ジュード・ベリンガムが突きつける「黒人スーパースター」とイングランドの古いヒーロー像
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ジュード・ベリンガムと「イングランドのヒーロー像」──スーパースターはどんな顔をしていていいのか
レアル・マドリードで眩しいほどの輝きを放つジュード・ベリンガム。 まだ21歳の若さで世界屈指のスターとなり、イングランド代表の「顔」としても期待を一身に集めています。
一方で、彼は同時に「国民的な議論の的」にもなっています。 交代時に見せた不満げなリアクション。 その一コマだけで、タブロイド紙は「生意気」「守られすぎた若者」という物語をつくり上げました。
そして、元イングランド代表イアン・ライトは、こんな言葉を残しています。
「England is not ready for a black superstar.」 「イングランドは、黒人のスーパースターを受け入れる準備がまだできていない。」
この言葉は、ただの挑発ではありません。 イングランド社会や、フットボールの歴史そのものに突き刺さる、一つの「問い」です。
ベリンガムは「理想のヒーロー像」から外れている?
フットボール社会学者のクロード・ボリは、イアン・ライトの言葉についてこう語ります。
「Bellingham est trop élégant pour être le héros ouvrier que l’Angleterre aime.」 「ベリンガムは、イングランドが愛してきた“労働者階級のヒーロー”になるには、あまりにもエレガントすぎる。」
イングランドには、長く愛されてきた「典型的な英雄のイメージ」があります。 それは、どんな選手でしょうか。
・白人であることが多く
・工業地帯など、いわゆる「労働者階級の街」の出身で
・泥臭く、タフで、ラフなプレーもいとわず
・どこか不安定で、人間臭い弱さも持っていて
・ピッチの上で「エンブレムのために死ぬ」ような闘志を見せる選手
ポール・ガスコインのような存在は、その象徴と言えます。 「完璧じゃない」こと、「弱さ」や「やんちゃさ」を含めて愛されてきました。
一方で、ベリンガムはどうでしょうか。
・10代でドルトムントへ
・20歳でレアル・マドリードへ
・早くからスターとして扱われ、海外で成長
・プレーはエレガントで、技術的にも洗練されている
・プレミアリーグで、毎週テレビで「たたき上げられた」わけではない
「En Angleterre, pour être un héros national, il faut d’abord être le héros du peuple.」 「イングランドで“国民的ヒーロー”になるには、まず“民衆のヒーロー”でなければならない。」
ボリはそう語ります。
ベリンガムは、いまやスペインでは「預言者」であり、「銀河系」の中心選手です。 しかしイングランド国内では、まだ「本当に自分たちのヒーローなのか?」という戸惑いが残っている。 そこに、人種と歴史、階級の問題が絡み合っているのです。
| 観点 | ポール・ガスコイン(旧来型) | ジュード・ベリンガム(現代型) | 評価 |
|---|---|---|---|
| 出身・育ち | ゲーツヘッド(工業地帯)・労働者階級 | ストーブリッジ(バーミンガム近郊)・中産階級的背景 | △ |
| キャリアパス | 国内クラブ(ニューカッスル・トッテナム)で活躍後に海外へ | 10代でドルトムント・20歳でレアル・マドリードへ直行 | ○ |
| プレースタイル | 泥臭く感情的・技術と荒削りさが同居 | テクニカルで洗練・エレガントな大舞台向けプレー | ◎ |
| 人種 | 白人 | 黒人 | △ |
| 国内評価 | 不安定さも含め「人間味」として愛された | 交代不満リアクションが「生意気」と批判される | △ |
「黒人選手は受け入れられる、ただし条件付きで?」
イングランドは、黒人選手を代表に受け入れるのに時間がかかりました。
「Viv Anderson fait sa première sélection en 1978. En France, Raoul Diagne, c’est en 1931.」 「ヴィヴ・アンダーソンがイングランド代表で初キャップを得たのは1978年です。フランスのラウル・ディアーニュは1931年でした。」
約半世紀近い差。 それは、黒人の存在が長く「見えないもの」とされていた歴史を映し出しています。
クラブレベルでは黒人選手がたくさんプレーしていても、代表はなかなか彼らを「イングランドの顔」として認めない。
そして、ようやく代表で活躍するようになっても、その評価はどこか「限定付き」でした。
