イタリア代表ワールドカップ出場危機——変わる世界、揺らぐ特権意識とサッカーの本質
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イタリアのワールドカップ出場危機と「特権意識」をめぐる現実
ワールドカップ予選の度に繰り返されるイタリア代表の悩み深い物語。今回は2位通過でプレーオフ行きが決定し、ノルウェー戦の敗北がそれを決定づけました。「またか」とため息をついたファンは多いことでしょう。しかしその論点の多くが、「仕組み」や「時代の流れ」、はたまた国の衰退や外国人選手の増加など、外的要因に矛先を向けがちなのは、果たして健全と言えるのでしょうか。
「変化するワールドカップ」—発言に見る過去への郷愁
元イタリア代表のジェンナーロ・ガットゥーゾ監督の発言を引用します。
「Ai miei tempi la migliore seconda andava direttamente al Mondiale: nel 1994 c’erano due africane e adesso otto… non aggiungo altro」
「自分の時代は、グループ2位の中で最も成績が良ければ直接出場できた。1994年はアフリカは2カ国だけだったのに、今は8カ国…。これ以上は言わないよ」
確かに、2006年ドイツ大会では欧州の2位2チームも本大会出場を決められた時代でした。しかし、その当時もイタリアはノルウェーなど競争力の高いチームを退けて1位通過。その上、1994年大会もアフリカからは3チーム(カメルーン、モロッコ、ナイジェリア)出場とガットゥーゾ監督の記憶違いも。また、ワールドカップが32チームから48チームへと拡大される中、アフリカやアジア勢への枠拡大が実現しましたが、それは果たして「不公平」なのでしょうか。
| 大陸連盟 | 旧枠(カタール大会) | 新枠(48チーム大会) | 評価 |
|---|---|---|---|
| UEFA(欧州) | 13枠 | 約16枠(全体の約29%) | △ シェア縮小 |
| CAF(アフリカ) | 5枠 | 9枠 | ◎ 拡大 |
| AFC(アジア) | 5枠 | 8枠 | ◎ 拡大 |
| CONCACAF(北中米) | 3枠 | 6枠 | ◎ 拡大 |
| CONMEBOL(南米) | 4.5枠 | 約6枠 | ○ 微増 |
| アフリカの国家数と枠の比率 | 54カ国に5枠(約9%) | 54カ国に9枠(約16.7%) | ○ 是正途上 |
変わるワールドカップ、変わらぬ特権意識
新フォーマットでは、アフリカはカタール大会の5枠から9枠、アジアは5枠から8枠、北中米カリブ海も3枠から6枠へと拡大。一方、欧州(UEFA)のシェアは全体の約1/3にまで縮小します。歴史的には欧州と南米、いわゆる「二大陸」が主役を担ってきましたが、今後はそのバランスが変化します。
しかし、こうした枠の拡大を拒む主張の裏には、「自分たちこそ“ふさわしい”」という特権意識が潜んでいないでしょうか。
「Dovremmo partecipare al Mondiale perché siamo l’Italia.」
「私たちはイタリアだからワールドカップに出る権利がある」
こんな論理は、無意識のうちに「自国優先」「植民地主義的な発想」を再生産しています。
- 試合後の分析で「なぜ負けたか」の原因を必ず内的要因から探す — レフェリー・グラウンド・天気等の外部要因を先に挙げる習慣は成長を止める。「自分たちの準備・判断・連動性のどこに課題があったか」を最初に問う文化を徹底する
- 競争環境が変化したときはルール変更を嘆くのではなく適応策を具体化する — 出場枠や参加国が変わっても、チームとして「今の環境で勝てる準備」に集中させる。イタリアの事例は「条件を受け入れて戦略を立て直す」姿勢の重要性を示している
- 外国人選手・他地域の戦術を「脅威」ではなく「学びの素材」として扱う — グローバル化により多様なプレースタイルが国内リーグに流入することは、自国選手のレベルアップの機会でもある。記事が指摘するように外国人の増加がリーグの水準向上をもたらした面もある
