17歳ブルニーニョが戦時下ウクライナ行きを選んだ理由――日本の10代選手と保護者が学べる「移籍金14億円」とキャリア選択のリアル
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17歳、ベオグラード経由ウクライナ行きの飛行機に乗るということ

セルビアの首都・ベオグラードの空港で撮られた一枚の写真がある。
そこに写っているのは、まだ17歳のフォワード、ブルニーニョ。
アトレチコ・パラナエンセからシャフタール・ドネツクへ。
14億円を超える移籍金と、5年契約という重さを背負いながらも、写真の中の表情はどこかまだ少年のままだ。
この瞬間、彼は「ひとつのクラブの有望株」から、「ひとつのクラブの投資」であり、「ひとつの国の期待」であり、「自分自身の決断の結果」へと、立場を変えつつある。
その変化は、本人が一番よく分かっているはずだ。
数字の裏側にある「選択」の重さ
14百万ユーロという評価をどう受け止めるか
今回の移籍は、固定額1100万ユーロにボーナス300万ユーロ。
さらに、アトレチコは将来の売却益の20%を残した。
ビジネスとして見れば、これは「才能への長期投資」であり、「リスクを分散させた取引」でもある。
けれど、ピッチに立つ側から見ればどうだろうか。
17歳の選手は、「自分の価値が14百万ユーロ」と明確な数字で世界に示されることになる。
その数字は、期待と同時に、プレッシャーにも変わる。
シュートを外すたびに、「これで14百万ユーロか」と言われる未来を、どこかで想像しているかもしれない。
それでもなお、その契約書にサインするということは、「その重さを引き受ける」と決めた、ひとつの選択だ。
自分なら、その紙を前にして、どれだけ迷うだろうか。
| 観点 | クラブ側の選択 | 選手側の選択 | 継承/変化 |
|---|---|---|---|
| 契約構造 | 固定1100万+ボーナス300万ユーロ | 14百万ユーロの自己評価を引き受ける | ◎ 覚悟の継承 |
| 将来の権利 | 売却益20%を保持し長期で伴走 | 短期の安全より長期の挑戦を選択 | ○ 柔軟化 |
| 規律対応 | クラシコ招集外で姿勢を優先 | 代表で2G1Aとプレーで応答 | △ 変化 |
| 移籍先の環境 | 亡命クラブ・戦時下でも送り出す | 「それでも行く」と踏み出す | △ リスク受容 |
| 残シーズン起用 | リーグ戦は外しカップ戦は検討 | キャリア移行期として受け止める | ◎ 調整 |
| キャリアモデル | ブラジル人10人超が在籍する導線 | ヨーロッパへの入口として選ぶ | ◎ 継承 |
クラブはなぜ20%を残したのか
アトレチコは、ブルニーニョの経済的権利の20%を保持することを選んだ。
短期的な収入だけではなく、彼の「これから」にも関わり続けるという姿勢だとも言える。
これは、クラブから見た将来への「仮説」だ。
この選手は、ヨーロッパに行ってさらに価値を高める。
そう見込んだからこそ、完全に手放すのではなく、未来の一部を握り続ける。
ピッチでの判断と同じように、経営にも選択肢はいくつもある。
- 今、できるだけ高く売る
- 一部を残して、長期的な伸びに賭ける
- まだ売らずに、クラブで育て続ける
その中で、どの選択肢が「正しい」とは誰にも分からない。
ただ、どれを選んだとしても、理由と覚悟が問われる。
ピッチ外のミスと、ピッチ内での「取り返し方」
- 規律と起用を切り分けて伝える — 高級車騒動後のクラシコ外しのように、罰ではなく「姿勢の線引き」としてメッセージ化する
- ミスの後の行動で信頼を取り戻す導線を用意する — 代表初陣2G1Aのように、プレーで応答できる具体的な機会を設計する
- 移籍期の起用を3択で整理する — 「全く使わない/最大限活かす/リスク管理しつつ選ぶ」を公開しチームで共有する
高級車を運転していた17歳
ブルニーニョは、ここまでの道のりで決して順風満帆だったわけではない。
高級車を運転しているところを警察に見つかり、クラブは翌戦のダービーマッチのメンバーから外す判断をした。
それは、アトレチコにとっても、選手本人にとっても、簡単ではない決断だったはずだ。
クラシコという大事な試合。
チームの戦力を考えれば、出場させたい気持ちもあっただろう。
しかしクラブは、「今この瞬間の戦力」よりも、「これからの選手の在り方」を優先した。
監督も、この判断を支持したと伝えられている。
