ローマがトリゴリアを20年越しに買い戻した「ホーム」とクラブ・選手が守りたいもの
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ローマが「トリゴリア」を買い戻した日から考える、クラブが選ぶべきもの

3000万ユーロで手放し、20年かけて取り戻した場所
ローマ南部にあるトリゴリア、正式名称「センター・スポルティーヴォ・フルヴィオ・ベルナルディーニ」。 1979年に当時の会長・アンサローネによってつくられ、その後ヴィオラ、センシ、パロッタといった歴代オーナーが手を加えてきた、ASローマの「練習場」以上の意味を持つ場所です。
クラブは2005年、ここをいったん手放しています。 正確には、30億円超(約3000万ユーロ)の価値を持つこの施設を、不動産関連会社を通じて銀行に売却し、代わりに「リース契約」を結ぶ形を選びました。
当時のローマには、急ぎで現金が必要でした。 年に270万ユーロのリース料を払いながらも、そこで得た資金の一部で、滞っていた選手の給料を支払い、イタリア協会からの制裁を避けたと言われています。
グラウンドを守るために、一度グラウンドを手放す。 クラブとしては、かなり苦い判断だったはずです。
それから、20年。 契約延長やコロナ禍による支払いの猶予を挟みながら続いてきたこのリース契約を、現オーナーのフリードキン家が、ついに終わらせる決断をしました。
銀行に対して、トリゴリアを完全に買い戻す意向を正式に通知。 最終的な買取価格は約30万ユーロ。 もちろん、ここに至るまでに長年の支払いが積み重なっているとはいえ、書類上は「3000万ユーロで手放した施設を、20年後に30万ユーロで買い戻した」ことになります。
この出来事を、結果だけで見れば「うまくやった取引」とも言えます。 けれど、そこに至るまでの二十年間、クラブは何を選び続けてきたのか。 そして、その選択を見ながら育った選手たちは、何を感じてきただろうか。
| 観点 | 2005年売却時 | 2024年買い戻し時 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 財務状況 | 経営危機・選手給料遅延 | フリードキン体制下で安定化 | ◎ |
| 施設の使用状況 | 売却後もリース契約で使用継続 | 完全所有権を取得・契約終了 | ○ |
| クラブの意図 | 当座の資金確保・制裁回避 | アイデンティティ回帰・拠点確立 | ◎ |
| 選手へのメッセージ | 「今を生き延びるための選択」 | 「ここが完全に自分たちのホームだ」 | ○ |
| 日本への応用 | 公共グラウンド時間借りの現状 | いつか「自前の拠点」を目指す問い | △ |
苦しい時に、何を守るかを選ぶということ
2005年のローマは、経営的に厳しい状況にありました。 選手の給料が遅れれば、ロッカールームの信頼は揺らぎます。 協会からの制裁は、降格やポイント減など、クラブの未来そのものを危うくします。
その中で、クラブは「所有している練習場」を担保にして、当座の資金を確保する道を選びました。
もし、あなたがクラブの経営者だったらどうするでしょうか。
- 施設は死守して、他の何かを削る
- 施設を売却してでも、選手への給料やクラブの信用を優先する
どちらも「正解」とは言い切れません。 その時々の状況、クラブが目指したい姿、そして「何を失いたくないか」という価値観によって、選択は変わってきます。
ローマが選んだのは、トリゴリアを「紙の上では」手放すこと。 その代わり、日々の練習場としては使い続ける形を取りました。
これは、サッカーの試合中の判断にもよく似ています。 たとえばリードしている終盤、前からプレスをかけ続けるか、少しラインを下げてブロックを固めるか。 自分たちらしさをどこまで守り、どこから現実と折り合いをつけるのか。
2005年のローマにとっては、「クラブというチームを存続させる」ことが、最大の現実だったのかもしれません。 そして、そのために足元の芝生、つまりトリゴリアの名義をいったん手放すことを選んだ。
苦しいときに、何を守り、何を手放すか。 選手ひとりひとりにも、似たような問いは訪れます。
- レギュラーを守るために、安全なプレーばかりを選ぶか
- チームのために、役割を変えたり、ポジションをずらしたりするか
- 成長を優先して、試合に出られないかもしれない環境に飛び込むか
