ペア・メルテザッカーとアーセナルアカデミー——Strong Young Gunnersビジョンのもと8年間で育て上げたブカヨ・サカらの軌跡と退任が残した育成の遺産

ペア・メルテザッカー退任と「ストロング・ヤング・ガナーズ」がアーセナルにもたらしたもの

DEFINITION
ペア・メルテザッカーとStrong Young Gunnersとは何か
「Strong Young Gunners(ストロング・ヤング・ガナーズ)」は、ペア・メルテザッカーがアーセナルアカデミーマネージャーとして8年間掲げたビジョンだ。フィジカルだけでなく精神的・人格的な強さを持つ若い選手を育てることを意味し、ブカヨ・サカをはじめとするアカデミー出身者の台頭をもたらした。2024/25シーズンにはアカデミー・プロダクティビティでチェルシーに次ぐ2位を記録し、数字としても証明されている。

ペア・メルテザッカー退任――「ストロング・ヤング・ガナーズ」が残したもの

プレミアリーグの名門アーセナルに、ひとつの時代の区切りが訪れようとしています。

クラブのアカデミーマネージャーとして8年間にわたりユースを率いてきたペア・メルテザッカーが、今季限りでその役割を退くと発表されました。

かつて「ビッグ・ファッキング・ジャーマン」と親しまれたセンターバックは、いまや「若きガナーズの父」のような存在でした。

この退任は、単なる人事異動ではありません。

ブカヨ・サカを象徴とするアカデミー出身選手たちの台頭、アーセナルのクラブ哲学の再構築、その中心にいた人物が次のステップに進むという物語です。

「ストロング・ヤング・ガナーズ」というビジョン

メルテザッカーがアカデミーを率いるにあたって掲げたキーワードが「Strong Young Gunners(ストロング・ヤング・ガナーズ)」でした。

それは単にフィジカルの強さを意味するものではありません。

精神的な強さ、人としての芯の強さを持った若い選手を育てる、という宣言でもありました。

彼はこう語っています。

「Now it is time for me to move on and explore something new and push myself even further.」
「今こそ、新しいことに挑戦し、自分自身をさらに押し上げる時だと感じています。」

ここには、現役時代から一貫するメルテザッカーらしさがあります。

落ち着いていて、派手さはない。

けれど、静かに高い基準を自分に課し続ける姿勢です。

就任当時、アーセン・ヴェンゲルはこう評しました。

「an exceptional character」「great example for young players」
「特別な人格者であり、若い選手たちの素晴らしい手本だ」

そして、「an inspirational figure for everyone connected with the Academy.」
「アカデミーに関わるすべての人にとって、インスピレーションを与える存在になるだろう」と。

この言葉は、8年後のいま振り返っても、誇張ではなかったように思えます。

ブカヨ・サカを先頭に――アーセナルを変えた“自前育成”

メルテザッカー体制を象徴する存在といえば、やはりブカヨ・サカの名前を挙げないわけにはいきません。

エミレーツのピッチで、背番号7が左足を振り抜くたび、アカデミーの価値が証明されていきました。

サカだけではありません。

アーセナルのファーストチームで存在感を示した若手たち、そして他クラブで活躍の場を得た選手たちも含め、アカデミー出身者がヨーロッパ各地でプレーしています。

アカデミーの「生産性」を可視化したTGGのランキングでは、2024/25シーズン、アーセナルはアカデミー・プロダクティビティでチェルシーに次ぐ2位に位置しました。