そこには、「勝つためにどう戦うか」と同じくらい、「誰と、どんな姿勢で勝ちたいか」という価値観が透けて見える。
もし自分がその指揮官なら、どうしただろうか。
厳しく処分してメッセージを示すか。
内部での注意にとどめて、ピッチに送り出すか。
どちらを選んだとしても、必ず批判は生まれる。
それでも、どこかで線を引かなければならない。
- オファーの金額を自分の価値に置き換えない — 1400万ユーロは期待でもプレッシャーでもある数字と理解し、迷う権利を手放さない
- 行き先の条件より「自分で選んだか」を確かめる — 親・代理人・クラブの意向を聞いた上で、最後に自分の感覚を言語化して一度立ち止まる
- 選べない部分と選べる部分を分ける — 起用・オファーは選べないが、練習での意識や言葉の選び方は自分で選び続けられる
失った信頼を取り戻す方法
処分を受けたあと、ブルニーニョはブラジルU-20代表で再び評価を高めていく。
初陣で2ゴール1アシスト。
一度離れてしまった信頼を、プレーで取り戻すように。
ここにも、選択がある。
- 「不運だった」と言い訳を探す
- 「注目されているから狙われた」と周囲のせいにする
- 「やってしまったことは変えられない」と受け入れ、ピッチで示す
外からは、どれを選んだのか本当のところは分からない。
ただ、処分のあとに代表で活躍し、再びクラブでもチャンスを得ているという流れを見ると、「行動で語ろう」とする意志があったのではないかと感じさせる。
ミスをしない選手などいない。
問われるのは、そのあとの振る舞いだ。
日本の育成年代でも、似たような場面はある。
練習への遅刻、学校との両立、SNSの使い方。
「やってはいけない」と言われることは、どこにでも転がっている。
そのとき指導者は、どこまでを許し、どこからを許さないのか。
選手は、自分のどの行動が周りにどんな影響を与えるのか。
誰かが決めるルールの話であると同時に、自分で考え、自分で選ぶことでもある。
「亡命クラブ」に集うブラジル人たち
ウクライナという選択肢
ブルニーニョが向かうシャフタール・ドネツクは、戦争の影響で、本来のホームタウンから離れて活動を続けるクラブだ。
それでも、チャンピオンズリーグやヨーロッパリーグの舞台に立ち続け、若いブラジル人選手にとっては「ヨーロッパへの入口」として知られている。
すでに10人以上のブラジル人選手が在籍し、その多くが20歳前後の若者たちだ。
言葉も文化も、気候も違う土地に集まり、異国でキャリアの第一歩を踏み出している。
ヨーロッパ移籍と聞くと、どうしても華やかなイメージが先に来てしまう。
しかし、ウクライナ、戦時下、亡命クラブ。
この言葉の並びを見たとき、「それでも行く」と決めるには、何が必要なのだろうか。
もっと安全な国やリーグを待つという選択肢もある。
ブラジル国内で、一度フルシーズンを主力として戦ってからでもよかったかもしれない。
それでも彼は今、ベオグラードを経由して、ウクライナへ向かっている。
早くヨーロッパで経験を積みたいのか。
シャフタールというクラブの歴史に魅力を感じたのか。
周囲の助言を信じたのか。
答えは、彼の中にしかない。
ここで大事なのは、「どこに行くか」よりも、「自分で選んでそこに向かう」ことなのかもしれない。
日本の10代なら、どんな道を選ぶか
このストーリーを日本のサッカーに重ねてみると、少し違った風景が浮かぶ。
日本の10代の有望株は、多くがJリーグの下部組織からトップへ上がり、その後にヨーロッパ移籍を模索する。
高校サッカーやユースで名を上げ、20歳前後で海を渡すパターンも少なくない。
17歳で、戦争の影響を受ける国のクラブに5年契約で移籍する。
そう聞くと、かなりリスクの高い選択に思えるだろうか。
それとも、「ヨーロッパならどこでも挑戦したい」と考えるだろうか。
正解は一つではない。
「安全な道」を選んだ選手にも、「あえて厳しい環境」を望む選手にも、それぞれの理由がある。
大事なのは、その選択を他人任せにしないことだ。
親が決めるから。
代理人が勧めたから。
クラブが望んでいるから。
どれも現実の一部だとしても、その中で自分自身としてどう感じているかを、一度立ち止まって確かめる時間が必要になる。
「チームの今」と「選手の未来」がぶつかるとき
試合に出すか、旅に送り出すか
ブルニーニョは、メディカルチェックや契約のためにウクライナへ向かった影響で、週末のリーグ戦・パルメイラス戦には出場しない見込みとされている。