ローマというクラブは、20年前に一度、大事なものを手放す選択をしました。 その選択を、外から簡単に評価することはできません。 ただ、「何を守ろうとしていたのか」を想像してみることは、今サッカーを続けている私たちにも、どこかつながるものがあるように思えます。
- 練習場の「意味付け」を言語化して選手に伝える — 施設の豪華さではなく「ここで日々積み上げてきた」という歴史と誇りを言葉にし、選手のホーム意識を育てる
- 「苦しいときに何を守るか」を判断する訓練を試合状況に重ねる — ローマの2005年の選択を例に、試合中のリスク管理(ブロックを固める vs 前からプレス)と経営判断を対比して議論する
- 「いつか取り戻したいもの」を選手に書き出させる — ケガ後・スランプ後の選手と面談し、失った感覚や姿勢を言語化して「取り戻す目標」として共有する
20年越しの「買い戻し」が意味するもの

そして今、オーナーが変わり、フリードキン家がクラブの舵を取る中で、トリゴリアは再びローマの「完全な所有物」になろうとしています。
この買い戻しは、書類上の手続きだけではありません。
- 長年続いてきた不安定な契約状態に、ひとつの区切りをつけること
- クラブとしての「拠点」を、自分たちの手に取り戻すこと
- 若い選手たちに、「ここがお前たちのホームだ」と言えること
こうした意味を含んだ、一つの「選択」に見えてきます。
興味深いのは、このタイミングが、クラブとして新しいスタジアム計画を進め、メインスポンサーも変わりつつあり、さらにフランチェスコ・トッティのクラブ復帰がささやかれる時期と重なっていることです。
ピッチの上で輝いた象徴的な存在が、クラブに戻ってくるかもしれない。 同じタイミングで、クラブの象徴的な場所を買い戻す。
これは偶然なのかもしれません。 それでも、外から見ていると「クラブが自分たちのアイデンティティを、もう一度自分の手の中に取り戻そうとしている」ようにも映ります。
サッカーで「ホーム」という言葉は、スタジアムだけの話ではありません。 毎日ボールを蹴るグラウンド、ロッカールーム、食堂、ジム、そのすべてを含めた「日常の場所」が、選手にとってのホームです。
そのホームを、自分たちで所有すること。 それは、施設の豪華さとは別のレベルで、選手に安心感や誇りを与えるものなのかもしれません。
もしあなたが選手で、クラブからこう言われたら、どう感じるでしょうか。
「ここは、うちのクラブがつくって、育てて、今は全部自分たちのものだ。 ここで、君たちはサッカー選手になっていくんだ」
たぶん、その言葉の重みは、単なる「練習場です」という説明とは違って聞こえるはずです。
- ケガや不調で「手放した」感覚を、取り戻すべき目標として大切にする — スピード・チャレンジする気持ち・純粋にサッカーを楽しむ感覚など、自分が失ったと感じるものを言葉にしてみる
- 毎日通う練習場や部室を「自分たちのホーム」として意識する — 施設が立派かどうかではなく、そこで仲間と積み重ねた時間こそがホームの本質だと捉え直す
- 「自分がサッカーを続ける意味」を定期的に問い直す — ローマが20年かけてトリゴリアを取り戻したように、遠回りしてでも「本当に守りたいもの」に向かい続ける意志を持つ
日本のクラブや育成年代にとっての「トリゴリア」とは
このローマの出来事を、日本のサッカーに重ねてみたとき、いくつかの問いが浮かび上がってきます。
たとえば、日本ではこんな光景がよくあります。
- 自治体の公共グラウンドを時間借りして活動するクラブ
- 学校の校庭が練習場で、年度ごとに使い方が変わる部活動
- 人工芝のピッチを自前で整備したクラブもあれば、毎回違うグラウンドに移動するチームもある
どれも、それぞれの地域や事情の中でベストを尽くした結果の姿です。
ただ、選手の立場から考えたとき、「自分たちのホームはどこか?」という問いに、どう答えられるでしょうか。
- 毎日同じグラウンドに来られる安心感を、大事にしたいか
- たとえ練習場は固定でなくても、仲間やコーチとの関係性こそがホームだと考えるか
- クラブとして、どこかのタイミングで「自前の拠点」を持つことを目指すのか
ローマのように、いったん手放してから20年かけて取り戻すというドラマチックな歴史は、日本のクラブには少ないかもしれません。 それでも、「拠点をどう扱うか」「ホームをどう定義するか」は、日本でも避けて通れないテーマです。
