ローマ対ラツィオU17ダービーが教える、「諦めない」と「無謀」のあいだにある選択の重さ
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ローマ・ラツィオU17ダービーから考える、「点を取る」より難しい選択の話

アディショナルタイム、10人のローマが選んだもの
ローマU17とラツィオU17のダービーは、1-1の引き分けで終わった。
舞台はナショナルU17セリエA・B、グループC第22節。
会場はサラリア・スポーツ・ビレッジ。
監督はローマがアレッサンドロ・トーティ、ラツィオが元ラツィオとレッチェのMFでもあるクリスティアン・レデスマ。
順位は試合前からローマが4位(42ポイント)、ラツィオが5位(35ポイント)。
勝てばローマは上位追走、ラツィオは差を詰められる。
結果的に、数字だけ見れば「何も変わらなかった」試合だ。
だが、ピッチの中では、数字には表れない選択の連続があった。
とくに、終盤の数分間。
81分、ローマのキャプテン、ジャンパオロ・ボニファツィが2枚目のイエローカードで退場。
1点ビハインドの状況で、残り時間は少ない。
普通に考えれば、「失点を増やさない」方に意識が向かう時間だ。
それでもローマは、リスクを取りながらも前に出ることをやめなかった。
そして90分、スペイン出身で夏にラス・ロサスから加わったミゲル・ロメロ・コレデラが、途中出場から同点ゴールを決める。
10人で追いついたローマ。
追いつかれたラツィオ。
1-1という同じスコアでも、両チームの中に残った感情はきっと違う。
あの時間帯、ピッチの中で、ベンチで、彼らは何を考えていたのだろうか。
| 判断の観点 | 諦めない(良質なリスク) | 無謀(過剰なリスク) | 評価 |
|---|---|---|---|
| 状況認識 | 数的不利・残り時間を冷静に把握してから行動する | 状況を無視して感情のまま前進する | ◎ |
| リスクの選び方 | 最善のリスクを選んだうえで仕掛ける | リスクの大きさを考えずに突っ込む | ◎ |
| チーム連携 | 仲間と共通の基準を持って動く | 個人の判断だけで完結してしまう | ○ |
| 失点への対処 | 追加失点リスクを抑えつつ攻撃の形を維持する | 守備ラインが崩れるほど前がかりになる | △ |
| 途中出場の役割 | 短時間でリズムをつかみ決定機を確実に作る | 使命感だけが先行してミスを連発する | △ |
リードしているラツィオの「守るか、刺しに行くか」
ラツィオは30分、今季4ゴール目となるカルミネ・メンネアの得点で先制している。
メンネアは夏にサンプドリアから移籍してきたストライカー。
新しいクラブ、新しい仲間の前で結果を出し続けることは、簡単なことではない。
「数字で自分を証明したい」という気持ちは、どの年代のFWにもある。
だが同時に、この試合が「ダービー」であることを思えば、チームとしてどう振る舞うかも問われる。
先制したあとのラツィオには、少なくとも2つの選択肢があったはずだ。
- 2点目を狙い、主導権を握り続ける
- リスクを抑え、ブロックを固めて勝点3を守り切る
どちらが正解かは、結果だけで決まるものではない。
指導者のレデスマは、中盤の選手として長くイタリアでプレーしてきた。
1点を守り切る難しさも、追加点を狙いに行ってカウンターを受ける怖さも、よく知っているだろう。
おそらくハーフタイムや試合中、彼の頭の中では、
「主導権はどこまで取りに行くのか」
「どこからはラインを下げるのか」
「誰を替え、誰を残すのか」
といった問いが、何度も往復していたのではないか。
守り切れれば「したたかな試合運び」、追いつかれれば「守りに入りすぎた」と見られがちだ。
だが、当事者たちは、そのどちらのラベルも分かったうえで、ピッチに送り出す11人のエネルギーと集中を測り続けている。
もし、自分がラツィオのセンターバックだったら、どうするだろう。
残り10分、相手は10人になった。
「ここで押し込めば試合を殺せる」と前に出たくなるかもしれない。
一方で、「ダービーで失点したくない」という守備者としての本能が、ラインを下げようと引っ張るかもしれない。
どちらを選んでも、リスクはある。
その揺れの中で、自分たちが信じられる共通の基準を持てていたかどうか。
それが、終盤の数分間に表れていたように思う。
