エル・シャーラウィとローマの別れから学ぶ、「怪我」「出場機会」「クラブとの終わり方」をどう選ぶか――育成年代のサッカー選手と指導者への10年のキャリア考察
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ローマとエル・シャーラウィの「終わり方」から、サッカーを考える

満員のスタディオ・オリンピコ。 ローマダービーの熱気の中で、ステファン・エル・シャーラウィは、いつもより少しゆっくりとピッチを見回していたかもしれません。 最後の笛が鳴るとき、彼にとっては「このスタジアムでの最後の公式戦」が終わる瞬間になると分かっているからです。
10年という時間。 ただし、ずっと同じクラブに居続けたわけではなく、中国の上海申花への移籍を挟みながら、それでも合計10年をローマで過ごしたウイング。 「怪我」で50試合以上を逃し、「スタメン5試合」という今季。 それでも、カンファレンスリーグ優勝というタイトルをこのクラブにもたらした一人として、ローマサポーターの記憶に残る選手です。
結果だけを眺めれば、「出場機会が減ったベテランが契約満了で退団した」という、サッカー界ではよく見かける物語かもしれません。 でも、そこに至るまでに、どれくらいの「選択」と「迷い」があったのか。 少しだけ立ち止まって考えてみたいと思います。
「家みたいな場所」を離れるという選択
気づいたときには「家」になっていたクラブ
エル・シャーラウィは、自身のSNSで、別れのメッセージを長く綴っています。 その中で彼は、ローマという街とクラブについて「気づかないうちに家になっていた場所」と表現していました。 振り返ってみれば、それは「場所」ではなく「人」「感情」「生活」そのものだった、と。
プロサッカー選手のキャリアは、移籍の連続です。 イタリア国内でも複数のクラブを渡り歩き、中国にも挑戦し、その後またローマに戻ってきた。 その過程で、彼は何度も「どこで、誰と、どんな役割でサッカーをするのか」を選び直してきました。
今回の決断も、ひとつの「選び直し」です。 契約が切れるタイミング、年齢、プレー機会、身体の状態、家族の生活。 それらを天秤にかけながら、 「このクラブで、今の自分は何を残せるのか」 「ここに残ることと、別の場所に行くこと、どちらが自分のサッカー人生を豊かにしてくれるのか」 そんな問いを、静かに抱えていたはずです。
| 観点 | 数字で語られる側 | 見えにくく残る側 | 後に残る重さ |
|---|---|---|---|
| 出場時間 | スタメン何試合・何分 | ベンチで何を考えていたか | ○ 数字より後者が長く残る |
| 怪我との関係 | 欠場した試合数 | プレースタイルをどう変えたか | ◎ 選手の核に関わる |
| クラブとの距離 | 在籍年数・契約満了 | 「家になっていた」という感覚 | ○ 数字に表れない関係性 |
| 別れの伝え方 | 退団リリース文面 | 立場と考えを共有しようとしたか | ◎ 次の一歩を左右する |
| 本人の受け止め | 「切られた」と話す | 「役割を終えた」と語る | △ 周囲の言葉に影響される |
結果だけ見れば「当然」でも、中身は単純ではない
今季のエル・シャーラウィは、リーグ戦での先発がわずか5試合。 怪我の履歴もあり、クラブとしても大きな戦力として計算しにくくなっている状況でした。
数字だけを並べると、クラブが若い選手に切り替え、ベテランが去っていくのは「自然な流れ」に見えます。 しかし、それを実際に受け止め、サインをするのは「人間」です。
クラブ側にはクラブ側の事情があります。
- 将来性のある若手に給与とポジションを回したい
- 怪我が多い選手に、高い年俸で契約延長はしづらい
- 戦術的に、別のタイプのウイングを優先したい
選手側にも選手側の視点があります。
- ベンチに座り続けるより、もっとプレーできる場所に行きたい
- 家族の暮らし、子どもの学校、生活の基盤を大きく動かしたくない気持ちもある
- でも、プロとして最後まで「試合に出て、決定的な仕事をしたい」という欲も捨てられない
どちらかが「正しい」という話ではありません。 ただ、その間で揺れる感情は、外からはほとんど見えません。
もし、自分がチームの主力ではなくなってきた30代の選手だったら。 「この街は好きだ」「サポーターも自分を受け入れてくれている」 「でも、このままベンチで終わっていくのは、何か違う」 どこかで、そういう感覚と向き合う瞬間が来るのかもしれません。
「怪我」とどう生きるかという問い
- 「どうしてこの決断に至ったか」を丁寧に共有する — 退団・降格・契約満了の理由を、選手本人の言葉で受け取れる場を用意する
- 怪我と付き合うプレースタイル変更を、選手と一緒に設計する — 「無理をするな」だけで終わらせず、どこまでリスクを取るかを言葉にする