本当に“実力”で選ばれるのか
FIFAランキング上位48チームのうち25は欧州勢——しかし唯一無二の大会で「招待制」の復活などはナンセンス。むしろ、カーボベルデのようなサプライズや、モロッコのような大会史に残る奮闘が起こるのも、門戸を広げるからこその「物語」と言えるはずです。
- カーボベルデやモロッコのような「小国」の活躍をワールドカップで楽しむ — 参加国が増えるほどサプライズが生まれ、新しいスターが発掘される。多様性が増すことでワールドカップ自体がより豊かな祭典になるという視点で観戦する
- 「有名クラブ出身でなくても頂点を目指せる」と子どもに伝える — ガットゥーゾ氏の発言が示すように「自分たちが特別」という意識より「今の実力で何ができるか」を問い続ける姿勢が成長につながる
- 失敗を制度や環境のせいにしない言葉を家庭で使う — 試合に負けたとき「審判が悪い」「相手が反則した」ではなく「次はどうすれば勝てるか」を一緒に考える習慣が、サッカー以外の場面でも生きる
「世界のサッカー」と「ガバナンス」の変遷
拡大の流れは、1970年代FIFAジョアン・アヴェランジェ会長時代、「サッカーの力を新興国にも」という理念と同時に、経済・商業戦略の一環でもありました。現インファンティーノ会長も
「la FIFA non può risolvere i problemi geopolitici, ma può e deve promuovere il calcio nel mondo」
「FIFAは地政学的な課題を解決はできないが、サッカーの普及を世界中で推進すべきだ」
と語る通り、スポーツを通じた“世界の縮図”がワールドカップには見て取れます。
ただ、欧州・南米以外での大会開催(ロシア、カタール、サウジアラビア)は経済大国化や民主主義・人権問題をはらみ、批判も多い。ワールドカップは純粋なサッカーの場であると同時に、政治や歴史の影響を色濃く帯びています。
アフリカの歴史と現在——「Zuffa per l’Africa」と代表枠
19世紀末のスクランブル・フォー・アフリカ(アフリカ分割戦争)を経て、欧州列強はアフリカの国家を“切り分けて”支配してきました。現在のアフリカ諸国の国境や枠組みは、そうした植民地支配の名残とも言えます。
ヨーロッパも44〜50カ国規模ですが、アフリカは54カ国。にも関わらず、ワールドカップ出場枠は長らく5に過ぎませんでした。今回の拡大でやっと、各大陸の「人口」や「国家数」「潜在力」にやや近い配分へと近づきました。これでもまだアフリカは16.7%、アジアは19.6%—UEFAの29%、CONMEBOL(南米)の60%とは大きな開きがあります。
つまり、依然としてアフリカ・アジアから「勝ち抜く」のは欧州より困難です。それでも「多すぎる」と言われてしまう現実。ここに、根深い“自国優先”の伝統を感じずにいられません。
「失敗の本質」はどこにあるのか?——ファンと子どもたちへの問いかけ
イタリアの敗戦や出場危機を、制度や外部変化のせいにする言説をよく耳にします。でも、本当に必要なのは「自分たち自身」の課題を見つめ直すことではないでしょうか。昔は「外国人ばかり使うから…」と批判が起こりましたが、それがリーグの水準向上をもたらした面も否めません。むしろ、グローバルな競争の中で自国育成やリーグ運営のあり方を問い、知恵と工夫で再び頂点を目指す姿勢が、次世代に残すべき”イタリアらしさ”のはずです。
「私たちはイタリアだから」という思考から、誰でも可能性をつかめるサッカーの舞台へ。多様性が増し、サプライズや新たなスターがどんどん生まれるワールドカップは、すべてのサッカーファンに向けた夢の祭典です。そこでこそ、イタリアも”新しい主人公”になれるチャンスがあるはずです。
最後に、サッカーの名言を添えて
「サッカーは最初に自分を見つめ直す勇気を持つ者に、本当の勝利をもたらす。」
—イタリアサッカーが、もう一度輝くために、私たちは何を見つめ直せば良いのでしょうか。次の一歩を、共に考えていきたいと思います。