- 共通の「撤退ライン」を事前に設定する — キャプテン退場など想定外の局面でも選手が迷わないよう、「ここまでは前に出る、ここからは整える」基準を練習中から言語化しておく
- 途中出場選手への「役割の明示」を徹底する — 残り時間が少ない投入では「何番のスペースを狙え」「何を1枚目のプレーにしろ」と具体的なミッションを手渡し、選手の迷いを排除する
- 試合後に「判断の理由」を問い返す習慣をつくる — 結果の良し悪しではなく「なぜそのプレーを選んだか」を選手に語らせることで、感情ではなく思考で選択する文化を育てる
10人のローマが、「あきらめる」と「落ち着く」の境界線で立った場所
一方のローマは、キャプテン・ボニファツィの退場で数的不利に立たされた。
キャプテンが退場するという出来事には、2つの意味が同時にのしかかる。
- 戦術的なダメージ(1人少ない)
- 精神的なダメージ(チームの支柱を失う感覚)
選手たちは、瞬間的にさまざまな感情を抱くだろう。
「なんで今なんだ」
「やってしまった」
「ここからどうする」
その混乱の中で、監督のトーティは、どんな声をかけたのだろうか。
選手交代やシステム変更はもちろん、言葉の選び方も含めて、監督に突きつけられたのはかなり難しい判断だ。
守るために前線の選手を削るのか。
同点を狙うために、あえて前線の人数は残すのか。
「負けを受け入れる」のと「落ち着いて整理する」のは、似ているようで違う。
ローマが90分に追いついたという事実は、少なくとも彼らが「諦める」ことを選ばなかったことを示している。
ただ、「諦めない」がそのまま「闇雲に攻める」になると、逆に追加点を奪われて試合を壊しかねない。
状況を受け入れながら、その中でできる最善のリスクを選ぶ。
10人になってからの数分間は、選手たちがその境界線を探りながらプレーしていた時間だったのではないか。
- 「今、何が起きているか」を一言で言語化する癖をつける — キャプテン退場・数的不利など混乱した場面で、まず状況を頭の中でひと言まとめるだけで次のプレーの選択肢が見えやすくなる
- 「リスクを取る」前に「取り返せるか」を考える — シュートを打つ・縦に仕掛けるなど勇気ある選択は大切だが、失敗した後でもチームが守備形を保てるかを同時にイメージする習慣を持つ
- 途中出場の時間は「ミスをしないこと」より「役割を一つ実行すること」に集中する — 焦りは誰でも抱える。自分のミッションの一つを確実に果たすという意識に切り替えると力を発揮しやすくなる
途中出場のロメロ・コレデラが蹴ったシュートの重さ

同点ゴールを決めたミゲル・ロメロ・コレデラは68分にピッチに入っている。
交代で下がったのはフェデリコ・マルトゥルッチ。
マルトゥルッチは夏にラツィオからローマに渡ってきた選手だ。
古巣とのダービーという特別な舞台。
プレーしたい気持ちは、誰よりも強かったかもしれない。
そんな彼を下げて、スペインから来たロメロ・コレデラを投入するという選択には、監督の覚悟が見える。
技術やコンディション、ポジションのバランス。
そういった要素を総合して決めた交代だとしても、「感情」までは完全には切り離せない。
「ここで彼を替えても、チームとして前に進めるか」
監督は、選手の顔つきやこれまでのトレーニングを思い出しながら、その場で決断せざるを得ない。
交代で下がる選手にも、入る選手にも、それぞれの物語がある。
もし、自分がマルトゥルッチだったらどうだろう。
古巣との試合でピッチを離れるとき、悔しさや寂しさ、監督への理解と疑問が入り混じるだろう。
そして、もし自分がロメロ・コレデラだったら。
「自分が結果を変えなければ」という責任感と、「まずはミスをしないように」という慎重さの間で揺れるはずだ。
実際にロメロ・コレデラは、その揺れを抱えながらも、90分にシュートを選び、それをゴールに結びつけた。
あの1本のシュートには、技術だけでなく、次のような複数の要素が重なっている。
- 途中出場として短い時間でリズムを掴んだこと
- 数的不利の中でもゴール前に顔を出す決断をしたこと
- シュートを選ぶか、味方に預けるかの迷いの中で、自分を信じたこと
「決めたか、外したか」で語られがちなシュートだが、その裏側にはこうした選択と迷いがあったはずだ。
育成年代の「順位表」と、ピッチ上の1分間
この週末、イタリアの育成年代では他にも多くの試合が行われている。
U17では、ユヴェントス(グループA首位)がサッスオーロに1-0で勝ち、インテル(グループB首位)はカリアリに5-1で大勝した。