- 出場時間の少ない選手にも、別の役割を提示する — 経験を渡す、雰囲気をつくる、観察して盗む側に回るなど、ベンチ時間の使い方を共有する
50試合以上を失った時間
エル・シャーラウィは、ローマ在籍期間で50試合以上を怪我によって欠場しています。 コンディションがなかなか整わない、復帰しても再発のリスクを常に抱えている。 そんな日々の中で、「自分のプレースタイル」をどうするか、何度も考え直さざるを得なかったでしょう。
彼の特徴は、テクニックと、予測しにくいドリブルと動き出し。 相手の逆を取る鋭いステップ、スピードを生かした突破。 しかし、その武器の多くは、筋肉や関節に強い負荷をかけます。
怪我を繰り返した選手が直面するジレンマがあります。
- リスクを抑えてプレーするか
- リスクを覚悟で、持ち味を貫くか
スプリントや切り返しの数を意識的に減らせば、怪我の危険は減るかもしれない。 でも、それはその選手から「怖さ」や「違い」を奪ってしまうことにもなりえます。
もし、自分が怪我がちなウイングだったら、どうするでしょうか。 監督から「無理をするな」と言われたとき、本当に無理を抑えられるのか。 チームが追いかけている展開でボールを持ったら、「ここは突っ込むしかない」と思ってしまわないか。
プレーのたびに、「いまのステップでまた痛めたらどうしよう」と頭をよぎる。 それでも、目の前の1対1では、足を出さないと勝てない。 その狭間で、自分のスタイルと身体をすり合わせていく作業こそが、彼の10年の大きなテーマだったのかもしれません。
- 「切られた」ではなく「役割が変わった」を語彙に加える — 退団や落選の言葉づかいを家族で揃え、子どもの自己評価を守る
- 怪我の痛みを子どもに抱え込ませない — 「ここで休んだら試合に出られない」と一人で決めさせず、家族と一緒に判断する
- 「出られない時間」に何を選んだかを夕食で聞く — 観察したこと・盗んだこと・支えた瞬間を、結果と同じ重さで扱う
日本の選手にとっての「怪我との付き合い方」
日本の育成年代でも、怪我は避けて通れません。 成長期の痛み、オーバーユース、無理な連戦。 「痛いけど、ここを休んだら試合に出られないかもしれない」と、自分一人で抱え込んでしまうケースも少なくありません。
エル・シャーラウィのように、怪我をしながらもプロキャリアを続ける選手たちは、単に「我慢強い」だけではありません。
- どのタイミングでプレーを止めるか
- どのくらいのリスクを受け入れるか
- 自分のプレースタイルをどの程度変えるか
こうした判断を、医療スタッフ、監督、家族とすり合わせながら、何度も選び直しています。
「痛くても根性で続ける」という単純な話ではなく 「どこまでなら、自分は責任を持ってリスクを取れるのか」を考えること。 そこには、選手自身の意思が必ず必要になります。
「出られない時間」に、何を選ぶか
スタメン5試合のシーズンをどう過ごすか
今季、リーグ戦のスタメンが5試合だけという事実は、数字以上に重く感じられます。 試合前のロッカールーム。 スタメン表が壁に貼られ、自分の名前がそこにない日々が続く。 途中出場で準備していても、交代枠が尽きて出番が来ない試合もある。
そんなシーズンをどう受け止めるか。 ここにも「選択」があります。
例えば、
- スタメンでないことに不満を抱え、表に出す
- 練習でアピールを続け、限られた出場時間で結果を出すことに集中する
- 若い選手に自分の経験を渡す役割を、自分で引き受ける
どれを選ぶのか。 あるいは、そのどれか一つではなく、揺れながら日々を過ごしていたのかもしれません。
チームがタイトル争いや、ヨーロッパカップ出場権をかけた戦いをしているとき、 ベンチにいる選手には、別のプレッシャーがあります。 「もし自分が出ていたら」「自分がここで流れを変えられるのに」という思いと、 「でも、いま出ているチームメイトを応援したい」という気持ち。
外から見えるのは、出場時間という数字だけです。 でも、その数字の裏では、一人ひとりが「いま、自分にできることは何か」を、何度も選び直しています。
日本で「出られない選手」ができることは何か
日本のジュニアユースや高校年代でも、「試合に出られない時間」は必ず訪れます。 ベンチに座り続けることを、「成長が止まった時間」と感じてしまうこともあるかもしれません。
ただ、そういうときにこそ、選べることがあります。
- 出番が来たときに備えて、どのプレーを伸ばしておくか
- 出ている選手の何を観察し、何を盗むか
- チームの雰囲気づくりに、自分はどのように関われるか
もちろん、それを「前向きに受け止めろ」と簡単に言えるほど、現実は軽くありません。 悔しさや怒り、やり場のない思いは、簡単には消えないからです。
だからこそ、「どうすれば良いか」という一つの答えを探すのではなく 「自分だったら、何を大事にしたいだろう」と時間をかけて考えていくことが、大切なのかもしれません。
クラブと選手、それぞれの「時間」がずれていくとき
