フランスの小さな村から届く「遊ぶサッカー」と日本の週末が問われる選択
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フランスの小さな村から見える、「サッカーを遊ぶ」勇気

6人制の小さなピッチに、16の男子チームと10の女子チームが集まる。 場所はフランス西部、マイエンヌ県のサン=フランボー・ド・プリエールという人口数千人の村。 週末の3日間だけ、その村が「アマチュアサッカーの首都」に変わる。
芝生の横にはテントが並び、夜は村の多目的ホールで踊り明かす。 ピッチの外では、すべり台代わりの「ベンチプレスならぬベンチ滑り」、飲み物のコンテスト、キーパー同士の1対1「Goalie War」、仮装コンテスト。 そこでプレーする人たちは、プロ契約を目指す選手だけではない。 友だちと楽しみたい学生、地元クラブのOB・OG、仕事が休みの週末だけスパイクを履く社会人。 みんな同じ芝の上でボールを追いかける。
このイベントの名前は「Vert Foot Day」。 アマチュアサッカーに光を当てるフランスのメディア「So Foot」が企画し、2026年で5回目を迎える移動式の6人制大会だ。 今年のホストクラブは、AJSFサン=フランボー・ド・プリエール。 そのクラブを率いる会長は、まだ23歳。 しかも会長になってすでに5シーズン目だという。
大きなタイトルが懸かっているわけではない。 テレビ中継もない。 しかし、そこには「サッカーをどう楽しむか」をめぐる、たくさんの小さな選択が詰まっている。 日本からこの話を聞くとき、何を感じるだろうか。
若い会長がいるクラブは、何を選んでいるのか
まず目を引くのは、23歳のクラブ会長という存在だ。 5シーズン前から会長なので、10代のうちにクラブのトップに立っていた計算になる。
もちろん、フランスにも年長者はいる。 地域の事情に詳しい人、資金面を支える人、グラウンドを整備する人。 その中で、あえて20代前半の若者を会長に据えるというのは、決して「人材不足だから」というだけでは済まない選択に見える。
たとえば、こんな問いがそこには隠れているのかもしれない。
- サッカーを続ける若い世代に、実際の「運営の権限」をどれだけ渡すのか
- クラブは「上から守られる場」なのか、それとも「自分たちで作る場」なのか
- 失敗するかもしれない若い決断を、どこまで許容できるのか
日本のクラブチームを思い浮かべてみる。 ジュニアやジュニアユースの選手たちは、クラブの運営についてどれくらい知っているだろうか。 会費の使い道、グラウンド使用の交渉、遠征の企画、大会とのやりとり。 多くのことは、大人たちが「見えないところで」引き受けてくれている。
それはもちろん悪いことではない。 選手が安心してプレーに集中できる環境は、大人の支えなくして成立しない。 ただ一方で、「任せる」余地をどこかに残せないか、という問いもある。
もし、あなたが中学生、高校生の選手だとしたらどうだろう。 チームの合宿のテーマを自分たちで決める。 クラブの広報用SNSを、自分たちで企画して発信する。 地元の人を招いた「交流試合」や「感謝デー」を自分たちで考えてみる。 そこにはサッカーそのものとは別の、「決める」「説明する」「責任を持つ」というプレーがある。
23歳の会長がいるフランスの小さな村のクラブは、もしかするとそうした「プレーの外側のプレー」を、日常の中に取り込んでいるのかもしれない。 その試行錯誤の先に、「サッカーを続けたい若者」の姿が、運営の側にも増えていく可能性がある。
| 観点 | Vert Foot Day(フランス) | 日本の週末大会 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 大会の主役 | アマチュア・週末プレーヤー全員 | 主に競技志向の選手が中心 | ◎多様な参加者像 |
| 勝敗以外の時間 | 仮装・ダンス・Goalie War等を公式設定 | 試合スケジュール消化が中心 | △遊び要素の余地あり |
| 女子チーム参加促進 | 割引制度・ユニフォームプレゼントで設計 | 参加OKの案内が中心 | ○制度設計の差が明確 |
| 宿泊の選択肢 | テント泊と近隣ホテルを並列提供 | 主催者指定の宿泊が多い | ○自己選択の余地 |
| 若者の運営参加 | 23歳の会長が5シーズン率いる | 大人が主導するケースが多い | ◎権限委譲の先進事例 |
| 大会期間の設計 | 3日間・段階的進行・修正の機会あり | 一発勝負のトーナメントが多い | △失敗後も続ける経験の差 |
勝つための大会ではなく、「遊ぶ」ための大会?