フィオレンティーナはペスカーラに4-3で競り勝ち、エンポリを抜いてグループCの首位に立った。
U16では、ユヴェントスがボローニャに3-0。
インテルがモンツァに逆転勝利して、ミランと首位で並んだ。
ローマはユーヴェ・スタビアに9-0と大勝し、フィオレンティーナを抜いてグループCのトップに立っている。
U15では、パルマ、ミラン、ローマといったクラブが各グループの頂点を争っている。
こうした結果や順位は、もちろん重要だ。
クラブとしての評価や、次のステージへの切符に直結することもある。
ただ、どのカテゴリーでも共通しているのは、順位表の裏側に「一人ひとりの1分間」があるということだ。
例えば、インテルU16がモンツァに逆転した試合。
ビハインドから試合をひっくり返すには、「諦めない」だけでなく、「どこで仕掛けるか」「誰を信じてボールを預けるか」といった細かな判断の積み重ねが必要になる。
あるいは、ローマU16が9-0で勝った試合。
大量リードの中で、選手たちはどこまで集中を保つのか。
無理なプレーで「魅せ」に走るのか、試合を通じてやるべきことを貫くのか。
スコアが開いた試合にも、実は多くの選択が存在している。
「勝った」「負けた」「大差だった」「接戦だった」というラベルの奥に、それぞれのチームの思考がある。
そこに目を向けられるかどうかが、育成の現場での学びを大きく変えていくのではないだろうか。
日本の育成年代で、同じ状況になったらどうするか
ここまで見てきたようなイタリアの育成年代の試合を、日本にいる選手や指導者、保護者はどう受け止められるだろうか。
例えば、次のような場面を想像してみたい。
- 中学生年代のリーグ戦、残り10分でキャプテンが退場
- 1点ビハインド、相手は同じ街のライバルチーム
- チームとしては上位進出がかかっている
監督だったら、どんな交代を考えるだろうか。
守備の穴を埋めるか。
攻撃のカードを切るか。
選手だったら、どうプレーを変えるだろうか。
「とにかく走る」「とにかく前にボールを入れる」という反応もあるだろう。
でも、その中で一瞬でも立ち止まって、
「今、何が起きているのか」
「相手はどう考えているのか」
「自分には、どんな選択肢があるのか」
と問い直す時間を持てたら、プレーは少し違って見えてくる。
日本の育成年代では、結果を求められる一方で、ミスを恐れる雰囲気もまだ根強いと感じる人は多い。
ただ、「ミスをしない」ことだけを優先すると、選手は安全な選択ばかりを選びがちになる。
勝負を決めるようなラストパスやシュートには、必ずリスクが伴う。
ロメロ・コレデラが打ったシュートも、その一つだろう。
外したときに何を言われるか。
監督はどんな目で見るか。
仲間はどう感じるか。
そうした不安を抱えながらも、「今は打つべきだ」と選べるかどうか。
日本の現場でも、そのチャレンジを受け止める文化が育っていけば、選手たちの判断の幅はもっと広がるのかもしれない。
「答えを急がない」ことで見えてくるもの
ダービーの1-1という結果だけを見ると、「勝てなかったローマ」「逃げ切れなかったラツィオ」という整理は簡単だ。
しかし、その瞬間瞬間の選択に目を向けてみると、見え方は大きく変わってくる。
ローマは、10人になっても前に出ることを選んだ。
ラツィオは、リードを守るか追加点を狙うかの間で揺れながら、最後まで戦い続けた。
途中出場の選手たちは、自分の立場と感情を抱えつつ、わずかな時間で試合に影響を与えようとした。
それらすべてが、「正しかったか」「間違っていたか」で片付けてしまうには、あまりに人間的なドラマを含んでいる。
観ている側にも、きっと似たようなことが起きている。
試合が終わったあと、すぐに「誰が悪かった」「あの判断がミスだった」と結論づけたくなる瞬間。
そのときに、ほんの少しだけ立ち止まって、
「なぜ、あの選択をしたのだろう」
「自分が同じ状況にいたら、何を選べただろう」
と問い直してみる。
答えは一つではないし、すぐには見つからないかもしれない。
それでも、その問いを投げ続けることでしか見えてこない景色がある。
サッカーは、90分間の勝ち負けだけでなく、その裏で揺れ続ける「考え」と「選択」の積み重ねでもある。
今日のダービーの1-1をどう捉えるかも、また一つの選択だ。
あなたなら、この試合のどの場面に、自分の姿を重ねるだろうか。
ピッチの中の11人だけでなく、観ている一人ひとりの中にも、静かなゲームは続いている。
