セリエAとCloudflare衝突の先にあるもの──「ピラタリアはサッカーを殺す」のか、インターネットの自由は守られるのか
Compartilhar esta coluna
「ピラタリアはサッカーを殺す」のか――セリエAとCloudflare、そして僕たちの“インターネットのサッカー観戦”

イタリアのサッカーと「ピラタリア(違法視聴)」の関係は、しばしば「アキレウスと亀」に例えられます。
追いかけても追いかけても、もう少しで追いつきそうに見えるのに、決して完全には追いつけない。
サイトを一つ閉鎖すると、二つ新しいサイトが生まれる。
インターネット時代に入ってから続く「終わらない追いかけっこ」です。
かつて2008年には、世界中のスポーツを“何でも見られる”伝説的サイト「Rojadirecta」がありました。
それ以前は、SkyやMediaset Premium、さらに昔にはTele+のカードをクローン化して暗号を破る手口が横行していました。
形は変われど、本質は同じです。
「ストリーミングが生まれれば、その抜け道も生まれる」。
では今、イタリア・セリエAは、そのいたちごっこにどう立ち向かおうとしているのでしょうか。
そしてなぜ、その戦いが、世界的ネットインフラ企業Cloudflare(クラウドフレア)のCEO、マシュー・プリンスと国家レベルの対立にまで発展してしまったのでしょうか。
「ピラタリアはサッカーを殺す」セリエAの危機感とPiracy Shield
イタリアのサッカー界が特に警戒しているのは「pezzotto(ペッツォット)」と呼ばれる違法サービスです。
これは、誰かの正規サブスクリプションを中継して独自のチャンネル網を作り、激安で再販売する仕組みです。
表向きは「それらしいメニュー画面」があり、まるで本物の配信サービスのように試合が並びます。
この状況に対して、セリエAとイタリア当局が打ち出した切り札が「Piracy Shield(パイラシー・シールド)」です。
セリエAが立ち上げ、その後イタリア通信規制当局AGCOMに“譲渡”されたこのシステムは、違法配信を検出すると、30分以内にサイトやIPアドレスをブロックすることを目標にしています。
対象は、ペッツォット系の違法チャンネルだけでなく、インターネット上のストリーミングサイト全般です。
セリエAのCEO、ルイジ・デ・シエルボは繰り返し強い言葉を使っています。
「La pirateria uccide il calcio.」 「ピラタリアはサッカーを殺す。」
「Nessun pirata può dormire sonni tranquilli.」 「どんな海賊も、安眠は許されない。」
サッカーを愛する人にとって、これは心に刺さるフレーズかもしれません。
選手、クラブ、リーグ、そして地域コミュニティを支えるお金は、最終的には視聴料やスポンサーから生まれます。
もし多くの人が違法視聴に流れてしまえば、放映権料は下がり、クラブの収入も減り、その影響は育成年代や女子サッカー、地方クラブにまで波及します。
一方で、私たちファンの立場に立てば、別の問いも浮かびます。
「本当にそれだけが原因なのか?」 「チケット代やサブスクの価格、配信の質や利便性に問題はないのか?」
この「正しさ」と「疑問」が同居したまま、Piracy Shieldは動き出しました。
Google Driveが止まった日――強い“盾”が生むリスク
2024年10月19日、イタリア全土でGoogle Driveが約1日半にわたり使えなくなるという異常事態が起きました。
原因はPiracy Shieldの“誤爆”でした。
システムは「drive.usercontent.google.com」というサブドメインを不正と判断し、ブロックしました。
そこに違法なストリーミングリンクが含まれていた可能性はあります。
しかし、その結果として、個人の学習用データから企業の資料、学校の共有フォルダまで、イタリア中のGoogle Driveが道連れになってしまいました。
AGCOMは、これまでに「14,000以上のIPアドレスをブロックした」と公表しています。
ところが、一つのIPアドレスには、複数のサイトやサービスが同居していることが一般的です。
つまり、一人の「海賊」を捕まえるために、同じ船に乗っていた無関係な乗客まで一緒に拘束してしまうような状況です。
一方で、違法配信側はIPアドレスを動的に変えたり、すぐに新しいドメインを立ち上げる手段を持っています。
“守る側”が大砲を撃てば撃つほど、“攻める側”は小さく素早く分散していく。