Vert Foot Day の特徴は、「サッカー大会」なのに、公式戦のような緊張感だけで構成されていないところにある。 6人制の試合は週末のメインイベントだが、運営側は同じくらいの熱量で、周辺の「遊び」を用意している。
すべり台のような遊び、飲み物のコンテスト、キーパー同士の対決、仮装大会、そして村のホールでのダンスパーティー。 ピッチの中と外で「楽しさの質」があまり変わらないように、意図的にデザインされているように見える。
ここには、サッカーを「競技」としてだけ見るのではなく、「文化」として味わう視点がある。 サッカーを楽しみたい人は、全員が90分走り続けたいわけではない。 キーパーとして目立ちたい人、ユニフォームのデザインや仮装にはこだわりたい人、夜の音楽の時間が何よりの楽しみという人もいる。 その多様な「楽しみ方」を、ひとつのイベントの中に同居させようとしている。
日本ではどうだろうか。 多くの大会は、試合のスケジュールがギッシリ組まれ、時間通りに消化されていく。 もちろん、限られたグラウンドと予算の中で運営するには、その方が効率的だ。 だがもし、1日の中の数時間だけでも「勝敗と関係のないサッカー」を入れ込む余地があるとしたら、何ができるだろう。
- 遊びの要素を強めたミニゲーム
- キーパーだけのスキル対決
- 親子混成チームの試合
- 選手自身が考えたオリジナルのルールでのゲーム
勝点も順位もつかない時間を、あえて大会の一部として確保する。 それは「真剣さを薄める」ことではなく、「サッカーとの関係を深くする」ための選択なのかもしれない。
- 試合後に即席の交流戦や混成ゲームを設計する — 一発勝負で敗退した後も「サッカーの時間」が続くよう、ポジション入れ替えミニゲームや保護者・選手混成の即席試合を準備し、負けた後の経験を豊かにする
- 選手に運営の一部を任せる余地をつくる — 合宿テーマの決定・SNS広報・地域交流試合の企画など「プレーの外側のプレー」を選手が担える場面を意図的に設け、決める・説明する・責任を持つ経験を積ませる
- 女子チームが参加しやすい条件を制度として整える — 「参加OKです」の言葉だけでなく、女子チーム同士のセット参加の仕組み・目立つ時間帯への配置・支援者への役割提供など具体的な仕掛けで参加障壁を下げる
女子チームにかけられた、ひとつの「仕掛け」
今回のVert Foot Dayには、男子16チーム、女子10チームが参加する予定だ。 運営側は参加募集の際、ある仕掛けを用意している。 男子チームが女子チームの参加をサポートすると、その男子チームに参加費の割引を設ける。 女子チームが別の女子チームをサポートする場合も同様だ。 そして女性アスリートのためのスポーツブランドがパートナーとして加わり、女子の8チームのうち1チームには、ユニフォーム一式のプレゼントが用意されている。
つまり、 「女子チームを増やしたい」 という願いを、「割引」や「プレゼント」という具体的な形にしているわけだ。
この工夫をどう捉えるかは、人によって違うだろう。 ある人は「単純にうれしい」と感じるかもしれないし、別の人は「なぜ女子だけ特別扱いなのか」と疑問を持つかもしれない。 確かなのは、「女子チームに来てほしい」というメッセージを、言葉だけでなく制度として設計している、ということだ。
日本でも女子サッカー・女子フットサルの普及は大きなテーマだ。 だが、「女子も参加OKです」という案内だけでは、実際の参加者は思ったほど増えないことが多い。 そこで、運営側やクラブ側が考えなければならないのは、「どう声をかけるか」ではなく、「どんな条件を整えるか」かもしれない。
- 女子チーム同士で「セット参加」できるシステム
- 女子の試合を目立つ時間帯に置くスケジュール設計
- 女子チームを支援してくれる企業や個人に、役割を具体的に用意する
もし自分が指導者だとしたら。 もし自分が女子サッカーに興味のある保護者だとしたら。 「参加しやすい条件」をどこまで想像できるだろうか。 フランスの一つの大会が試している仕掛けは、日本の地域大会でも応用できるかもしれない。
