育成年代のダービーが教えてくれる、「選ぶ力」が試合を変える瞬間
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PKを蹴る人、追いかける人、追いつく人たちの「選ぶ力」

9分。
インテル対ミラン、マドンニーナ・ダービーの舞台は、トップチームではなく、プロクラブの未来を背負うU-18のピッチだった。
スコアはまだ動いていない。
しかし、ミランのシモーネ・バティスティーニがPKを決めた瞬間、この試合はただの「25節の1試合」ではなくなった。
リードを追う側のインテルのベンチ、追いかけられる側のミランのベンチ、ピッチに立つ選手たち、それぞれに違う時間の流れが始まる。
そして69分、インテルのジョヴァンニ・ダゴスティーノが今季12点目となるゴールで追いつき、試合は1-1の引き分け。
首位のインテルは勝点1を積み重ね、50ポイントでトップを維持。
ミランは勝点30とし、モンツァと並んで11位に浮上した。
数字だけを見れば、よくある「首位チームが追いついて引き分けに持ち込んだ試合」にも見える。
では、この90分の裏側で、どんな「考える時間」と「選ぶ時間」が流れていたのだろうか。
PKの9分、追いつく69分:その間に何が変わったのか
PKスポットに立つとき、何を背負うか
まずは、最初の9分に戻ってみたい。
PKスポットにボールを置くバティスティーニ。
そこには「技術」だけではなく、「どう蹴るか」「どこを見るか」「何を信じるか」という小さな選択がいくつも積み重なっている。
角度、助走の長さ、蹴るコース、強さ。
キーパーを見て決めるのか、自分の決めたコースを貫くのか。
外したらどうしよう、ではなく、決めるために何を優先するのか。
育成年代の選手にとって、PKは単なる「決めるべきチャンス」ではない。
- 自分は、チームの先頭に立つ役割を引き受けるか
- その重さを楽しめるか、あるいは怖さとどう付き合うか
という、メンタルと責任のトレーニングの場にもなる。
もし自分がバティスティーニの立場だったら、どんな準備をしてそのボールの前に立つだろうか。
普段の練習で、何本のPKを、どんな意識で蹴っているだろうか。
| 場面 | 追う側の選択 | 守る側の選択 | 示唆 |
|---|---|---|---|
| PKスポット | 決めるために何を優先するか決める | キーパーの読みか自分のコースか決める | ◎ 準備が鍵 |
| 9分で先制された後 | 縦に急ぐか繋ぎながら待つか | 追加点を狙うかリスクを抑えるか | ○ 状況判断 |
| 1-1同点後の時間 | もう一度仕掛けに行くか | 引き分けを受け入れるか | ○ 目標設定次第 |
| 連続ゴール後(22分→46分) | ハーフタイム後も攻め続けるか | リードを守りにいくか | ◎ 意思表示 |
| 追いつかれてから逆転 | 失点ショックを引きずるか仕切り直すか | さらに追加点を取りに行くか | △ 感情の切り分け |
リードするチームに流れる「長い時間」
9分で先制すれば、残りは80分以上ある。
ここからの時間を、どうデザインするか。
ミランのマルコ・ルチアーノ・ヴィスコンティ監督は、ベンチからどんな景色を見ていただろう。
- スコアを守るために、リスクを抑えるのか
- 追加点を狙って、相手の隙を突きにいくのか
「守る」とひとことで言っても、ブロックを低くして耐えるのか、前から奪いにいって相手のビルドアップを止めるのかで、選手に求められる判断は大きく変わる。
選手たちは、ピッチの中でその意図を感じ取りながら、自分のポジションと役割の中で微調整をし続ける。
声をかけるのか、ラインを上げるのか、味方にリスクをかけさせないようにするのか。
1-0でリードしているときほど、プレーは慎重になりやすい。
「ミスしてはいけない」という気持ちが、「ボールを持ちたくない」という無意識の選択につながることもある。
もし自分が1点リードで迎える後半、ピッチに立っていたなら、どんな声をかけ、どんなリスクを取り、あるいは取らないと決めるだろう。
- 試合後に「なぜそう選んだのか」と選手に問いかける — シュートかパスか、リスクを取ったか取らなかったか、その判断の根拠を選手自身が言葉にできるよう問いを持つ習慣を作る
- リードしている時間帯のゲームプランを事前に選手と共有する — 先制した後にどこまでリスクを取るかをチームとして決めておくことで、選手が迷わず自分の判断を出せる土台を作る
- 順位や得点数と同じくらい「自分で決めた経験」の数を大切にする — PKを蹴る役割、追いつかれた後の声かけ、ハーフタイムのリセット、これらの場面を選手が自分で引き受ける機会を意図的に設ける
追うチームに流れる「縮む時間」
一方、インテルの選手たちにとっては、9分で失点した瞬間から、時間が少し速く流れ始める。
「追いつかなきゃ」という焦りは、ボールの持ち方やパスの選択にすぐ表れる。
