未完成とともに進むニュルンベルク──クローゼが示す「原則」とメンタルで育てる20歳の才能
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ミロスラフ・クローゼが「まだ完成していない選手」と歩む道──ニュルンベルクの冬、ひとつの貸し出しと多くの問い

20歳のフランス人が、冷たいドイツの冬に降り立ったとき
1月のニュルンベルク。 まだ吐く息の白さが残るトレーニングピッチに、ひとりの若いフランス人が姿を見せました。 ラビ・ンズングラ。 レーシング・ストラスブールから、1. FCニュルンベルクへのレンタル移籍でやってきた20歳のミッドフィルダーです。
スポーツボードのヨティ・ハツィアレクシウは、デンバ・ディオプの移籍後、チームのセンターハーフに再び厚みを持たせたいと語りました。 同時に、クラブ内では「右サイドでも起用の可能性がある」という声も出ています。 これは、右サイドバックのパフォーマンスに完全な満足がなかったことも、うっすらと示しているのかもしれません。
この新加入について、ミロスラフ・クローゼ監督は「とても興味深い選手だ」と表現しました。 攻守の切り替え、ダイナミックな推進力、ラストパス、そして自らフィニッシュに関わる力。 ただし、同時に「まだ長い道のりの途中にいる」とも示しています。
この「まだ完成していない」という言葉は、ひとりの若手だけではなく、今のニュルンベルク、そして日本サッカー全体にも、そのまま重ねられるのではないでしょうか。
| テーマ | 課題(改善前) | 取り組み | 効果・評価 |
|---|---|---|---|
| 攻撃ポジション | サイドに張りすぎてパスコースが長い | 「必要なだけ広く、できる限り高く」原則を導入 | ◎ ビルドアップのリスク低減・前進速度向上 |
| 最終局面 | ペナルティエリア付近で攻撃が途切れる | 11月末からシュートと崩しメニューを増加 | ○ 試合あたりシュート27本・19本を記録 |
| 守備優先順位 | 人ばかり追ってボールを見失う | 「まずボール、次に味方、最後に相手」を徹底 | ○ ダルムシュタット戦でカバーリング改善確認 |
| メンタル | 1つのミスで自信を失い自分の強みを見失う | 「もっと大胆に・したたかに」と頭の部分から作り直し | ◎ プレーが軽く流れるようになったと実感 |
| チーム雰囲気 | 個々が孤立しがちでチャレンジが減る | 映像振り返りと相互鼓舞の文化を醸成 | △ 昇格争いに向けてさらに継続が必要 |
27本と19本のシュートが語るもの──変わり始めたニュルンベルク
冬の中断明け、ニュルンベルクは見違えるような姿を見せています。 エルヴァースベルク戦では27本、ダルムシュタット戦では19本と、今季トップレベルのシュート数を記録。 クローゼは「3つの本当に良いハーフがあった」と振り返り、「正しい方向に進んでいる」と手応えを口にしました。
ただ同時に、2部の順位表がいかに混戦かも理解していて、「ポイントを積み上げ続けなければならない」と冷静さも忘れていません。
おもしろいのは、変化のスタート地点が「戦術」だけではなかったことです。 クローゼは、ウインターブレイク中に、プレーのメンタル面にもしっかり手を入れたと示しています。
選手たちは、試合中のひとつのネガティブな場面で、簡単に自信を失ってしまうことがあった。 自分たちの強みを、すぐに見失ってしまう。 そこに対して、「もっと大胆に」「もっとしたたかに」と、頭の部分から作り直したといいます。
その結果としてピッチに表れているのが、「プレーが軽く、流れるようになってきた」という感覚。 数字の裏には、こうした“見えないトレーニング”が積み重なっています。
- ポジション原則を短い言葉で落とし込む — 「必要なだけ広く、できる限り高く」のようにカテゴリーに合わせた具体例とセットで伝え、選手が自分で判断できる状態を作る
