ベンチに座る時間は無駄なのか――出場64分のグスタボが教えてくれる「選ばれない時間」の意味
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ベンチに座る時間は、無駄なのか ─ コリチーバのグスタボが投げかける問い

試合に出られない「新戦力」という、もうひとつのドラマ
ブラジル・コリチーバのベンチに、ひとりの23歳のミッドフィルダーが座っている。
名前はグスタボ。
今季1月に補強として加入しながら、シーズンが進むなかで、いまのところ公式戦のプレー時間はわずか64分。
41人もの選手がピッチに立ったこのシーズンで、彼の出場時間はチーム内37番目だという。
デビュー戦はパラナ州選手権のカスカヴェウ戦。
0-0で終わったこの試合で先発のチャンスをつかんだが、その後は準々決勝シアノルチ戦の終盤に少しプレーしただけ。
ブラジル全国選手権が始まってからは、ベンチには入るものの、まだ一度も出場していない。
クラブの説明によれば、ケガではない。
トレーニングには普通に参加し、コンディションにも問題はない。
それでも、監督フェルナンド・セアブラの選択肢の中で、いまはピッチよりベンチを任されている。
新戦力として期待されながら、出場時間がチームで下から数えた方が早い選手。
外から結果や起用を評価するのは簡単だが、この状況の裏側には、どんな思考と選択が重なっているのだろうか。
| 選手 | ポジション | 出場時間 | チーム内順位 |
|---|---|---|---|
| チンガ | 右サイドバック | 606分 | 上位 |
| ジョアキン・ラベガ | 攻撃的MF(ウルグアイ) | 556分 | 上位 |
| ペドロ・ロシャ | フォワード | 551分 | 上位 |
| ウィリアン・オリヴェイラ | ボランチ | (上位グループ) | 上位 |
| ケーノ | サイド | 85分 | 中間 |
| グスタボ | ミッドフィルダー | 64分(※デビュー戦先発後) | 37位(41人中) |
「実績」はあるのに、なぜ出られないのか
グスタボの経歴だけを並べると、「出て当然」にも見える。
ブラジル北東部のクラブ、スポルチでプロデビューしたのは18歳。
2021年にはトップチームで40試合に出場し、ゴールやアシストも記録している。
U-20ブラジル代表にも呼ばれたことがある。
その後、アラブ首長国連邦のシャバブ・アル・アハリに2億円超の移籍金で売却され、27試合4ゴール、2つの国内タイトルを獲得。
アル・イティハド・カルバへのレンタルでも39試合に出場し、さらに2025/26シーズンはセカンドディビジョンのドバイ・ユナイテッドへ。
このクラブの監督は元イタリア代表アンドレア・ピルロだ。
こうして見ると、「試合経験」「タイトル」「移籍金」「代表歴」と、履歴書には魅力的な言葉が並んでいる。
だからこそ、不思議に思う人もいるかもしれない。
なぜ、そんな選手がコリチーバでは64分しか出られていないのか。
なぜ、監督は別の選手を選び続けているのか。
ここで、ひとつ立ち止まってみたい。
「実績」という言葉は、一見わかりやすい基準に見える。
だが、監督がスタメン11人を選ぶとき、その基準は本当にそれだけなのだろうか。
- 起用しない理由を「優先順位の言語化」で説明できるようにする — 「好き嫌いではなく何を優先しているか」を選手に伝えられると、「使われない=評価されていない」という誤解を防ぎ、選手が自分の課題を考えやすくなる
- 出場機会の少ない選手のトレーニング姿勢を見続ける — グスタボは試合に出られなくてもトレーニングに通常通り参加している。そうした選手が投げ出していないことを認め、チームとしてどう活かすかを定期的に問い直す
- シーズン途中での役割変化を選択肢として持っておく — 今は使っていなくても、戦況の変化で必要になる場面が来る。選手の状態とチームのバランスを継続的に観察し、判断を更新し続ける姿勢を持つ
監督が11人を選ぶ、その前にあるもの
コリチーバは今季、多くの補強を行っている。
すでにプレーしている新戦力だけでも、右サイドバックのチンガ、攻撃的なウルグアイ人ジョアキン・ラベガ、経験豊富なフォワードのペドロ・ロシャ、ボランチのウィリアン・オリヴェイラ、サイドのブレノ・ロペスやケーノなどがいる。
