6人から始まった奇跡 アレッシオ・リッシが示した「骨格から作るサッカー」と日本への問い
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わずか6人から始まった奇跡 アレッシオ・リッシと「骨格から作るサッカー」の話

プレシーズンのグラウンドに集まったトップチームの選手は、たった6人だった。 2024-25シーズン開幕前のCDミランデス。 カテゴリーはスペイン2部、当時の名称でリーガ・ハイパーモーション。 予算はリーグで最も低い水準、主力の多くはローンで入れ替わる。 そんなクラブが、あと1点でラ・リーガ昇格というところまで迫った。 そのチームを率いていたのが、現在オサスナの監督を務めるアレッシオ・リッシだ。
24勝10分12敗、68得点。 昇格プレーオフの決勝でレアル・オビエドにわずか1点差で涙を飲んだミランデス。 数字だけ見れば「快進撃」だが、中身を追っていくと、むしろ「積み上げ」の物語だったことが見えてくる。 そこには、「選手が揃わない」「戦力が足りない」と嘆きがちな私たちにとって、多くのヒントが隠れている。
6人でどうチームを作るか? リッシの最初の一手
「真ん中の3+3」から始まったミランデス
リッシがミランデス2024-25で最初にやったことは、華やかな攻撃の組み立てでも、細かいセットプレーのデザインでもなかった。 彼が着手したのは、わずか6人のトップチーム選手を軸にした「中央の骨格作り」だった。
センターバックとボランチ、あるいはボランチとインサイドハーフ。 エリアは違っても、彼が作ろうとしたのは「中央の3人+前後の3人」という、いわば心臓部の構造だった。 そこにユースやBチームの選手を組み合わせ、まずは「誰がどこで責任を負うのか」をはっきりさせていった。
この段階でのポイントは、
- 全員が揃ってから戦術を決めたのではなく、「いる選手」から逆算して型を作ったこと
- サイドの華やかさよりも、中央の安定を優先したこと
という2つだと言える。
日本の育成年代やアマチュアチームでも、シーズン序盤に「選手が来ないから戦術を決められない」と悩む指導者は少なくない。 しかしリッシは、「揃ってから」ではなく、「いるメンバーから」発想した。 ここに、彼のキャリアの歩み方が重なる。
| 観点 | 従来の発想 | リッシ式の発想 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 戦術の出発点 | 全員が揃ってから決める | いる選手の強みから逆算して型を作る | ◎ 環境適応 |
| 守備の位置づけ | 「走ろう・頑張ろう」で片づける | 外側パスルートを消す具体的な整理を優先 | ◎ 構造化 |
| 攻撃設計 | 縦に速い=カウンター一発 | 縦パス後の「第2波」をあらかじめ設計する二重構造 | ○ 柔軟化 |
| 戦力不足時の対応 | 「CFWがいないからクロスはやめる」 | 「いない」ではなく「いる選手の強み」から発想する | ◎ 積極的 |
| チームの成長ペース | 一気に強くなることを目指す | 毎日少しずつ積み上げることを徹底する | △ 地味だが確実 |
| シーズン結果 | — | 24勝10分12敗・68得点・昇格PO決勝進出 | ◎ 証明済み |
ローマからバレンシアへ 「選ぶ側」ではなく「選ばれる側」だった時間
1985年生まれ、ローマ出身のリッシは、現役時代はイタリアの下部リーグでプレーした選手だ。 ラツィオの下部組織ではフィジカルコーチとして仕事を始め、その後スペインに渡る決断をする。
2011年、アトレティコ・マドリードとレバンテの下部組織の指導者ポストに応募し、彼に残された選択肢は次の2つだった。
- アトレティコの8人制チーム
- レバンテのより11人制に近いカテゴリー
最終的に選んだのはレバンテだったが、そこでも最初から恵まれていたわけではない。 ユースのアシスタントをしながら、バレンシアでイタリア食品の貿易という「副業」を続けていた時期もある。 トップの監督ではなく、日々の生活をやりくりしながら、「与えられた環境でどう価値を出すか」を問われる立場だった。
そんな背景を知ると、「6人しかいないチームで骨格から作る」という発想は、単なる戦術の選択ではなく、生き方そのものの延長に見えてくる。
「守備から攻撃へ」ではなく「守備があるから攻撃へ」
- 「中央の3+3」から骨格を作り始める — センターバック・ボランチ・インサイドハーフという中央ラインを最初に固め、「誰がどこで責任を負うか」を明確にしてからサイドや前線の役割を乗せていく
- シーズン序盤は守備の安定を最初の目標にする — 戦力が揃わない時期こそ「0を続ける」ことに集中し、無失点の試合が最低でも勝ち点1をもたらすという事実を選手と共有する。外側のパスルートを消す守備の整理を2パターン用意する