これは、トップチームへの昇格だけでなく、プロフットボーラーとして世に送り出した数と質の両方が評価された結果です。

メルテザッカーが目指した「ストロング・ヤング・ガナーズ」のコンセプトが、数字という形でも示されたと言えるでしょう。

読者の皆さんは、「自分のクラブのユース出身選手」がピッチに立つとき、どんな気持ちになりますか。

スター選手のビッグネーム補強ももちろん魅力的です。

しかし、アカデミーから育った選手がクラブのアイコンになっていくプロセスには、また別の喜びがあります。

サカを見守るアーセナルサポーターが感じているのは、単なる「得点への期待」だけでなく、「一緒に育ってきた」という感覚なのかもしれません。

メルテザッカー流リーダーシップ――「実績を誇らない人間性」

アーセナルU15/16の元リードコーチ、ダン・ミッチーは、ポッドキャストで上司メルテザッカーについて印象的な言葉を残しています。

「We are very fortunate to have a leader here who is extremely humble and who practices what he preaches in terms of the values he wants for the Academy.」
「私たちは、とても幸運です。

ここには非常に謙虚で、アカデミーに求める価値観を自ら体現しているリーダーがいるのです。」

さらに、こんな表現もあります。

「He’s a fantastic role model. He does remind me a lot of my time working with Gareth Southgate at the FA – both have been there, seen it, done it, but you’d never know it.」
「彼は素晴らしいロールモデルです。

FAでガレス・サウスゲートと一緒に働いたときのことをよく思い出させてくれます。

二人とも、サッカー界であらゆるものを見て、成し遂げてきた人たちですが、そのことを自分から誇るような人ではないのです。」

ワールドカップ優勝、プレミアリーグの名門クラブでの主将、FAカップ3度制覇。

これだけの実績を持ちながら、それを前面に出さない。

むしろ周りが「もっと話を聞き出さなくては」と思うほど控えめな態度でいる指導者は、ユース年代の選手たちにとって、どれだけ安心感のある存在だったでしょうか。

ミッチーは続けてこう語ります。

「Per takes his time in making decisions, but you know that when he does communicate them – in terms of the direction and methodology and expectations and behaviours he expects – that they’ve been well thought through and are clear.」
「ペアは、決断を下すまでにしっかり時間をかけます。ですが一度方針やメソッド、期待する姿勢や行動について話すときには、それらがよく考え抜かれ、明確であることが誰にでも分かるのです。」

「時間をかけて考え抜く」ことと、「選手たちには明快に伝える」こと。

この両立は簡単なようでいて、実は難しい作業です。

指導者だけでなく、学校の先生や保護者、職場のリーダーにも通じるテーマかもしれません。

あなたがもし、子どもたちや部下の前に立つ立場にあるなら、メルテザッカーのこの姿勢を、どう感じるでしょうか。

クラブとともに歩むキャリア、そして別れの言葉

メルテザッカーは、現役を退いた2018年、すぐにアーセナルのアカデミーのトップに就任しました。

プレーヤーから指導者へ、そのまま同じクラブでバトンを受け取る形です。

この任命には、大きな信頼があったことを、アーセナルCEOリチャード・ガーリックのコメントからも感じ取れます。

「We were fortunate to have retained Per as Academy Manager once he finished his playing career with us in 2018.」
「2018年に彼が現役を終えたあとも、アカデミーマネージャーとしてクラブに留まってくれたことは、本当に幸運でした。」

「He understands what Arsenal stands for and this has been a constant in his leadership – inspiring our Academy coaches, staff and young players in an Arsenal way and giving so many an opportunity to develop and shine.」
「彼はアーセナルが何を大切にしているクラブなのかを深く理解しており、それが彼のリーダーシップの核でした。

アカデミーのコーチ、スタッフ、若い選手たちを“アーセナルらしいやり方”で鼓舞し、多くの者に成長し輝くチャンスを与えてきたのです。」

「Arsenal way(アーセナルらしさ)」とは何か。

華麗なパスワーク、技術の高さ、攻撃的なスタイル。

そういったプレースタイルだけではなく、人としての振る舞いや価値観も含めての「アーセナル」であることを、メルテザッカーは体現していたのかもしれません。

退任を前に、彼はこうも述べています。

「I remain focused on finishing the season strongly, continuing to nurture and develop our young talent and support a seamless transition until my very last day with the club.」
「シーズンを力強く終えることに集中し続けます。若い才能を育て続け、そしてクラブにとってスムーズな移行を、最後の日まで支えていきます。」

