ninguna pretensión de controlar lo que vendrá.」
「でも、自分の監督としての物語はまだ始まったばかりだと思っています。だから、この先を自分でコントロールできるなんて思っていません。」
結果ではなく、「歩みそのもの」を見つめる姿勢。
カサ・ピアというクラブの躍進と、ジョアン・ペレイラという監督のキャリアには、現代サッカーを学ぶうえで、大人にも子どもにも共有したいヒントが詰まっています。
コロナ禍と心臓病──「仕事は、人生で一番大切な“重要でないこと”」
ジョアン・ペレイラの視点を決定づけたのは、成功ではなく「危機」でした。
モザンビーク代表でルイス・ゴンサウヴェス監督のアシスタントとして働いていた頃、彼は新型コロナウイルスに感染し、重い心臓疾患を発症します。
「Desarrollé una grave afección cardiaca. De repente, ya no podía trabajar.」
「重い心臓の病気を発症して、突然、仕事ができなくなりました。」
何が起こるかわからない数カ月。
その時間が、サッカーへの向き合い方を変えました。
「Me di cuenta de que el trabajo era lo más importante de las cosas menos importantes de la vida.」
「仕事は、人生の中で『最も大切な “重要でないこと”』なんだと気づいたのです。」
サッカーを愛しているからこそ、「それより大事なものがある」と言える強さ。
「Pero antes del trabajo está la salud. Antes que el entrenador está la persona.」
「でも、仕事より先に健康があり、監督である前に“ひとりの人間”がいるのです。」
アカデミーでプレーする子どもたち。
週末にボールを蹴る社会人。
プロを目指す10代の選手。
そして、それを支える指導者や家族。
みんなが忘れがちなこの当たり前を、あなたはどこまで大切にできているでしょうか。
モウリーニョへの憧れと、17歳での「決断」
ジョアン・ペレイラは、プロ選手としてのキャリアを歩む前に、大きな選択をします。
ユース年代ですでにケガに悩まされていた彼は、17歳でプレーから離れ、指導者の道を意識し始めました。
「La decisión de dejar de jugar y empezar a formarme como entrenador fue muy meditada. Mucho más racional que emocional.」
「選手をやめて指導者としての勉強を始めるという決断は、よく考え抜いたものでした。感情よりも、はるかに理性的な選択でした。」
当時、彼の大きな憧れは、同じポルトガル人監督のジョゼ・モウリーニョでした。
「Mi gran referente como entrenador era José Mourinho. Alguien que combinaba la capacidad de liderazgo con un enorme talento para la parte estratégica.」
「僕の大きな手本はジョゼ・モウリーニョでした。強いリーダーシップと、戦術的な側面での大きな才能、その両方を兼ね備えた人です。」
モウリーニョの成功によって、世界のクラブはポルトガル人監督をより評価するようになりました。
その流れの中で育った世代のひとりが、いまカサ・ピアを率いるジョアン・ペレイラです。
指導者を夢見る中高生にとって、ここには大切な問いがあります。
「いつか監督になりたい」という夢を語るだけでなく、彼のように10代から学び、決断する覚悟があるかどうか。
あなたなら、17歳でその選択ができますか。
9歳の子どもたちから学んだ“指導者の原点”
最初のチャンスは、決して華やかなものではありませんでした。
グルーポ・デスポルティーヴォ・ダ・メアリャダ──ポルトガル3部に属するクラブで、9歳の子どもたちのチームを任されたのです。
「Bueno, liderar no es exactamente la palabra adecuada cuando hablas de entrenar a niños de ocho o nueve años, porque realmente no lideras nada: estás ahí para ayudar a los niños a desarrollarse.」
「まあ、“率いる”という言葉は、8歳や9歳の子どもたちを指導するときには、正確じゃないですね。本当のところ、何かを“率いている”わけではないからです。そこでするべきことは、子どもたちの成長を助けることなんです。」
勝ち負けよりも、成長。
指導や戦術よりも、「サッカーを好きでい続けてもらうこと」。
その経験が、彼に監督という仕事への「根っこの喜び」を教えました。
一方で、彼の中には競争への欲求も確かにありました。
「Por mucho que disfrutara ayudando a los niños en lo que era su sueño, yo quería experimentar el lado competitivo del fútbol.」
「子どもたちの夢を手助けすることをとても楽しんでいた一方で、僕自身は、より競争的なサッカーの側面を経験したいと思っていました。」
育成年代では「競争」がすべてではない。
でも、サッカーが競技である以上、「勝負」の現場も必要。
このバランスをどう取るかは、日本でも常に議論されるテーマです。
今、あなたが指導者だとしたら、どこに軸足を置くでしょうか。