- 「いない選手」ではなく「いる選手の強み」から発想する — 背の高いCBがいなければ足元のうまいCBでビルドアップを変え、ストライカーがいなければ2列目とサイドで点を取るチームを設計する。制約を嘆く前に可能性を見る
まずは「0を続ける」ことから
ミランデスにローン組の選手たちが揃い始めると、リッシは徐々に攻撃のアイデアを増やしていく。 それでも、彼がはっきりと優先順位をつけていたのは「守備」だった。
彼が強調していたのは、おおよそ次のような考え方だったと言える。
- シーズン序盤、戦力が揃わず十分に戦えない時期こそ、守備の安定にこだわる
- 無失点の試合は、最低でも勝ち点1をチームにもたらす
- 守備が安定して初めて、攻撃のバリエーションを足していける
リーガ・ハイパーモーションでは、相手の「外側のパス」を起点に一気にスピードアップしてくるチームが多い。 そこでミランデスは、「サイドに展開される前に潰す」「外に出された後のパスコースを封じる」といった、外側のルートを消す守備の整理を重ねていった。 さらに、状況に応じて2パターンのプレッシング方法を使い分けることで、相手のビルドアップに迷いを生ませた。
日本でも、「ボールを持つサッカー」「主導権を握るサッカー」という言葉が重視される一方で、守備の部分は「走ろう」「頑張ろう」で片づけられてしまうことがある。 リッシのやり方は、そこにもう一度問いを投げかけているように見える。
なぜ守備からなのか。 なぜ、0を続けることがそこまで大事なのか。 それは、戦力が足りないときほど、「偶然ではなく、意図で勝ち点を拾う」必要があるからだろう。
- 「完璧なメンバーが揃うのを待たない」という姿勢を持つ — ミランデスがたった6人から始めたように、今いる仲間と始めたサッカーの方が理想的なメンバー表を待ち続けるより強く・長く心に残ることをリッシは示している
- 試合後に「今日の縦パスの使い方は設計通りだったか」を振り返る — ミランデスの「縦に速い+第2波の二重構造」のように、プレーの意図を意識して試合に臨むと観戦・プレー両方の質が上がる
- 日々の積み上げを信じる力が最大の武器になる — リッシは「日々の取り組みを信じることの大切さ」を繰り返し示した。育成年代の選手にとっても、明確な設計図と毎日の積み重ねがシーズン終盤に結果として現れることを知っておく
「縦に速い」の裏にある、2段階の攻撃設計
ミランデスの攻撃で鍵を握ったのが、ホアキン・パニチェッリ、アルベルト・レイナ、ヨン・ゴロチャテギらの存在だ。 彼らは、それぞれ少しずつ役割の違う「攻撃の起点」として、縦に速いスタイルの中枢を担った。
特に、現在はフランス1部レーシング・ストラスブールに移籍したパニチェッリの使い方は象徴的だった。 ミランデスは、ただ前に蹴って「走らせる」のではなく、パニチェッリにボールを当てたあとに発生する「第2波」をあらかじめ設計していた。
イメージとしては、
- 1段階目:縦パスやロングボールでパニチェッリにボールをつける
- 2段階目:パニチェッリの落としや前進を合図に、2列目・逆サイドが一気に「相手の死角」を突く
という二重構造に近い。 サイドで作って、相手を片側に寄せておきながら、最後は逆サイドや相手の背後の「見えていないスペース」を突く。 そこで顔を出すのがレイナやゴロチャテギ、といった形が多かった。
日本では「縦に速いサッカー」というと、カウンター一発や、シンプルなロングボールをイメージしがちだ。 しかしリッシのミランデスは、「速さ」の中に「段取り」と「準備」があった。 守備の構造を整え、その上に二段構えの攻撃を乗せたからこそ、68ゴールという数字が生まれている。
「足りない」からこそ生まれた発想は、日本サッカーに何を問いかけるか

「ないもの」を数えるか、「あるもの」から始めるか
ミランデスは、リーグでもっとも小さな予算のクラブのひとつだった。 ローン選手中心で、シーズンごとに主力が入れ替わる。 普通に考えれば、「継続性を持つサッカー」を作るには、あまりにも条件が厳しい。
そんな中でリッシが口にしたのは、「今いる選手の強みを見て、そこからチームの土台を作る」という考え方だった。 「このポジションが足りない」「あのタイプがいない」ではなく、「この選手は何が得意か」「誰を軸にすれば周りが生きるか」という順番で発想している。
日本の育成年代でも、こんな声を耳にすることがある。
- 「センターフォワードがいないから、クロスの戦術はやめよう」
- 「ボランチにゲームメーカーがいないから、ビルドアップはシンプルに」
もちろん、現実的な割り切りは必要だ。 しかし、その前に一度、「いない」ではなく「いる」ほうから選手を眺め直すことはできないだろうか。 たとえば、背の高いセンターバックがいない代わりに、足元のうまいセンターバックがいれば、ビルドアップの軸を変えられるかもしれない。 ストライカータイプがいなければ、2列目とサイドで点を取るチームを考えてもいい。
ミランデスが「たった6人」から始まったように、日本でも「たった◯人」から新しいスタイルが生まれる可能性は、どのグラウンドにも転がっている。