自身の将来よりも、アカデミーと選手たちの“その先”を見据えた言葉。

穏やかながら、責任感の強さを感じさせます。

「ユースで何を学ぶのか」という問い

メルテザッカーの歩みを辿ると、「ユースアカデミーは何のためにあるのか」という問いが浮かび上がってきます。

プロ選手を輩出するためだけでしょうか。

それとも、その先の人生を生き抜く力を育む場でもあるのでしょうか。

彼自身、若い頃は「特別なタレント」と見られていたわけではなく、アビトゥーア(大学入学資格)を取り、別の進路も視野に入れていたといいます。

「プロになれそうかどうか」が不確かな選手たちにとって、「人としてどう成長するか」を重視する指導者の存在は、どれほど大きいでしょうか。

アカデミーで学ぶ子どもたちの多くは、トップチームにたどり着きません。

それでも、そこで培われた習慣や価値観、仲間との経験は、サッカー以外の世界でも生きてきます。

メルテザッカーが掲げた「ストロング・ヤング・ガナーズ」は、その“出口”までも見据えたビジョンだったように感じられます。

読者の皆さんがもし、ジュニアユースや学校の部活動でサッカーをしている子どもを見守っているなら、あるいは自分自身がプレーしているなら、「勝つこと」と同じくらい「どう成長したいか」という視点を持てているでしょうか。

メルテザッカーの退任のニュースは、そんな問いを静かに投げかけているようにも見えます。

「別れ」は終わりではなく、次へのキックオフ

アーセナルはすでに、後任探しと“継承”に向けた準備を進めています。

ガーリックは、「We’re happy that Per remains in role until the end of the season whilst we focus on our succession plan.」と述べ、クラブとしてアカデミーへの投資と重視を続ける姿勢を示しました。

選手としてクラブを支え、指導者としてクラブを築き、今度はクラブから一歩離れていく。

それでも、メルテザッカーとアーセナルの関係は終わりではなく、形を変えて続いていくでしょう。

解説者、指導者、あるいはまったく新しい挑戦。

いずれにせよ、彼の次のステージを、アーセナルサポーターだけでなく、多くのサッカーファンが見守るはずです。

あなた自身のサッカー人生や仕事、学びの場でも、「一区切り」を迎えた経験があるかもしれません。

そのとき、メルテザッカーのように「もっと自分を押し上げるために、次へ進む」という選択をしたことはあったでしょうか。

もしかしたら、いままさに、その岐路に立っている人もいるかもしれません。

名言で締めくくる、メルテザッカーの物語

静かなリーダーとして、アーセナルに深く根を下ろしたメルテザッカー。

彼の8年間が残したものは、トロフィーやランキング以上に、「人を育てるとはどういうことか」という問いそのものかもしれません。

最後に、彼のキャリアにも重なる言葉を紹介して、このコラムを締めくくりたいと思います。

「Success is no accident. It is hard work, perseverance, learning, studying, sacrifice and most of all, love of what you are doing.」
「成功は偶然ではない。それは努力であり、粘り強さであり、学びであり、研究であり、犠牲であり、そして何よりも、いま自分がしていることへの愛なのだ。」