- シュートゾーンの練習比率を意図的に見直す — ビルドアップ整備に集中しすぎると最終局面が疎かになる。クローゼのように11月以降で時間配分を変えた実例を参考に定期チェックする
- 映像フィードバックを週1回以上行う — 練習を撮影し「自分ではできているつもり」のズレを可視化することで修正サイクルを短縮し、自信を正確な根拠で支える
「滅多にやっていなかった」練習を、なぜ増やしたのか
2025年のニュルンベルクには、ひとつの共通した課題がありました。 ビルドアップや中盤での崩しには光るものがあるのに、最後のゾーン──相手ペナルティエリア付近で、攻撃が途切れてしまう。
クローゼは、その理由のひとつとして、「シュートや、相手ボックス周囲での振る舞いを、あまりトレーニングしてこなかった」と明かしています。 守備の整理や、ビルドアップ、組織の土台づくりを優先したため、トレーニングの時間配分として、どうしても後回しになっていたのです。
そこで、2025年11月の終わり頃から方針を調整。 ペナルティエリアまわりでの崩しやラストパス、シュートに関するメニューを増やしていきました。
象徴的なのが、ダルムシュタット戦でのエリック・ポルストナーの決定機につながった形です。 ニュルンベルクが右サイドから中央へボールを運び、そこから左サイドへ展開。 あらかじめ高い位置に構えていたポルストナーが、前向きにボールを受けてシュートまで持ち込みました。 結果的にゴールにはなりませんでしたが、そのプロセスには、クローゼが整理した攻撃の「原則」が詰まっていました。
- サイドでボールを受けるとき、タッチライン際ではなく「相手が迷うポジション」を意識するだけで前進しやすくなる
- 1つのミスで頭が真っ白になったら「ボールはどこにあるか」に集中し直すことが守備の再起点になる
- 「完成していない」と言われても評価されているのは伸びしろがある証拠。焦らずプロセスを積み重ねることが成長の最短路だ
「必要なだけ広く、できる限り高く」という原則
クローゼがチームに落とし込んでいる攻撃のキーワードのひとつが、「必要なだけ広く、できる限り高く」というポジショニングの原則です。
サイドの選手は、タッチラインぎりぎりまで張らない。 相手のプレッシャーをできるだけ受けずにボールをコントロールできる位置まで、少し内側に絞る。 そして、できる限り高い位置で、前向きにボールを受ける。
この「ほんの数メートルの差」が、ビルドアップの難易度や、攻撃のスピードに大きく影響します。 サイドに張りすぎると、パスコースが長くなり、インターセプトのリスクも高まる。 内側に入りすぎると、中央の密度が上がりすぎて、逆に前進しづらくなる。
その中間を、試合ごと、シーンごとに、選手自身が判断して探っていく。
これは、どのカテゴリーのサッカーにも通じるテーマです。
- 小学生なら、「サイドに立つけれど、ボールからあまり離れすぎない」感覚
- 中高生なら、「相手のサイドバックが迷うポジションに立つ」という意識
- 大人のカテゴリーなら、「相手のライン間や、外と中の“隙間”を突くポジション」を探す作業
こうした考え方を、普段の練習からどこまで言語化して伝え、どこから先を選手の感覚に委ねるのか。 クローゼは「細部の積み重ねと自動化」という表現で、そのバランスに向き合っています。
ビデオとトレーニングの往復運動──「まだ理想には届いていない」


ニュルンベルクのトレーニングでは、練習の様子を撮影し、それをもとにスタッフと選手が確認する作業を繰り返しているといいます。
映像で見ると、自分が「できているつもりだったこと」が、実際にはズレていたり、タイミングが遅れていたりする。 逆に、自分では気づかなかった良いプレーも、客観的に拾い上げることができる。
クローゼは「かなり良くなってきている」としながらも、「まだ自分の理想には届いていない」とも語っています。 ダルムシュタット戦についても、内容面では評価しつつ、「あれだけチャンスがあれば、1点は取らないといけない」と決定力の部分に注文をつけました。