ローマにとっての10年、エル・シャーラウィにとっての10年

クラブにとっての10年と、選手にとっての10年は、同じ「10」という数字でも意味が違います。 ローマにとっては、その間に監督も戦術もフロントも変わり、クラブの目標も揺れ動きました。 一方でエル・シャーラウィにとっては、
- 若手から中堅、そしてベテランへと立場が変わる10年
- 身体能力のピークを過ぎていく感覚と向き合う10年
- 怪我とキャリアのバランスを考え続ける10年
でした。
クラブは、今後の数年を見据えて編成を考えます。 選手は、自分に残された「現役としての時間」を意識し始めます。 その二つの時間軸が少しずつずれていくとき、「別れ」は自然と近づいてきます。
このとき重要なのは、おそらく 「別れ方が美しいかどうか」よりも 「その過程でどれだけ、お互いの立場や考えを理解しようとしたか」 ではないでしょうか。
ローマというクラブにとって、エル・シャーラウィとの別れは「時代の一つの終わり」です。 エル・シャーラウィにとっては、新たなスタートラインへの一歩です。 二つの物語は同じ瞬間に交差しながら、それぞれ別の方向へ進んでいきます。
日本のクラブと選手の「別れ方」を考える
日本でも、ユースからトップへ上がれなかった選手、長年所属したクラブを離れるベテラン、指導者との別れなど、さまざまな「終わり」があります。
そこで交わされる言葉や態度は、選手のその後を大きく左右します。
- 「使えないから切られた」とだけ受け取って終わるのか
- 「この環境では役割を終えた」と受け止め、新しいチャレンジにつなげるのか
どちらに傾けるかは、そのときの伝え方や、本人の受け取り方に強く影響されます。
指導者やクラブ側にできることがあるとすれば、それは 「どうしてこの決断に至ったのか」 「ここまでの時間をどう受け止めているのか」 を、できる限り丁寧に共有することかもしれません。
選手側にも、感情が落ち着くには時間がかかるでしょう。 それでも、いつか振り返ったときに 「あの別れがあったから、次の選択ができた」と思えるような終わり方を、少しでも多くの人が経験できたら。 そんなことも、サッカーに関わる一人ひとりが考えていけるテーマなのではないでしょうか。
「終わり」が教えてくれる、サッカーとの向き合い方
最後のダービーをどうプレーするか
エル・シャーラウィにとって、最後のオリンピコはローマダービーという特別な舞台になりました。 この一戦で、彼は何を大切にしようとするのでしょうか。
勝利のために全力を尽くすのは当然として、
- サポーターに、10年間の感謝をプレーで示したい
- 自分らしいプレーを一つでも多く見せたい
- 若いチームメイトに、この試合の重みを伝えたい
それぞれの思いが交差するはずです。
「これが最後」と分かっている試合を経験する選手は、どんな気持ちでピッチに立つのか。 そこには、結果やスタッツには表れない「選択」が積み重なっています。
自分なら、どんな「終わり方」を選びたいか
サッカーを続けていれば、誰にでも「終わり」はやってきます。
- カテゴリーの卒団
- クラブからの退団
- 選手としての引退
そのとき、自分はどんな姿でいたいのか。 どのように仲間や指導者、サポーターと向き合いたいのか。
すぐに答えを出す必要はありません。 まだ小学生の選手なら、そんなことを考える必要はないかもしれません。 でも、エル・シャーラウィのようなベテランがクラブを離れるニュースに触れたとき、ほんの少しだけ立ち止まって 「自分だったらどう感じるだろう」 と想像してみることには、意味があるはずです。
サッカーは、ゴールや勝敗だけでできているわけではありません。 怪我と向き合う時間、ベンチで試合を見つめる時間、別れを受け止める時間。 そうした目に見えない「間」のなかで、人は何度も何度も自分の選択を問い直しています。
エル・シャーラウィがローマを去るという一つのニュースは、 「なぜここで別れるのか」 「どうしてこの終わり方を選んだのか」 を考えるきっかけを、静かに投げかけているのかもしれません。
その問いを受け取るかどうかも、また一人ひとりの選択です。 答えを急がず、自分なりのサッカーとの付き合い方を探していく、その長いプロセスの中にこそ、スポーツの面白さが隠れているように思います。
プロの世界に進めずにサッカーを離れることになった 22 歳の自分を、いまも頭の片隅で思い出すことがある。あの頃、自分にとって一番こたえたのは「終わった」という事実そのものよりも、どう終わったかを自分の言葉で説明できなかったことの方だった。後に続く時間を一番長く左右するのは、最後の試合のスコアではなく、その手前の数週間に交わされた会話の温度のような気がしている。
もちろん、皆さんが見てきた別れがそうだったとは限らない。それでも、ベテラン選手の退団のニュースに触れたとき、自分自身がいつか向き合う「終わり方」を、ほんの少しだけ思い浮かべてみてほしい。