メルテザッカーがアーセナルで示したものも、まさにこの言葉の体現でした。

そしてその愛情は、これからも「ストロング・ヤング・ガナーズ」となって、ピッチの上で生き続けていくはずです。

COMPARISON / メルテザッカーのリーダーシップ特性比較
観点 メルテザッカーの特徴 一般的な指導者像との比較 評価
実績の見せ方 ワールドカップ優勝等を自ら誇らない 実績を権威として前面に出す ◎ 謙虚さで信頼を得る
意思決定スタイル 時間をかけて考え抜く 即断即決が求められる場面が多い ○ 質を優先
伝達の明確さ 決定後は方針・期待行動を明快に伝える ぼかして伝えることがある ◎ 一貫性で安心感
アカデミー生産性 2024/25シーズン2位(TGGランキング) 平均水準 ◎ 数字で証明
退任の引継ぎ 最終日まで現任に集中すると明言 早期離脱することも ◎ 責任感まで体現
◎=際立つ強み / ○=特徴的なアプローチ(出典:ダン・ミッチーコメント・TGGランキング)
FOR COACHES / FOR COACHES
メルテザッカー流リーダーシップから指導者が学ぶ3点
  1. 「考え抜いてから、明快に伝える」サイクルを実践する — 方針・メソッド・期待する行動は熟考の後に一度だけ明確に伝える。その質と一貫性が選手の信頼を生む
  2. 自分の実績を「圧力」として使わない — ワールドカップ優勝経験を前面に出さずに若い選手と向き合うことで、選手が委縮せずに挑戦できる環境をつくる
  3. 「プロになれない子」のための育成ビジョンを持つ — アカデミー選手の多くはトップに届かない。サッカー以外の人生でも通じる強さを育てるビジョンを持ち、育成の出口まで設計する
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FOR PLAYERS & PARENTS / FOR PLAYERS & PARENTS
アーセナルアカデミーの哲学から選手と親が持ち帰る3つの視点
  1. 「強さ」はフィジカルだけではないと知る — ストロング・ヤング・ガナーズが意味するのは精神的・人格的な強さだ。試合に勝てないときも、チームの約束事を守り続ける習慣が本当の強さをつくる
  2. アカデミー出身選手が活躍する場面を意識して観る — ブカヨ・サカのゴールは「一緒に育ってきた」感覚を与えてくれる。移籍選手の活躍とは違う喜びがあり、クラブとサポーターの絆を深める
  3. プロになれなくてもアカデミーで学んだことは財産になる — メルテザッカー自身、若いころは「特別なタレント」とは見られていなかった。育成で培った習慣・価値観・仲間との経験はサッカー以外の場所でも生きる
FAQ / よくある質問
Q. ペア・メルテザッカーはなぜアーセナルのアカデミーマネージャーになったのですか?
A. 2018年に現役を引退した後、そのままアーセナルに留まりアカデミーマネージャーに就任しました。選手時代からクラブの価値観を深く理解していたため大きな信頼が置かれ、CEOのリチャード・ガーリックは「現役を終えた後もクラブに留まってくれたことは本当に幸運だった」と述べています。
Q. アーセナルのアカデミーはどのくらい優秀ですか?
A. 2024/25シーズンのアカデミー・プロダクティビティ・ランキング(TGG調査)でアーセナルはチェルシーに次ぐ2位を記録しました。トップチームへの昇格だけでなく、プロフットボーラーとして世に送り出した数と質の両方が評価された結果です。ブカヨ・サカをはじめとするアカデミー出身者がヨーロッパ各地で活躍しています。
Q. メルテザッカーはなぜアーセナルを退任するのですか?
A. 「今こそ新しいことに挑戦し、自分自身をさらに押し上げる時だと感じている」と本人が語っています。8年間という区切りのタイミングで次のステージへ進む選択をしたもので、退任後もシーズン最終日まで現任に集中し、後任へのスムーズな移行を支えると明言しています。
Q. Strong Young Gunnersとはどういう意味ですか?
A. ペア・メルテザッカーがアーセナルアカデミーで掲げたビジョンで、単なるフィジカルの強さではなく「精神的・人格的な強さを持った若い選手を育てる」という宣言です。ワールドカップ優勝やFAカップ3度制覇という実績を持ちながら謙虚に選手と向き合うメルテザッカー自身が、その言葉を体現するロールモデルとなっていました。
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