- 勝敗以外に大事にしたい価値を書き出す — 試合前後に「今日のサッカーで何を一番楽しみにしているか」を自分に問い、試合・仲間との時間・技術の発揮・新しい人との交流のうちどれが最も心躍るかを確かめる
- 合宿や大会の選択を「なんとなく」から「自分で決めた」に変える — テント泊かホテルか・夜のミーティングか早就寝かを選ぶとき、「なぜ自分はそちらを選ぶのか」を一度考え、体力・仲間との時間・記憶という優先順位を意識する
- 「提案してみる」ことを選ぶ — 練習試合の相手・遠征のスケジュール・チームイベントについて「自分ならこうしたい」と声にしてみる。すべてが通るわけではないが、その一歩がピッチ内の判断力にもじわじわと影響していく
テントで眠るか、ホテルを選ぶか
大会の期間中、参加者たちは会場周辺にテントを張って泊まることができる。 クラブは周辺のホテルや宿泊施設の情報も用意しているが、「グラウンドの周りでテント泊」という選択肢を、あえて前面に出している。
ここにも小さな問いがある。 「どんな疲れ方をしたいのか」 「誰と、どこまで時間を共有したいのか」 「サッカーの思い出を、何で構成したいのか」
テント泊を選ぶ人は、夜遅くまで仲間と話し込んだり、他のチームの選手と交流したりするかもしれない。 ホテルを選ぶ人は、静かな場所でしっかり休み、翌日のパフォーマンスを重視するかもしれない。 どちらが正しいという話ではなく、「自分が何を大事にしたいか」を選ぶ場面が、そこにある。
日本の合宿でも、似たような選択は起きている。 チームメイトと同じ部屋で遅くまで話すのか、明日に備えて早く寝るのか。 夜のミーティングで何を話すか。 自由時間をどう使うか。
選手である自分は、いつも無意識にどちらかを選んでいる。 もし一度立ち止まって、「なぜ自分はそちらを選ぶのか」を考えてみたらどうなるだろう。 体力、メンタル、人間関係、経験としての思い出。 優先順位が見えてくると、選択は「なんとなく」から「自分で決めた」に変わっていく。
「本物のサッカー」はどこにあるのか
Vert Foot Day を発案したフランスのメディアは、「アマチュアサッカーへのオマージュ」としてこの大会を位置づけている。 プロでも、代表でもなく、「週末にボールを蹴る人たち」が主役の一日。
この視点は、日本サッカーにもそのまま当てはめられる。 代表戦がある日、SNSは盛り上がる。 Jリーグのビッグマッチがあれば、多くの人が結果を追う。 一方で、週末の朝に行われている少年団の試合や、中学生の県大会、社会人リーグの一部や二部の試合は、ほとんどの人の目には触れない。
けれど、多くの選手や指導者にとって、「サッカーのほとんど」はそこにある。 土のグラウンド、送迎の車、早朝のコンビニ、濡れたユニフォーム、試合後のラーメン。 それらすべてが、その人の中の「サッカーの記憶」をつくっていく。
フランスの小さな村で行われる大会が伝えているのは、「その記憶をちゃんと祝おう」というメッセージのようにも見える。 自分が属しているのが、トップリーグであっても、少年団であっても、本質的には同じ問いが立ち上がる。
- 自分は、サッカーのどの瞬間を「一番の楽しみ」にしているのか
- その楽しみが続くように、どんな環境を周りと一緒に作っていけるのか
- 勝敗以外に、自分が大事にしたい価値は何か
「考えるサッカー」は、ピッチの外にも広がっている

Vert Foot Day の企画を、ピッチに立つ選手の視点から見てみよう。 6人制というフォーマットは、11人制とはまた違う判断を迫る。 スペースは広くなり、一人ひとりの関与度は高まる。 攻守の切り替えも早い。 「今、プレスに行くのか、戻るのか」 「ドリブルで仕掛けるのか、キープして味方を待つのか」 一つひとつの判断が、はっきりと結果に反映されやすい。
けれど、この大会の「考える」は、ピッチの外にもっとたくさんある。