もし、あなたがクラブの指導者やスタッフなら、次のような問いが浮かぶかもしれません。
- 選手たちにとって、ここはどんな場所だと感じてもらいたいのか
- 施設の立派さよりも、日々の雰囲気や関係性をどうつくるか
- いつか「ここが自分たちのホームだ」と胸を張って言えるような環境を、どうやって積み上げていくか
ローマのトリゴリア買い戻しのニュースは、遠い国の大きなクラブの話です。 しかし、その根っこにある「ホームをどう扱うか」というテーマは、日本の少年団や学校部活、街クラブにとっても、決して他人事ではないのかもしれません。
クラブも選手も、「いつか取り戻したいもの」がある
ローマがこの20年間で味わったのは、成功だけではありません。 タイトル争いに絡んだシーズンもあれば、経営的な不安を抱えた時期もありました。 コロナ禍の中では、リース契約の支払いをいったん止めざるを得ず、その分返済期間を延ばすという苦しい判断もしています。
そのたびに、クラブは「今できる選択」を重ねてきました。
選手も同じです。
ケガをしてピッチを離れたとき。 試合に出られない日々が続いたとき。 チームを移るかどうか迷ったとき。
それぞれの局面で、「本当は守りたいもの」「いつか取り戻したいもの」を心の奥に抱えながら、目の前の判断をしているはずです。
ローマにとって、そのひとつが「トリゴリア」だったのかもしれません。 練習場としてはずっと使い続けていても、「完全な自分たちのものではない」という状態は、どこか落ち着かない感覚を残していた可能性があります。
それを、20年越しに「取り戻す」決断をした。 これは、クラブとしての自信や覚悟の表れとも受け取れます。
では、今サッカーをしている自分にとって、「いつか取り戻したいもの」は何でしょうか。
- ケガで失ったスピードやフィジカルかもしれない
- うまくいかないうちに、いつの間にか手放してしまったチャレンジする気持ちかもしれない
- 結果ばかりを気にするようになって、どこかで置き忘れた「サッカーを純粋に楽しむ感覚」かもしれない
それを今すぐ取り戻すことは難しくても、「いつか取り戻したい」「もう一度自分のものにしたい」と心のどこかで思い続けることには、意味があるのかもしれません。
「選ぶ」という行為の先に、どんな景色を見たいか
ローマのトリゴリア買い戻しは、数字だけ見れば「300万ユーロではなく、30万ユーロで所有権を確定させた賢い取引」とも表現できます。
しかし、その背景には、20年にわたる綱渡りのような決断の連続がありました。 資金繰り、リース料の支払い、契約延長、コロナによる一時停止、再度の合意。
その一つひとつが、「このクラブをどう存続させ、どんな未来を描きたいか」という問いに対する、暫定的な答えだったのだと思います。
サッカーのピッチの上でも、似たようなことが起きています。
- ビルドアップで、縦パスを狙うのか、いったん横や後ろを使うのか
- カウンターを受けたとき、ファウルで止めるのか、1対1を信じて守るのか
- 試合に出られないとき、環境を変えるのか、その場所で食らいつくのか
どの選択にも、必ずリスクと可能性が混ざっています。
大切なのは、「どの選択が正しいか」を一つに決めつけることではなく、「なぜ自分はその選択をしたのか」を、自分なりに考え続けることなのかもしれません。
2005年のローマも、2024年のローマも、きっとそのときのベストを選んできたのでしょう。
それがうまくいくこともあれば、振り返ったときに「別の道もあったかもしれない」と感じることもある。 それでも、選び続けた先に、トリゴリアを取り戻すという一つの景色が広がっていました。
今、サッカーをしているあなたが、あるいは選手を支えている保護者や指導者が、「今日どんな選択をするか」を迫られる場面は、きっと毎日のように訪れます。
そのとき、少しだけ立ち止まってみる。
- 自分は何を守ろうとしているのか
- 何をいったん手放し、いつか何を取り戻したいのか
- この選択の先に、どんな景色を見たいのか
ローマとトリゴリアの20年を思い浮かべながら、そんな問いを自分に投げかけてみると、同じ決断でも、少し違う意味を帯びて感じられるかもしれません。
サッカーは、90分の試合だけでなく、その前後の何年、何十年という時間の中で、静かに選択の積み重ねを映し出してくれるスポーツなのだと思います。
今日あなたが選んだ一歩も、いつか振り返ったとき、「あのときのトリゴリア」のように、確かにつながる場所へと戻っていくのかもしれません。