ここに、アキレスと亀のパラドックスが、もう一度顔を出します。
Cloudflare vs AGCOM――「検閲」か「正義」か
ここから登場するのが、世界でも有数のインターネットインフラ企業、Cloudflareです。
多くのサイトにとって、Cloudflareは「盾」であり「道路」です。
DDoS攻撃から守り、世界中に高速にデータを届けるCDN(コンテンツ配信ネットワーク)として機能しています。
イタリア当局による見方は厳しいものでした。
AGCOMは、Cloudflareが自社サービス上に違法配信サイトを「事実上、野放しにしている」として、2024年1月8日に1,400万ユーロの制裁金を科します。
その根拠となったのが、イタリアの「Legge antipirateria 93/2023」です。
条文の核心はこうです。
「L'Autorità ordina ai prestatori di servizi [...] di disabilitare l'accesso ai contenuti diffusi abusivamente mediante blocco dei nomi di dominio e degli indirizzi IP」 「当局は、サービス提供者に対して、ドメイン名やIPアドレスのブロックによって、不正に配信されているコンテンツへのアクセスを無効にすることを命じることができる。」
AGCOMは、「Cloudflareはこの命令に従わず、違法なコンテンツ拡散を抑止する措置を取らなかった」と主張しました。
これに対して、CloudflareのCEO、マシュー・プリンスは真っ向から反発します。
彼の主張は、技術と原則の両面からでした。
「DNSリゾルバ1.1.1.1に“海賊版フィルター”を入れることは事実上不可能で、2000億件/日ものリクエストに遅延や障害を引き起こしかねない」
「そもそも、当局が司法プロセス抜きで、任意のドメインを遮断できる仕組みは“censura(検閲)”である」
彼はX(旧Twitter)上で、イタリアやAGCOMを名指しで批判し、必要ならイタリアからサーバーを引き上げること、さらにはミラノ・コルティナ五輪向けのセキュリティ協力も見直すとまで表明しました。
そこにはこんな懸念が込められています。
「Un piccolo gruppo di proprietari di media italiani possono bloccare automaticamente quello che vogliono.」 「少数のイタリアのメディアオーナーが、自分たちの望むものを何でも自動的にブロックできるような仕組みだ。」
この発言は、すぐに政界とサッカー界の反発を招きます。
セリエA、ラ・リーガ、そしてロティート――「海賊と戦うのは、犯罪と戦うことだ」

セリエAは激しい声明文でCloudflareを非難しました。
「[Cloudflare] rappresenta la prima e più comune scelta fatta dalle associazioni criminali per gestire i propri servizi illeciti」 「Cloudflareは、犯罪組織が違法サービスを運営する際の、第一かつ最も一般的な選択肢だ。」
さらに、 「Prince sia costretto a dimettersi」 「プリンスCEOは辞任に追い込まれるべきだ」 とまで述べています。
スペイン・ラ・リーガの会長ハビエル・テバスも、セリエA側に立って声を上げました。
「Combattere la pirateria non è censura. È combattere l’attività criminale.」 「ピラタリアと戦うことは検閲ではない。犯罪行為と戦うことだ。」
さらに、プリンスを 「Narco-Maduro」 とまで形容し、論争に油を注ぎます。
イタリア政界でも、賛否が割れました。
与党・Fratelli d’Italiaのモッリコーネ議員はAGCOMを支持し、「Cloudflareはイタリア企業の労働を食い物にする海賊サイトをホスティングしている」と非難。
一方、同じAGCOM委員会の中でも、エリーザ・ジョーミ委員は反対票を投じました。
彼女は以前から、Piracy Shieldについてこう懸念を示していました。