- どんなメンバー構成で大会に参加するのか
- どのくらい本気で優勝を狙うのか、それとも交流を優先するのか
- 女子チームをどう巻き込むのか
- テントかホテルか、どんな過ごし方を選ぶのか
- 仮装やイベントにどこまで本気で取り組むのか
それぞれの選択に、「正解」はない。 あるのは、「自分たちが何を大事にしたいか」という問いだけだ。
日本の部活動やクラブチームの中でも、本当は同じような問いがたくさんある。 練習試合の相手をどう選ぶか。 遠征のスケジュールをどう組むか。 保護者をどこまで巻き込むか。 キャプテンやリーダーにどれだけの裁量を渡すか。
選手は、その多くを「決められたもの」として受け取っているかもしれない。 だが、ほんの少し勇気を出して、「自分ならこうしたい」と声にしてみたら、何かが動く可能性がある。
もちろん、すべてがその通りになるわけではない。 大人には大人の事情があり、クラブにはクラブの制約がある。 ただ、「どうせ決まっている」と最初から諦めるのか、「提案してみる」ことを選ぶのか。 その違いは、ピッチの中のプレーにも、じわじわと影響してくるのかもしれない。
「答えを急がない」イベントデザイン
Vert Foot Day は、1日だけのイベントではない。 金曜日から日曜日までの3日間、少しずつ空気が変わりながら進んでいく。 土曜日にグループステージ、日曜日に決勝トーナメント。 合間には、さまざまな遊びや交流の時間がある。
この構成は、「結果」だけを急いでいないように見える。 あえて時間をかけて、いろいろな出来事を挟み込みながら、最後にトーナメントの山が決まっていく。 途中でうまくいかないチームも出てくる。 怪我人が出るかもしれないし、夜更かししすぎて動きが重いチームもいるかもしれない。
それでもイベントは続いていく。 「一度失敗したから終わり」ではなく、 「そこでどう修正するか」「どう受け止めるか」が問われる。
日本の大会でも、「一発勝負」「トーナメント一回戦負け」で終わる経験は多い。 そこで得るものもたくさんあるが、一方で、「失敗したあとも続ける」経験をどこかで用意できると、選手の視野は広がる。
- 敗退後に、即席の交流戦を組んでみる
- 試合のない時間に、ポジションを入れ替えたゲームをしてみる
- 保護者や指導者も含めた混成チームで、即席ミニ大会をする
負けたあとも、その日が「サッカーの時間」であり続ける。 その中で、「次はどうしようか」と自然に話し合いが始まる。 答えを急がず、時間の中で問いを反芻する。 そんな場をつくれるかどうかは、運営側と参加者側、両方の選択にかかっている。
自分なら、この週末をどう使うだろう
フランスの小さな村で開かれる6人制サッカーの週末は、日本から見ると少し遠い物語に見えるかもしれない。 けれど、その中にあるのは、「どう楽しむか」「どう選ぶか」「どう続けるか」という、どの国にも共通する問いだ。
もし自分が、Vert Foot Day に参加するとしたら。 自分は何に一番力を入れるだろう。
- 試合の勝敗
- 仲間との時間
- 他チームとの交流
- 女子チームのサポート
- 仮装やイベントでの本気の「遊び」
あるいは、その全部を欲張ろうとするかもしれない。 うまくいかないことも、きっと出てくる。
日本で日々サッカーをしている私たちも、似たような選択の中にいる。 どの練習にどれくらい集中するか。 どの試合を「勝ちたい試合」にするか。 どの仲間と、どんな時間を過ごしたいか。
答えは、誰かが用意してくれるものではない。 フランスの村でテントを張る人たちと同じように、一人ひとりが、自分の週末を、自分のサッカーを、自分の人生を選んでいく。
芝生の上でボールを蹴るその瞬間だけがサッカーではない。 どこで、誰と、どんな思いで、そのピッチに立つのか。 その選択ひとつひとつが、静かに自分のサッカーを形づくっていく。
次の週末、あなたは何を選ぶだろうか。 その問いを抱えたまま、今日もボールを蹴りに行くことから、また新しいサッカーが始まっていくのかもしれない。