縦に急ぎすぎるか。
それとも、あえてつなぎながら相手を動かし、隙を待つのか。
指揮をとるシモーネ・ファウタリオ監督は、首位という立場と、この試合の状況の間で、どこに優先順位を置いただろうか。
- チャンピオンを目指すチームとして、内容にこだわるのか
- アウェー(相手施設)でのダービーで、結果を最優先するのか
追いかける側の難しさは、「焦らずに急ぐ」ことにある。
ピッチの中では、選手たちが一人ひとりのタッチごとに、そのバランスを探している。
前向きに受けるか、後ろに戻すか。
リスクをかけて縦パスを通すか、サイドに逃がしてやり直すか。
この積み重ねの先に、やがて69分のダゴスティーノの同点ゴールが生まれる。
シーズン12点目という数字は、彼が一度や二度ではなく、同じような「迷い」の場面を何度もくぐり抜けてきたことを示している。
ゴールを決めるたびに、シュートを打つか、パスを出すか、ポジションをとり直すか…。
その小さな選択の積み重ねが、二桁得点という結果になっている。
結果の横に並ぶ「順位表」の意味をどう受け取るか
- PKを蹴る前の準備を具体的に持つ — 角度・コース・助走の長さ・キーパーを見るかどうか、試合前の練習で「自分がどう決めるか」を意識しておくことが本番の集中力を生む
- 保護者は順位や得点数だけでなくプレーの判断に目を向ける — 「勝ったね」「負けたね」の前に、「あの場面でどう動こうとしたの?」と問いかけることで、子どもが自分の選択を振り返る習慣ができる
- 失点した直後の「気持ちの立て直し」を自分のルーティンにする — 追いつかれた後にどうリセットするかを自分の言葉で持っておくことが、逆転ゴールや勝ち越しゴールへの土台になる
首位インテル、11位ミランという「立場」
試合後、順位表にはシンプルな数字が並ぶ。
インテル 50ポイント 首位。
ミラン 30ポイント 11位(モンツァと並ぶ)。
同じ1-1でも、この数字が添えられるだけで、見え方は大きく変わる。
首位チームが追いついた。
下位にいるチームが、首位から勝点1を奪った。
どちらの解釈も、事実としては間違っていない。
ただ、その数字を「成功か、失敗か」を判断する材料にしてしまうと、本来見えていたはずのものが、かえって見えなくなることがある。
たとえば、ミラン側の選手やスタッフなら、こう考えるかもしれない。
- 首位相手のダービーで、リードを守りきれなかった
- それでも勝点1を積み上げ、順位を上げる一歩にはなった
どちらの受け取り方を選ぶかで、次のトレーニングや試合への姿勢は変わっていく。
自分がそのチームの一員だったら、どちらに比重を置くだろうか。
「悔しさ」を大切にするのか。
「前進」を評価するのか。
二つの感情を同時に抱えたまま前に進む、という選び方もある。
下位からじわりと上がるチームの時間:サッスオーロU-17の3-1
同じ日の別の会場では、また違う物語が動いていた。
U-17セリエA・Bの試合で、サッスオーロのクリス・ジリオリ監督率いるチームが、レッチェを3-1で下した。
場所はカヴァリーノの「Kick Off – Sport Center」。
ヒーローになったのは、ユスティン・コルネスク。
14分、22分、そして46分。
3つの時間帯で、同じ選手がゴールを決め、チームは一気に主導権を握る。
この勝利でサッスオーロは勝点25、パルマと並んで14位に浮上した。
順位表だけ見れば、まだ中位より下。
でも、そこに至るまでの過程の中には、別の価値が隠れているかもしれない。
- 下位にいるチームが、「どうやって試合の入り方を変えるのか」
- 連敗や不調の流れの中で、「どこに勝機を見出すか」
コルネスクのハットトリックは、一人の選手の出来だけでなく、チーム全体が「この試合でどこを攻めるのか」という共通認識を持てた結果でもあるだろう。
早い時間帯のゴールが続けて生まれるとき、そこには「偶然」だけではなく、「準備してきた形」が決断に変わった瞬間がある。
14分と22分のゴールの間、ピッチに立つ選手たちは何を感じ、どんな声を掛け合っていたのか。
「このやり方でいける」と信じて続けるのか。
「相手が対応してきたから、少し変えよう」と修正するのか。
そして46分。
ハーフタイム明けすぐに3点目を取りに行くという選択をしたことも、チームとしての意思表示に見える。
リードしていても、攻めるのか。
守りに入らず、試合を決めにいくのか。
そこには、「今シーズンをこのまま終わらせない」という、小さな反発心のようなものも宿っていたかもしれない。
2-1で勝ち切ることの難しさ:ピサU-17の選択

もうひとつ、ピサのU-17がスペツィアを2-1で下した試合もあった。
会場はペッチョーリの「アルフレド・パーニ」スタジアム。
ディエゴ・ムッラス監督のチームは、11分にラポ・ルカレッリの今季3点目で先制。
しかし17分にアレッサンドロ・キラのゴールで追いつかれる。