「Des joueurs noirs comme Ian Wright ou Paul Ince n’ont jamais été pleinement acceptés comme de véritables héros de la classe ouvrière.」 「イアン・ライトやポール・インスのような黒人選手は、“労働者階級のヒーロー”として、完全に受け入れられたことはありませんでした。」
インスはイングランド代表初の黒人キャプテンでした。 それでも、「伝統的なワーキングクラスの英雄」としては見なされにくかった。
ベリンガムも、ある意味で同じ壁の前に立たされています。
・黒人であること
・スタイルが「エレガント」であること
・プレミアではなく海外でスターになったこと
これらが組み合わさると、「典型的なイングランド的英雄像」とズレてしまう。
それでも彼は、ピッチの上で圧倒的な存在感を放ちます。 ゴール前に走り込み、ボールを奪い、ゲームを支配し、チームを勝たせる。 その姿に、私たちは何を重ねるべきなのでしょうか。 「色」か、「階級」か、「プレー」か。
- 選手を評価するとき「泥臭さ」だけを美徳にしない — エレガントなプレーや海外で磨いた技術も、同等にリスペクトする基準を指導の中に意識して組み込む
- 表現することと「生意気」を同一視しない — 不満を見せる・感情を出すという行為が、人種や出身によって異なる評価を受けているという社会的文脈を指導者自身が認識する
- 育成現場での多様なロールモデルを意図的に取り上げる — ガスコインだけでなく、ベリンガム・ラッシュフォード・ヴィエラなど異なるバックグラウンドを持つ選手を等しく紹介し、「誰でもヒーローになれる」環境をつくる
「おとなしい黒人」か「よくしゃべる黒人」か――ポグバとカンテの対比
イアン・ライトは、もう一つ興味深い指摘をしています。
「les joueurs noirs qui ‘l’ouvrent beaucoup’ et ceux qui sont ‘silencieux et gentils’, et mentionne Pogba contre Kanté.」 「“たくさんしゃべる黒人選手”と“静かで優しい黒人選手”の違いを語り、ポグバとカンテの名前を挙げた。」
ここで示されているのは、「どう振る舞えば受け入れられるか」という、マイノリティが長年直面してきた問題です。
・静かで、あまり主張せず、控えめであれば「いい人」として歓迎される。
・カラフルで、個性的で、自分を強く表現すると「生意気だ」「目立ちすぎる」と嫌われがち。
「Cette remarque rappelle comment les minorités devaient se comporter pour être acceptées : discrètes, invisibles.」 「この指摘は、マイノリティが受け入れられるために、どれだけ“控えめに”“目立たず”振る舞うことを求められてきたかを思い出させます。」
ベリンガムも、まさにこの線上にいます。
・ピッチで堂々と振る舞う
・感情を隠さない
・交代に不満を示せば「態度が悪い」と言われる
その一方で、白人選手が同じように振る舞った場合、「勝利への渇望」「闘志」とポジティブに解釈されることも少なくありません。
ここで問われているのは、プレーだけではなく、「誰が、どんな性格であれば、どこまで許されるのか」という、社会的なダブルスタンダードです。
- 好きな選手の理由を言葉にしてみる — ゴールの美しさ、走り方、試合後の態度、社会活動など、プレー以外の理由で選手を好きになる自分の価値観に気づく練習をする
- SNSの批判コメントを鵜呑みにしない — ラッシュフォード・サカ・サンチョへのPK失敗後の人種差別的攻撃のように、SNSは一部の声を増幅する。選手本人のプレーで判断する習慣をつける
- 「自分らしく表現すること」がピッチで大事だと知る — ベリンガムが感情を隠さないようにプレーすることは、むしろ試合に賭ける姿勢の表れ。自分のプレースタイルを外からの「らしさ」の型に合わせようとしなくていい
Rashford・Saka・Sanchoが受けた「見える」暴力
EURO2021の決勝。
マーカス・ラッシュフォード、ブカヨ・サカ、ジェイドン・サンチョがPKを失敗した後、SNSには彼らへの激しい人種差別があふれました。
「Le harcèlement numérique de Rashford, Sancho et Saka… en apporte une autre illustration.」 「ラッシュフォード、サンチョ、サカが受けたネット上の嫌がらせは、その一つの象徴です。」