フットサル、そしてFCポルト──多様な経験が生んだ「戦術眼」
競争を求めたジョアン・ペレイラが次に飛び込んだのは、フットサルの世界でした。
2部・3部クラスの複数クラブで指導しながら、戦術や個人技術に磨きをかけていきます。
フットサルはスペースが狭く、判断も早く求められます。
その中で得られる「ポジショニング」「数的優位の作り方」「個の成長の手助け」は、後に11人制サッカーを指導するうえで、大きな武器となりました。
転機となったのは、FCポルトでの6年間です。
スカウト、パフォーマンスアナリスト、アシスタントコーチ、育成監督、Bチームアナリストと、多様な役割を経験しました。
そこで彼は、ビティーニャ、ファビオ・ヴィエイラ、ファビオ・シウヴァ、ジョアン・マリオといった、トップチーム昇格間近の才能ある若手たちを指導します。
「Cuando entrenas a jugadores de esa calidad, aprendes de ellos. Te das cuenta de las soluciones que ellos encuentran para determinadas situaciones.」
「そのレベルの選手たちを指導していると、こちらが彼らから学ぶことになります。特定の状況で、彼らがどんな解決策を見つけるのか、気づかされるのです。」
選手から学び、選手に還元する。
この循環こそが、モダン・コーチングの核心かもしれません。
監督が「上」で、選手が「下」という発想ではなく、同じゲームを一緒に深めていくパートナー。
あなたがもし選手なら、そんな指導者と一緒にプレーしたくなるのではないでしょうか。
モザンビークと「特権への自覚」──サッカーが教えてくれる社会の現実

モザンビーク代表での仕事は、プロとしてだけでなく、「ひとりの人間」としての視野を広げる時間になりました。
「Como todos sabemos, Mozambique es, por desgracia, un país de enormes desigualdades sociales. A menudo olvidamos lo privilegiados que somos.」
「ご存じのように、モザンビークは残念ながら、とても大きな社会的不平等を抱えた国です。私たちは、自分たちがどれほど恵まれているかを、しばしば忘れてしまいます。」
食事があること。
練習場があること。
スパイクを履いてサッカーができること。
それらが「当たり前」でない国から帰ってきた彼は、選手たちにこのことをしっかり伝えようと心に決めました。
あなたが今、ボールを蹴れる環境は、当たり前でしょうか。
もしも、その「当たり前」が明日なくなったら──そう考えてみると、サッカーをする1日1日が、少し違って見えてくるかもしれません。
アモラ、アルヴェルカ、そしてカサ・ピア──一歩ずつ上がった監督キャリア
心臓の病気で公式戦を離れた後も、ジョアン・ペレイラは止まりませんでした。
マンチェスター・シティ、ベティス、セビージャ、アイントラハト・フランクフルトなど、ヨーロッパのクラブを訪問し、現場の仕事を見て回ります。
ここでできた人脈が、次のステップにつながりました。
ポルトガル3部のアモラFCでの挑戦。
昇格を争いながら、最終的には届かなかったものの、評価は高まりました。
そして、同じく3部のアルヴェルカへ。
そこで起こったのが、歴史的なシーズンです。
アルヴェルカはリーガ3で優勝し、2部昇格。
彼自身も、「ポルトガル史上最年少で全国タイトルを獲得した監督」となりました。
しかし、彼はそれを個人の栄光とは捉えません。
「Yo sólo era una de las piezas de aquel proyecto victorioso.」
「僕は、その成功したプロジェクトの中の、ひとつのピースにすぎませんでした。」
クラブのフロント、スタッフ、選手たちが同じ方向を向いた結果としての優勝。
そして、その「同じ方向に進む力」は、現在のカサ・ピアにも引き継がれています。
カサ・ピアの成功の裏側──“データと対話”で作るチーム
2024年夏、ジョアン・ペレイラはカサ・ピアの監督に就任します。
就任に際して、クラブには詳細な「プレゼンテーション」を行いました。
トレーニングや試合のデータ分析。
選手ごとの個別分析。
ゲームモデルの説明。
そして、そのすべてをどう連動させるか。
それを“徹底的なレベル”でまとめた資料を提示したのです。
「Implica mucho análisis de datos, entrenamientos y partidos, análisis individuales de jugadores, algo detallado hasta la extenuación, pero que merece la pena para que el club entienda lo que pensamos.」
「そこには、膨大なデータ分析、トレーニングや試合の分析、選手個々の分析が含まれていて、“うんざりするほど細かい”内容です。でも、それによってクラブが、僕たちの考えを理解してくれるなら、その労力には価値があります。」
この「共有された理解」があるからこそ、クラブも監督もブレずに進めます。
実際、カサ・ピアは残留ラインを大きく上回る成績でシーズンを進め、売却益の出る選手も現れています。
それでも、クラブの目標は変わりません。
「El mismo objetivo que al principio de la temporada: evitar el descenso.」
「シーズンの最初と同じ、降格回避という目標のままです。」
結果が出ても浮かれず、現実を見据える冷静さ。