この「満足しきらない視線」は、日本でもよく話題になる「成長するチーム」の条件のひとつです。 結果に一喜一憂しすぎず、かといって淡々としすぎてもいない。 できた部分を認めながら、「次、どこを上げていくか」にフォーカスし続ける姿勢です。
守備の原則も「言葉」で整理する──ボールを見るのか、人を見るのか
ニュルンベルクの課題として、もうひとつ挙げられていたのが、クロスへの対応です。
後ろのポストに逃げられる高いボール。 エルヴァースベルク戦で見られたような、グラウンダーのクロスからの折り返し。 こうした場面で、マークの受け渡しや、スペースの管理がうまくいかないシーンが目立っていました。
ダルムシュタット戦では、その部分にも改善の兆しが見られます。 クローゼは、ひとつの場面を具体的に挙げました。 相手センターバックからのロングボールが、ニュルンベルクの右サイドバック、ティム・ドレクスラーの頭上を越えたシーンです。
ドレクスラーは、その場面で相手選手の動きに意識を奪われ、ボールから目を切ってしまった。 結果として、内側のレーンが空き、そこをルカ・マルザイラーに走り込まれてしまいました。
クローゼが大事にしている守備の原則は、「まずボール、次に味方、最後に相手」という順番。 ボールの位置を起点に、自分の立ち位置を決める。 そのうえで、味方との距離とバランスを整える。 最後に、相手との駆け引きに入る。
日本でも、育成年代からよく議論されるテーマです。 「マークにつく」と言われると、小学生はどうしても“人”ばかり見てしまいます。 しかし、ボールを見失えば、そもそも危険がどこからくるかが分からなくなる。
ダルムシュタット戦の場面では、結果的にボックス内で「3対2」の数的優位を作り、さらにペナルティエリア外の“こぼれ球ゾーン”も2人で抑える形を整えることができました。 ひとりのミスを、チーム全体の原則とカバーリングで補った形です。
この「原則」と「例外」、「個人」と「組織」の行き来を、どこまでチーム全体で共有できるか。 そこに、昇格争いをするクラブと、中位で足踏みするクラブの差が生まれていきます。
ストラスブールとニュルンベルクをつなぐ細い糸
今回のラビ・ンズングラのレンタル移籍には、ひとつ興味深い伏線があります。
ニュルンベルクは、この冬、すでにストラスブールからデンバ・ディオプを迎え、その後に手放しています。 クローゼは、「おそらくストラスブール側から、ンズングラを勧められたのではないか」と推測を示しました。 移籍の細部はスポーツボードに任せつつも、クラブ同士の関係性が背景にあるのではないか、という見方です。
フランスのスポーツ紙によれば、ンズングラにはASサンテティエンヌも関心を持っていたものの、最終的に獲得には動かなかったと報じられています。 そうして開いた扉に、ニュルンベルクが手を伸ばした形です。
20歳のフランス人は、金曜夜のプレウセン・ミュンスター戦で、さっそく新天地デビューを飾る可能性があります。 中央でも、右サイドでもプレーできるそのプロフィールは、クローゼにとって、新たな戦術オプションとなり得ます。
忘れてはならないのは、監督自身が「まだまだ伸びしろだらけの選手」ととらえていることです。
日本のサポーターからすると、「完成していない選手を、シーズン途中にレンタルで獲る意味はあるのか」と感じる人もいるかもしれません。 しかし、ニュルンベルクはあえて「未完成」に賭けました。 これは、短期的な即戦力だけではなく、中長期の成長曲線も見据えた判断だと考えられます。
「未完成」をどう扱うのか──日本サッカーへの問いかけ
クローゼは、ンズングラについて「フィジカルの強さ」「対ボール時の働きぶり」を高く評価しながら、それでも「まだまだ学ぶことは多い」と言います。
この姿勢は、日本にとっても、大きなヒントになるのではないでしょうか。
日本では、プロクラブが新加入選手に対して、「即戦力かどうか」というラベルを貼ってしまうことが少なくありません。 高校や大学を卒業した選手に、すぐに結果を求め、数カ月で評価を決めてしまう。