もちろん、ボリはこうも指摘します。
「Les réseaux sociaux amplifient des comportements, mais ne représentent pas tout le pays.」 「SNSは一部の行動を増幅しますが、それが国全体の意見を代表しているわけではありません。」
デヴィッド・ベッカムも、ウェイン・ルーニーも、白人選手であっても激しい批判にさらされてきました。 PK失敗、退場、ゴシップ。 スターであることは、常に「矢面に立つこと」と背中合わせです。
違いは、現代ではその批判や侮辱が、すべて「見える形」で拡散されてしまうこと。 そしてそこに、人種差別という「色」のついた攻撃が重なる時、その傷はさらに深くなります。
クラブは「黒人ヒーロー」を守り、育てることができるのか
では、クラブは選手を守ることができるのでしょうか。
ボリはこう語ります。
「Les clubs donnent un cadre d’identification… Cela compte même plus que la couleur de peau.」 「クラブは“自分たちの存在を重ねる枠組み”を与えます。それは、肌の色よりも重要になることすらあります。」
ティエリ・アンリは「フレンチマン」でありながら、アーセナルの象徴として愛されました。 パトリック・ヴィエラはキャプテンとして、「アーセナルらしさ」の体現者とされました。
サポーターが選手を愛する時、 そこには「色」よりも、「クラブの物語を背負っているか」という要素が大きく影響します。
ラッシュフォードは、マンチェスター・ユナイテッドの下部組織出身であり、さらに貧困家庭の子どもたちを支援する社会活動でも知られています。
「Rashford est celui qui s’en rapproche le plus avec ses actions caritatives, il faut une certaine proximité avec le peuple.」 「ラッシュフォードは、チャリティ活動を通じて、最も“民衆のヒーロー”に近づいた選手の一人と言えます。」
ベリンガムも、レアル・マドリードという巨大クラブのスターであると同時に、「イングランド代表」という、国全体を背負う舞台に立っています。 これからの代表での歩みが、彼にとっての「イングランドの物語」を形作っていくのでしょう。
2026年ワールドカップは「転機」になりうるか
もし、2026年のワールドカップで、ジュード・ベリンガムがイングランドを世界一に導いたらどうなるでしょうか。
エレガントで、テクニカルで、黒人で、海外でスターになった選手が、 「イングランドの英雄」として完全に受け入れられる日が来るのでしょうか。
イギリスは、黒人の政治家やジャーナリスト、文化人が数多く活躍している一方で、 サッカーの代表的ヒーロー像には、いまだに古いイメージも根強く残っています。
・ヒーローは「白人のローカルラッド」であるべきなのか ・それとも、「色」や「出身」に関係なく、ピッチでの姿だけで評価されるべきなのか ・サポーターは、変わりゆくサッカーと共に、「ヒーロー像」をアップデートできるのか
私たちがサッカーを“学ぶ”というのは、戦術やテクニックだけではありません。
・どんな人がリーダーになれるのか ・どんな人を自分たちの代表として受け入れられるのか ・「らしさ」とは何か、「変わるべきもの」は何か
そうした問いを一緒に考えていくことでもあります。
あなたにとっての「ヒーロー」とは誰ですか?
日本でも、ヨーロッパでも、どの国でも。 サッカーには「こうであってほしいヒーロー像」が存在します。
・走り続ける選手
・泥臭く戦う選手
・繊細なテクニックを持つ選手
・人としての優しさや社会貢献で尊敬される選手
そこに、 肌の色や出身地、話し方、ファッション、態度、といった要素がどこまで入り込んでいいのか。
ジュード・ベリンガムは、フットボール界にこんな問いを投げかけています。
「僕がピッチで見せているものだけで、僕を判断してくれますか?」 「それとも、“イングランドらしさ”の型に、僕を押し込めようとしますか?」
あなたにとってのサッカーのヒーローは、誰でしょうか。 その人を好きになった理由を、一度ゆっくり思い出してみてください。 そこには、あなた自身の「価値観」や「願い」が映し出されています。
最後に、一つの言葉で締めくくりたいと思います。
「Heroes are not born to fit our stories; they are born to change them.」 「ヒーローは、私たちの物語に合わせて生まれてくるのではない。 私たちの物語を書き換えるために現れるのだ。」