「日々を信じる」という、最も地味な武器
リッシは、あのシーズンを振り返るとき、「日々の取り組みを信じることの大切さ」を繰り返し示している。 戦力的に見れば、ミランデスが自動昇格候補と並ぶのは現実的とは言いがたい。 それでも24勝を積み上げ、プレーオフ決勝までたどり着いた背景には、「一気に強くなる」のではなく、「毎日少しずつ積み上げる」ことへの徹底があった。
この「日々を信じる」という感覚は、日本のサッカー文化ともよく響き合う。 練習量や献身性を大切にする日本の現場にとって、それは決して特別な言葉ではない。 ただし、そこに「明確な設計図」が伴っているかどうかで、結果は大きく変わってくる。
リッシは、ラツィオの育成現場からスタートし、レバンテのユース、リザーブ、そしてトップチームと、階段を一段ずつ登ってきた。 レバンテでは、最下位という状況でトップチームを託され、降格の運命と向き合いながらも、最後まで希望を手放さないチームを作った。 契約満了時には、「現場の指揮を執りたい」という想いから、クラブのメソッド部門のポストを断ってまで監督業にこだわった。
「日々を信じる」という言葉の裏には、そうした遠回りにも見える歩みが積み重なっている。 だからこそ、「守備から始める」「あるものから考える」といった、いささか地味にも思える選択にも、強い説得力が宿るのだろう。
オサスナで何が起きるのか そして、日本ではどう生かせるのか
ミランデスからオサスナへ スタイルはどう引き継がれる?
2025年6月、リッシはミランデスを離れ、その数時間後にはラ・リーガのCAオサスナの新監督として発表された。 ミランデスでの仕事が、トップリーグへの扉を開いた形だ。
オサスナは、長く堅実な守備とハードワークを土台に、粘り強いフットボールを見せてきたクラブだ。 そこに、ミランデスで磨かれた「骨格から作る守備」と「縦に速いが、段取りのある攻撃」がどう重なっていくのか。 スペインサッカーを追ううえで、ひとつの注目ポイントになっていくだろう。
一方で、ラ・リーガのクラブともなれば、ミランデス時代よりも「個の質」は確実に上がる。 よりボールを握る時間も増えるかもしれない。 そのとき、リッシはどこまで「これまでの型」を維持し、どこから「新しい引き出し」を見せるのか。 それは、監督としての次のステップが試される場でもある。
日本のグラウンドで試してみたい、3つの問い
リッシとミランデスの物語を、日本のサッカーに重ねると、次のような問いが浮かび上がってくる。
- 自分たちのチームの「3+3の骨格」はどこにあるだろうか
- 「いない選手」ではなく、「いる選手の強み」から戦い方を設計しているだろうか
- 結果が出ない時期にも、「日々の積み上げ」と「守備の安定」を信じ続けられているだろうか
これはプロのクラブだけの話ではない。 中学の部活動でも、地域のクラブでも、小学生のチームでも当てはまる。 最初に集まったメンバーが11人に満たないこともあるだろう。 背の高いセンターバックはいないかもしれないし、点を量産するストライカーがいないかもしれない。
そのとき、 「何もできない」と嘆くのか。 「この6人、この8人、この11人から、どんな骨格を作れるか」と考えるのか。 ミランデス2024-25のシーズンは、その分かれ道の先にある景色を、一度見せてくれたと言える。
あなたなら、どの6人から始めるだろうか
「完璧な条件」は、いつまで経ってもやってこない
戦術本を開けば、たくさんの理想的な配置図が並んでいる。 分析動画を見れば、世界の強豪クラブが、緻密な攻撃と高度な守備を披露している。 けれど、現場に立てば、そんな「理想の条件」が揃うことのほうが珍しい。
選手はケガをし、進学や就職でチームを離れる。 予算や時間には、常に限りがある。 その中で、「それでもチームを強くする」ことが、指導者やキャプテン、そして選手一人ひとりに求められている。
アレッシオ・リッシが教えてくれるのは、華やかな魔法ではない。 むしろ、とても地味で、当たり前に見えることだ。
- 今いる選手の強みを見る
- 真ん中の骨格から整える
- 守備の安定を最初の目標にする
- 日々の取り組みを信じて、少しずつ積み上げる
その積み重ねが、「昇格にあと1点」という現実を引き寄せた。 そして今、オサスナという新しい舞台で、その哲学がどんな形で花開いていくのかが試されようとしている。
あなたがもし、チームを任されているなら、あるいはチームの中で役割を担っているなら、あらためて自分に問いかけてみてほしい。 「自分のチームの『最初の6人』は誰か」 「その6人から、どんなサッカーなら始められるか」
完璧な条件が揃うのを待つより、いま目の前にいる仲間と始めたサッカーの方が、きっと強く、そして長く、心に残っていく。 サッカーに必要なのは、理想的なメンバー表ではなく、「このメンバーで戦う」と決める勇気なのかもしれない。
足りないものを数え終えたとき、サッカーはようやく、前に進み始める。