その一方で、ヨーロッパでは、「未完成」であることを前提にした獲得が多く見られます。 ニュルンベルクのように、2部クラブであっても、
- ポテンシャルのある20歳をレンタルで受け入れる
- その選手が持つ強みを、既存の戦術原則の中に組み込む
- 足りない部分は、練習と試合の両方で成長させていく
というアプローチをとります。
もちろん、日本にも育成型クラブは増えてきました。 若手を積極的に起用し、数年かけて伸ばし、海外へ送り出すモデルも珍しくなくなっています。
しかし、1年から2年のスパンで結果を迫られる現場では、「未完成」と向き合う余裕が失われがちです。 指導者やクラブ、サポーターも、つい「今、何ができるか」だけで選手を測ってしまう。
クローゼのように、「まだ完成していない」と公言しつつ、その選手を「とても興味深い」と歓迎する姿勢。 チーム自体も、「もっと大胆に」「もっと自由に」とプレーメンタルを変えながら、「原則」と「細部の修正」を積み重ねていくプロセス。
そこには、「今の出来」と「将来の姿」を、同じピッチの上で同時に見ようとする視線があります。
ニュルンベルクの更衣室で生まれつつあるもの
クローゼは、最近のチームについて、戦術面だけでなく「雰囲気」にも触れています。
選手同士が互いを鼓舞し合い、ピッチの内外で支え合うようになってきた。 更衣室の空気が良くなり、「ひとつのグループ」としてのまとまりが出てきた。 そうした変化を、「チーム内に小さな高揚感が生まれている」と表現しました。
サッカーでは、こうした目に見えない部分の変化が、プレー選択や判断の速度に、そのまま乗り移ります。 「自分が失敗しても、誰かがカバーしてくれる」と思えるチームでは、チャレンジの数が増える。 「ミスしたら怒られる」と感じているチームでは、どうしても安全な選択が増え、リスクを避ける方向へ流れてしまう。
ニュルンベルクは今、「怖がらずに仕掛ける」というスイッチを、チーム全体で押し始めています。
そして、その流れの中に、ラビ・ンズングラという20歳の「未完成なピース」が加わろうとしています。 彼がどんな表情で、新しいロッカールームのドアを開けたのか。 フランス語のアクセントが残る英語で、どんなふうに自己紹介をしたのか。 そんな想像をすると、「新加入」というニュースの一行に、少し温度が宿ってきます。
あなたなら「未完成」とどう向き合うか
ここまで見てきたように、ニュルンベルクとクローゼが取り組んでいるのは、単なる戦術の修正でも、新加入選手の補強でもありません。
- 攻撃では、「必要なだけ広く、できる限り高く」という原則のもとで、最後のゾーンの質を高めること
- 守備では、「まずボール、次に味方、最後に相手」という優先順位を徹底すること
- メンタル面では、「一つのミスで自分を見失わない」心の強さを養うこと
- チームとしては、「互いを押し上げる高揚感」をロッカールームから育てていくこと
そして、そのすべての上に、「まだ完成していない若い選手」と一緒に歩む覚悟を重ねています。
この姿勢を、日本のサッカーや、私たち自身の日常に重ねてみると、いくつかの問いが浮かんできます。
- 自分や周りの人を、「まだ未完成だから」と切り捨ててしまっていないか
- 今すぐの結果だけで、選手やチームを評価してしまっていないか
- ミスをした仲間を、「次は一緒にどうするか」という視点で支えられているか
ラビ・ンズングラがニュルンベルクでどんな成長曲線を描いていくのか。 クローゼがどこまでチームを変えていくのか。 それを追いかけることは、一つのクラブの物語を超えて、「成長」と「未完成」との付き合い方を考えることにもつながります。
サッカーも人生も、「完成した」と言ってしまった瞬間から、変化のスピードが止まり始めます。
だからこそ、「まだ途中だ」と認められるチームと人は、どこまでも伸びていけるのかもしれません。
完成を急がず、成長の途中を味わえる者だけが、本当に強くなっていく。