彼らの出場時間は、チンガが606分、ラベガ556分、ペドロ・ロシャ551分と続き、ケーノでさえ85分。
その下に、グスタボの64分がある。
新戦力を多く抱えるチームで、監督は誰を、いつ、どう組み合わせるかを常に考え続けている。
たとえば、こんな問いと向き合っているかもしれない。
- どの選手同士を一緒に使うと、チームとして一番安定するか
- リードしているとき、追いかけるとき、それぞれ誰を選ぶか
- 今週のトレーニングで良かったのは誰か、でもそれは一試合を任せられるレベルか
- チーム戦術を固める時期なのか、新しいピースを試す時期なのか
監督のフェルナンド・セアブラにとって、選手起用は「好き嫌い」ではなく、「いま何を優先するか」の選択なのだろう。
守備の安定を優先するのか、攻撃のアイデアを増やすのか。
新戦力に時間を与えてチームとしての上限を上げにいくのか、それともすでに信頼度の高い選手を中心に「勝ち筋」を固定しにいくのか。
ベンチに座るグスタボの64分は、その「優先順位」の結果として生まれている。
ここで、「出られない=評価されていない」と単純に結びつけてしまうと、見えるものが少なくなる。
むしろ、「何を優先したときに、グスタボはまだ選ばれていないのか」と考えてみると、選手起用の景色が変わって見えてくる。
- 「なぜ今、自分が選ばれていないのか」を自分の言葉で考える — 監督が今一番気にしていることは何か、試合に出ている選手との違いはどこにあるか、次のチャンスが来たときに「なぜ自分を選ぶべきか」をプレーで説明できる準備をしているかを自問する
- 「使われない=評価されていない」と単純に結びつけない — 出場機会が少なくても移籍歴・代表歴・タイトル獲得経験を持つグスタボの例が示すように、実績と起用は直結しない。チームが何を優先しているかの文脈の中で自分の立ち位置を読む
- ベンチにいる子どもに保護者がかけられる言葉を考えておく — 「かわいそうな選手」として見るのではなく「いままさに選択を続けている選手」として見る視点が生まれると、子どもへの声かけも変わる。焦らず、その時間に何を積み重ねるかを一緒に考える
出られない選手は、ただの「被害者」なのか
グスタボは、日々のトレーニングには通常通り参加しているという。
それでも、試合では名前を呼ばれない。
選手の立場で想像してみると、この状況は決して軽くない。
海外から戻り、ブラジルの伝統クラブで新たなスタート。
経歴を見れば、「ここで自分を証明したい」という気持ちは強いはずだ。
しかし、週末が来るたびに、ベンチ、あるいは出場なしの現実と向き合うことになる。
このとき、選手にはどんな選択肢があるのだろうか。
- 納得がいかないと感じ、周囲やメディアに不満をにじませる
- 監督の意図を理解しようとせず、「自分はもっとやれるのに」と殻に閉じこもる
- なぜ使われないのか、自分のプレーを見直し、トレーニングで示そうとする
- 今のチームでの役割を受け入れつつ、次にチャンスが来たときの準備を続ける
どれが「正解」かは簡単には言えない。
人間だから、感情の波もある。
ある日は落ち込み、ある日は前を向く。
グスタボが実際にどんな心境で日々を過ごしているかは、本人にしかわからない。
ただ、トレーニングを休まず続けているという事実から、「もういいや」と投げ出していないことだけは伝わってくる。
ベンチに座る時間は、見ている側には「何も起きていない時間」に見える。
けれど当事者にとっては、自分の中の考え方や姿勢が、静かに試されている時間でもある。
日本の選手なら、どう受け止めるだろうか
日本でも、Jリーグの各クラブで似たような状況がある。
新加入なのに試合に出られない選手、移籍してきたばかりでなかなかチームにフィットしない選手。
育成年代でも同じだ。
強豪クラブに移籍したものの、なかなか出場機会を得られない中高生。
セレクションを勝ち抜いて入ったはずなのに、試合ではベンチに座り続ける小学生。
ここで、よく耳にする言葉がある。
「使ってくれない監督が悪い」
「ちゃんと見てくれていない」
たしかに、起用する側に改善の余地があるケースもあるだろう。
説明不足、コミュニケーション不足、選び方の偏り。