「per come è oggi [...] comporta rischi semplicemente non sostenibili, per le aziende e per gli utenti」 「今の形のままでは、企業とユーザーにとって到底受け入れがたいリスクをはらんでいる。」
さらに興味深いのは、この反「ピラタリア法」の中心人物の一人が、セリエAクラブのオーナーでもあるラツィオ会長クラウディオ・ロティートだという点です。
彼はこう強調します。
「La pirateria audiovisiva [...] è un fenomeno criminale che sottrae miliardi di euro [...] e danneggia lavoratori, imprese, sport e cultura. Difendere questi interessi [...] è difesa della legalità.」 「映像のピラタリアは、何十億ユーロもの損失を生む犯罪であり、労働者、企業、スポーツ、文化を傷つけている。これらを守ることは、ネットへの攻撃ではなく、法の正義を守ることだ。」
この言葉に、あなたはどう感じるでしょうか。
「正しい」と頷きたくなる部分もあれば、「本当に“何十億”なのか?」「そこまでしてインターネットを制限してよいのか?」という疑問も湧いてきます。
本当に「ピラタリアはサッカーを殺す」のか――数字が示す“グレーゾーン”
議論を整理するために、一度お金の話をしてみましょう。
ある試算によれば、イタリアでのピラタリアによる損失は、年間約6億8800万ドルとされています。
確かに小さな数字ではありませんが、同じ調査では、ドイツで約9億700万ドル、イングランドでは約11億ドルの損失があると言われています。
興味深いのは、この「被害額」がより大きいイングランド・プレミアリーグが、イタリアのような急進的なシステム導入には踏み切っていないという事実です。
プレミアリーグは、今なお放映権市場で圧倒的な強さを誇り、世界各国で高値での契約を維持しています。
もちろん、「他国がやっていないからダメ」という話ではありません。
ですが、こうした比較から浮かび上がる問いかけはあります。
「ピラタリアを“ゼロ”にしないと、サッカーは本当に滅びるのか。」 「それとも、リーグの魅力、マーケティング、配信のクオリティ、価格設定など、他に改善すべき点があるのではないか。」
サッカーの価値は、単に放映権の数字だけでは測れません。
子どもたちが憧れ、スタジアムに足を運ぶ家族がいて、地域のクラブが支えられているからこそ、リーグ全体の魅力は高まっていきます。
違法視聴を減らすことは大切です。
しかし、そのためにインターネット全体のインフラを危険にさらすような仕組みを作ることが、果たして“サッカー全体の利益”といえるのかどうか。
「Cloudflareが止まる日」を想像してみる
2025年11月18日、Cloudflareが世界的な障害を起こしたとき、ChatGPTやX(旧Twitter)、天気予報サイトなど、数え切れないほどのサービスが一斉にダウンしました。
この出来事は、現代のインターネットがいかに少数の基盤システムに依存しているかを、改めて突きつけました。
もし、今回の対立がエスカレートし、Cloudflareが本当にイタリアからサービスを引き上げたらどうなるでしょうか。
サッカーの違法配信どころではなく、銀行、行政、教育、メディア、そして私たちの生活に直結する様々なサービスが影響を受ける可能性があります。
「海賊と戦う」ために掲げた盾が、いつの間にか自らの基盤までも傷つけてしまう。
Google Driveの一時的な停止は、その“予告編”のようにも見えます。
僕たちはどこまで「正しさ」のためにネットを縛るのか
ここまでの話を、小学生にもわかる言葉でまとめると、こんな問いかけになるかもしれません。
「サッカーを守るためなら、インターネットを少し不便にしてもいいのかな?」
「悪いことをしている人を止めるために、関係ない人の自由も少し止めてしまうのは、どこまで許されるのかな?」
サッカーはルールのあるスポーツです。
オフサイドも、レッドカードも、VARも、「フェアに戦うための仕組み」です。
でも、もしルールが厳しすぎて、プレーする選手の自由も楽しさも奪ってしまったら、本末転倒になってしまうでしょう。
インターネットも同じです。
違法な行為を放置してよいわけではありません。
しかし、それを止める仕組みが、表現の自由やサービスの安定性を大きく揺るがすものであってよいのか。