その一方で、数日後のカップ戦では再びメンバー入りが予想されている。
ここでもまた、選択があった。
- 「移籍が決まった以上、もう使わない」という判断
- 「8月までは戦力として最大限活かす」という判断
- 「試合を選びながら、リスクをコントロールする」という判断
クラブは、今シーズンの目標と、選手の将来の価値と、チームの一体感と、さまざまな要素を天秤にかけなければならない。
日本のクラブでも、同じような場面はある。
シーズン途中でヨーロッパ移籍が決まった選手を、どこまで使うのか。
残り半年、タイトルを争っている中での決断は、どの国でも簡単ではない。
監督にとっても、選手にとっても、「今」と「未来」がぶつかる瞬間だ。
もし自分がキャプテンなら、どう感じるだろうか。
「もう出ていく選手より、来年も一緒に戦う選手を使ってほしい」と思うかもしれない。
あるいは、「チームを強くしてくれるなら、最後まで力を貸してほしい」と願うかもしれない。
正しさは状況によって変わる。
だからこそ、何を優先するのかを、チーム全体で共有し続けることが必要になる。
「まだ17歳」に何を求めるのか
揺れながら進むという前提
ブルニーニョは、州選手権のリザーブチームで10試合4ゴール1アシストと結果を残し、トップチームに顔を出し、U-20代表でも活躍し、ピッチ外ではミスも経験し、それでも今、ヨーロッパ行きの飛行機に乗っている。
この一連の流れを「順調なステップアップ」と言うこともできるし、「危うさをはらんだ急成長」と見ることもできる。
ただひとつ言えるのは、「17歳で揺れない選手はいない」ということだ。
自信と不安。
期待とプレッシャー。
成功体験と、失敗の記憶。
その両方を抱えながら、次の選択をしていく。
周りの大人たちは、ときに「もっと自覚を」と口にしたくなる。
けれど、自覚もまた、失敗や葛藤の中でしか育たないものかもしれない。
日本の選手と保護者が立ち止まれるポイント
この物語を、日本でプレーする選手や保護者が自分ごととして眺めてみると、いくつかの問いが浮かんでくる。
- もし、17歳で大きなオファーが来たら、自分なら受けるだろうか
- ピッチ外の行動でチャンスを失ったとき、どうやって信頼を取り戻すか
- クラブの「方針」と、自分の「夢」がぶつかったとき、どこで折り合いをつけるか
- 子どもの将来について、親はどこまで口を出し、どこから見守るべきか
どの問いにも、今すぐ答えを出す必要はない。
むしろ、簡単に答えを決めてしまわないことの方が大切かもしれない。
試合の中で、パスかドリブルか、シュートかキープか。
迷いながら決めるからこそ、その判断は自分のものになる。
キャリアや人生の選択も、同じようなものだ。
ボールは、いま誰の足もとにあるのか

選べないことと、選べること
ブルニーニョは、自分で国を選んで生まれてきたわけではない。
戦争がある国に移籍することを望んでいたわけでもないだろう。
「与えられた条件」の中で、「選べること」を見つけ、そのひとつひとつに答えを出していくしかない。
日本でサッカーをしている選手も同じだ。
生まれた地域、家の経済状況、所属クラブの環境。
自分ではどうにもできない「スタート地点」はある。
それでも、その中で「どう時間を使うか」「どう人と関わるか」「どうプレーを磨くか」は、自分で選べる。
監督に起用されるかどうかは選べない。
だが、練習で何を意識するかは選べる。
海外からオファーが来るかどうかは選べない。
けれど、来たときに「自分はどう感じるか」を考えておくことはできる。
サッカーは、常にボールを持っていない時間の方が長いスポーツだ。
それでも、ボールが来た瞬間のプレーを決める準備は、ずっと続いている。
キャリアの選択も、似ている。
答えを急がない勇気
ベオグラードの空港で撮られた、あの一枚の写真。
その裏側には、無数の会話と迷いと計算と感情が積み重なっている。
一人の17歳の選手の物語は、サッカーの試合結果のように、すぐに「成功」か「失敗」かを判定できるものではない。
5年後、10年後になって初めて、「あのときの決断はどうだったのか」が、少しずつ見えてくる。
だからこそ、今この瞬間にできることは、他人の選択を批評することではなく、「自分ならどう考えるか」を静かに問い続けることなのかもしれない。
ボールは、いつも誰かの足もとにある。
その誰かが自分になったとき、どんな判断を選び取るのか。
そのとき慌てないために、今はまだ、答えを急がず考え続けていたい。