ただ一方で、「出してもらえない自分は、この状況をどう受け止めるか」という視点も、同時に持つことができる。
たとえば、こんな問いを、自分に投げかけてみることはできるだろうか。
- 監督がいま一番気にしていることは何だろうか(守備の安定なのか、攻撃の迫力なのか)
- その中で、自分の強みはどこに噛み合っていないのか
- 試合に出ている選手と、自分の違いはどこにあるのか
- 次のチャンスが来たとき、「なぜ自分を選ぶべきか」をプレーで説明できる準備はできているか
この問いは、監督の考えを「当てにいく」ためだけのものではない。
自分のプレーを、自分で言葉にして整理するための作業でもある。
日本の選手や保護者にとって、「出られない状況」は、とてもわかりやすく「不幸な物語」に見えやすい。
だが、グスタボのような例を知ることで、「それでもそこから、何を学べるか」「自分ならどう過ごすか」と考えるきっかけになるかもしれない。
クラブの選択、選手の選択、どちらも「正解待ち」ではない

コリチーバというクラブもまた、選択を迫られている。
12人もの新戦力を加え、ベテランも若手もいる中で、「誰を中心にチームを作るのか」「どのポジションにどんなタイプを置くのか」を決めなければならない。
その中で、「今季を通してグスタボをどう活かすか」という問いも、クラブ側のテーマとして存在しているはずだ。
今は使っていなくても、シーズンの途中で役割が変わる可能性もある。
あるいは、別のクラブに移り、そこで本領を発揮する未来もある。
大事なのは、「いまベンチだから、この選択は失敗だった」と早く決めつけないことかもしれない。
クラブにとっても、選手にとっても、「選んだ後にどう考え続けるか」が問われている。
選ぶ側は、選手の状態やチームのバランスを見ながら、少しずつ判断を更新していく。
選ばれる側は、その判断をただ待つのではなく、自分のプレーや姿勢を通して、監督の考えに働きかけていく。
「正しい起用法」や「完璧な移籍」というものは、おそらく後になってしかわからない。
それでも、今この瞬間にできることを選び続けるしかないのが、プロの世界だ。
もし自分がグスタボだったら、何を選ぶか
ここで、読み手のあなた自身に問いを向けてみたい。
もし自分がグスタボの立場だったら、どうするだろうか。
- トレーニングの態度を変えるか
- プレースタイルを少し変えてでも、監督の求める役割に寄せていくか
- 自分の良さを曲げずに、チャンスが来るまで待つか
- クラブと話し合い、環境を変えることも視野に入れるか
どの選択にも、それぞれの重さがある。
そして、どれを選んでも、「本当にそれでよかったのか」はすぐにはわからない。
育成年代の選手や、その保護者、指導者も、似たような場面に出会うことがある。
試合に出られない子どもを前にして、何を伝えるか。
出場時間の少ない選手を抱える指導者として、どう向き合うか。
そのとき、グスタボの64分を思い出してみると、少しだけ見え方が変わるかもしれない。
「かわいそうな選手」として見るのではなく、「いままさに選択を続けている選手」として見る視点が生まれる。
答えを急がないサッカーの見方
数字だけを見れば、グスタボのコリチーバでの時間は物足りなく映る。
だが、その64分の裏には、監督の選択、クラブの方針、チームメイトとの競争、そして本人の葛藤と準備がある。
サッカーを見るとき、つい「誰が出ているか」「出ていないか」に注目してしまう。
「起用は正しいか」「間違っているか」と、早く結論を出したくもなる。
けれど、そこに至るまでの「なぜ」を少しだけ想像してみると、同じ試合も、同じベンチも、まったく違う物語に見えてくる。
ベンチに座る時間が、意味のない時間なのか。
それとも、自分と向き合い、次の一歩を選ぶための、静かな準備の時間なのか。
その答えは、おそらく誰かが教えてくれるものではない。
ピッチの中でも外でも、自分で選んだ一歩を積み重ねた先に、少しずつ見えてくるものなのだと思う。
サッカーのキャリアも、人生も、いつもピッチに立てるわけではない。
それでも、ベンチから眺める時間をどう過ごすかで、その後の景色は少しずつ変わっていく。
グスタボの64分と、その外側の時間は、そのことを静かに問いかけているのかもしれない。