この問題に、サッカー界、政治家、テック企業、そして私たちファンが一緒に向き合う必要があります。
「ただ海賊を憎む」のではなく、「どうすればみんなが納得できる形でサッカーとインターネットを守れるのか」を考えること。
Piracy ShieldをめぐるセリエAとCloudflareの対立は、単なる技術論争でも、単なるビジネスの駆け引きでもありません。
それは、サッカーというスポーツと、インターネットというインフラをどう共存させていくかという、大きな宿題でもあります。
守りたいものは何か
イタリアのサッカー界は、「ピラタリアはサッカーを殺す」と訴えます。
CloudflareのCEOは、「検閲はインターネットを殺す」と警鐘を鳴らします。
では、サッカーファンである私たちは、何を守りたいのでしょうか。
クラブの未来でしょうか。
選手のキャリアでしょうか。
インターネットの自由でしょうか。
あるいは、そのすべてでしょうか。
この問いに、いますぐ完璧な答えを出す必要はないかもしれません。
ただ一つ確かなのは、「敵か味方か」で単純に分けるだけでは、この問題は解決しない、ということです。
セリエA、DAZN、Cloudflare、AGCOM、そしてファン。
その誰もが、実は「サッカーを、そして自分たちの大切なものを守りたい」と思っているはずです。
だからこそ、感情的な非難やレッテル貼りではなく、技術と法と倫理を丁寧にすり合わせていく作業が必要になってきます。
最後に、このコラムをこんな言葉で締めくくりたいと思います。
「Il calcio senza i tifosi è niente.」 「サッカーは、ファンなしでは何ものでもない。」
ピラタリアとの戦いも、インターネットの規制も、その先にいる「僕たちファン」の存在を忘れたとき、きっと本当の意味でサッカーは傷ついてしまうのではないでしょうか。
| 論点 | セリエA・AGCOM側 | Cloudflare・Prince側 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 法的根拠 | Legge antipirateria 93/2023に基づく正当な命令 | 司法プロセスなしのブロック命令は検閲に当たる | △ 解釈が対立 |
| 技術的実現性 | サービス事業者は当然対応できる | 1日2000億件のDNSリクエストへのフィルター導入は事実上不可能 | ◎ 技術的に深刻 |
| 被害の範囲 | 海賊版サービスのみを対象にしている | Google Driveなど無関係サービスを誤爆した実績がある | △ 誤爆が実証済み |
| 経済損失の比較 | イタリアで年間損失約6.88億ドル、サッカー産業を直接破壊 | 英プレミアリーグは損失約11億ドルでも同様のシステムを導入していない | ○ 比較から再考余地 |
| プラットフォーム責任 | Cloudflareは犯罪組織の第一選択肢として機能 | インフラ事業者にコンテンツの責任を負わせるべきでない | △ 法的枠組みの問題 |
- ルールの副作用を選手と議論する習慣を持つ — VARや新ルールが「正しさ」のために導入されながら試合の流れを損なう事例と同じ構図で、「規制の意図と結果」を批判的に読む視点を育成に取り入れる
- 違法視聴が育成現場の予算に影響することを伝える — 放映権収入が地域クラブの育成予算・女子サッカー・地方クラブを支えている仕組みを選手・保護者に説明し、コンテンツの価値への意識を高める
- 対立する立場を整理してから判断を下す — 「海賊 vs サッカー」ではなくセリエA・配信事業者・ファン・テック企業それぞれの利益を並べ、複雑な問題を多角的に考える練習を指導の場に活かす
- 違法視聴が好きなクラブの未来を奪う可能性を知る — チケット代・サブスク料金はクラブの選手給与・育成・スタジアム維持に直結する。違法視聴が広がれば放映権料が下がり、好きなクラブが資金難に陥るリスクがある
- Googleドライブが止まった事件を知っておく — 2024年10月にPiracy Shieldの誤爆でイタリア全土のGoogleドライブが約1日半使えなくなった。少数のインフラが多くのサービスを支えており、誰かの決定が日常生活に影響することを意識する
- 「正しさ」と「自由」のバランスを考える習慣をつくる — 違法行為を防ぐために関係のないサービスを巻き込んでも構わないのかという問いは、校則・SNS規制・日常のルールにも通じる。正義の名のもとに失われるものを考える視点を持つ