あなたの好きなクラブやチームでは、こうした「現実と夢のバランス」は取れているでしょうか。
プレミアの夢と、3部への覚悟──「文脈に適応する」ことの意味
33歳になったジョアン・ペレイラには、もちろん夢があります。
「Me gustaría trabajar en la Premier League y escuchar el himno de la Champions League desde el terreno de juego.」
「プレミアリーグで仕事をして、チャンピオンズリーグのアンセムをピッチレベルで聴いてみたいです。」
しかし同時に、こうも語ります。
「Por otro lado, no tengo miedo de volver a la tercera división portuguesa si es necesario. Ya estuve allí y fui muy feliz.」
「一方で、必要とあれば、ポルトガル3部に戻ることも全く怖くありません。すでにそこで働いて、とても幸せでしたから。」
そのうえで、彼はサッカーという競技の本質を、静かにひと言でまとめます。
「El fútbol sólo exige adaptarse al contexto. Eso es lo que intento hacer.」
「サッカーが求めるのは、ただひとつ、『文脈への適応』だけです。僕は、それを実践しようとしているのです。」
所属リーグがどこであっても。
クラブの規模がどうであっても。
選手層が厚くても、薄くても。
今与えられた「状況」にきちんと向き合い、その中で最適解を探し続けること。
それが、カサ・ピアの指揮官が信じるサッカーの姿です。
あなた自身のサッカー人生に置き換えると、どうでしょうか。
思い通りにいかないチーム環境。
なかなか試合に出られないシーズン。
施設やグラウンドに恵まれていない地域。
──その「文脈」に、どう適応していきますか。
サッカーがくれる「学び」とは何か
カサ・ピアでの快進撃。
心臓病からの復帰。
フットサル、FCポルト、モザンビーク、アモラ、アルヴェルカ。
そして、プレミアリーグとチャンピオンズリーグへの夢。
ジョアン・ペレイラの物語は、「華やかなスター」の物語ではありません。
むしろ、地道な現場と、大きな不安、そして静かな覚悟に満ちた物語です。
「Si sólo sabes de fútbol, no sabes nada de fútbol.」
「もし“サッカーのことしか”知らないのなら、あなたはサッカーのことを何も知らないのと同じだ。」
彼が好んで引用するこの言葉は、サッカーを通して人生を学ぶことの大切さを教えてくれます。
健康のこと。
家族のこと。
社会の不平等のこと。
そして、自分の限界や可能性のこと。
あなたは今、サッカーから何を学んでいるでしょうか。
それはきっと、勝ち負け以上に、長くあなたの中に残る「財産」になるはずです。
最後に、こんな言葉で締めくくりたいと思います。
「El éxito es la suma de pequeños esfuerzos repetidos día tras día.」
「成功とは、小さな努力を日々積み重ねた、その“総和”である。」
今日、あなたはどんな小さな努力を積み重ねるでしょうか。
その一歩が、いつかあなた自身の「チャンピオンズリーグのアンセム」につながっているのかもしれません。
| 時期 | キャリアステージ | 主な学び | 評価 |
|---|---|---|---|
| 17歳 | 選手引退・指導者転身 | 感情より理性の決断、モウリーニョへの憧れ | ◎ 早期の方向転換 |
| 初期 | 9歳児チーム指導(3部クラブ) | 「率いる」より「成長を助ける」育成の原点 | ◎ 哲学の根拠形成 |
| 中期 | フットサル複数クラブ | 狭いスペースでの判断・ポジショニング習得 | ○ 戦術眼の拡張 |
| FCポルト | スカウト・アナリスト・育成監督 | ビティーニャら若手から「選手に教わる」双方向性 | ◎ モダンコーチング習得 |
| モザンビーク代表 | アシスタント・心臓病発症 | 仕事より健康、監督より人間、社会的不平等への認識 | △ 危機が哲学を深化 |
| アルヴェルカ | ポルトガル史上最年少全国タイトル獲得 | 「自分は成功プロジェクトの一ピース」という謙虚さ | ◎ 実績と謙虚さの共存 |
- クラブ就任時に「徹底的な資料」でビジョンを共有する — ペレイラはカサ・ピア就任時にデータ分析・ゲームモデル・個別選手分析を網羅した資料を提示した。クラブと監督の「共有された理解」が迷いのない実行を生む。
- 高レベルの選手からも「逆学習」する習慣を持つ — FCポルトでの指導経験のように、質の高い選手が状況で見つける解決策を観察し、それを自分の戦術知識に還元する姿勢を日常的に持つ。
- 育成と競争を目的を分けて使い分ける — 9歳の指導では「勝利より成長」、競争カテゴリでは「勝負の現場」を意識的に切り替え、年代と状況に応じた目標を設定する。
- サッカー以外の経験が「サッカーを深める」と知る — 「サッカーのことしか知らないなら、サッカーを何も知らない」というペレイラの言葉通り、勉強・旅行・他のスポーツが視野を広げ、プレーの質にも影響する。
- プレーできない環境でも「見る・学ぶ」行動を続ける — ペレイラは心臓病療養中にマンチェスター・シティ等欧州クラブを訪問し学び続けた。ケガや出場機会のない時期こそ観察と学習に充てる。
- 「3部に戻ることも怖くない」という覚悟で進路を選ぶ — プレミアリーグの夢を持ちながらも3部への返還を恐れないペレイラの姿勢は、レベルより「今の文脈に全力で適応する」生き方を親子で語るきっかけになる。