そして32分、トンマーゾ・マジーニが、同じく今季3点目となるゴールで再びリードを奪い、そのまま2-1で勝ち切っている。
先制 → 追いつかれる → 再び勝ち越す。
この流れの中で、選手たちは「感情」と「判断」をどう切り分けていたのだろうか。
1-0から1-1になった直後、チームは二つの道の間で揺れる。
- 「失点のショック」を引きずり、消極的になる
- 「もう一度ゲームを作り直す」と決めて、主導権を取り返しにいく
ピサは32分にマジーニのゴールで再び前に出た。
この時間帯に勝ち越すというのは、ただの「流れ」ではなく、「もう一度、リスクを取る」と決めた結果とも考えられる。
勝点3を取りにいくのか。
最低限の勝点1を優先して、安全なプレーを選ぶのか。
そして最終的に、ピサはこの勝利で勝点26、8位という位置につけた。
順位表の中で、上も下も見える位置。
ここから先をどう戦うかを決めるうえで、「追いつかれた後に勝ち越した」という経験は、数字以上の意味を持つかもしれない。
日本のピッチから、この物語をどう見るか
「正解探し」では見えないもの
イタリアの育成年代の試合を眺めながら、日本のサッカー環境と重ねて考えてみたくなる。
ヨーロッパのクラブだから特別、という話にしてしまうのは簡単だが、それでは自分たちのピッチに落とし込めない。
ここで取り出したいのは、「どの選手が上手いか」ではなく、「どんな選択があったのか」という視点だ。
PKを蹴るバティスティーニ。
シーズン12点目のダゴスティーノ。
ハットトリックのコルネスク。
追いつかれても勝ち越したルカレッリとマジーニ。
彼らがしたひとつひとつの選択は、日本の中学生や高校生、ユース年代の選手が日々の試合やトレーニングで迫られているものと、実はとてもよく似ている。
- この場面で、シュートか、パスか、ドリブルか
- リードしているときに、攻め続けるか、守りに比重を置くか
- 失点したあとに、気持ちをどう立て直すか
日本では、ときに「どれが正しいか」をすぐに求めてしまうことがある。
監督やコーチが答えをはっきり示し、それに従うことが「良いこと」とされる場面も少なくない。
もちろん、指導者の明確な方向性は大事だ。
ただ、そのなかでも選手自身が「自分ならどうするか」を考える余白が、どれだけ残されているか。
そこに、サッカーの面白さや、選手としての伸びしろが生まれるように感じる。
選手・保護者・指導者、それぞれの「もし自分だったら」
このイタリアの試合を、自分の立場から覗き込んでみるとどうだろう。
選手なら。
- PKを蹴るとき、自分はどう準備するか
- リードしているとき、どこまでリスクを取るか
- 追いつかれても、もう一度前向きなプレーを選べるか
保護者なら。
- 子どもがミスをしたとき、どんな声をかけるか
- 結果よりも、そのときどんな選択をしようとしたのかに目を向けられるか
- 順位や得点数に一喜一憂しすぎず、プレーの中身を一緒に振り返れるか
指導者なら。
- リードした試合で、どんなゲームプランを選ぶか
- 選手に「こうしろ」と言う前に、「なぜそう思う?」と尋ねる時間を持てるか
- 勝点と同じくらい、「選手が自分で決めた経験」を大切にできるか
イタリアのユースの試合を題材にしながら、実際に問われているのは、日本のグラウンドでボールを蹴る一人ひとりの「選ぶ力」と「考え続ける姿勢」なのかもしれない。
答えを急がないサッカー
90分では決着しないもの
インテル対ミランのU-18は1-1という結果に終わった。
サッスオーロのU-17は3-1で勝ち、ピサのU-17も2-1で勝った。
どの試合にも、勝者と、勝てなかった側がいる。
しかし育成年代のサッカーにおいて、本当の意味での「勝ち負け」は、90分では決まらないのかもしれない。
PKを外した経験が、数年後の大事な場面での決断を支えることもある。
リードを守りきれなかった悔しさが、守備の一歩前に出る勇気を育てることもある。
下位から少しずつ順位を上げていく時間が、「簡単には折れない心」を作っていくこともある。
だからこそ、結果を急いで「良かった」「悪かった」と決めつけてしまうのではなく、その裏側でどんな選択があり、どんな迷いや葛藤があったのかに、そっと目を向けてみたい。
サッカーは、ピッチの上で常に答えを出し続けるスポーツのように見える。
でも、その答えは一つではなく、しかも「今」は仮の答えでしかないのかもしれない。
もし、今日の自分のプレーや、子どものプレー、チームの試合を振り返るときに、「どれが正解か」を探す前に、「なぜそう選んだのか?」と一度立ち止まってみたなら。
そこから見えてくる景色は、少しだけ違ってくるかもしれない。
ゴールネットが揺れた瞬間だけでなく、その前にあった小さな選択の連続に目を凝らしたとき、サッカーは結果だけでは語りきれない、長い物語としてこちらに近づいてくる。
その物語の続きをどう紡ぐかは、いつだってピッチに立つ一人ひとりの選び方に委ねられている。
