データで人を「管理」しないサッカークラブ──アル・フルードのマルチクラブ戦略に見る、人間中心の意思決定
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データでサッカーを「管理」しないという選択 ― アル・フルードとマルチクラブの物語から考える

スタジアムで起きていることと、裏側で起きていること
サウジアラビア・プロリーグの一角、アル・フルードというクラブがある。
リーグで唯一、完全な外国資本によるプライベートクラブ。
オーナーは投資家のベン・ハーバーグ。
スポーティングディレクターはギャレス・ジェニングス。
さらにスペインのカディスへの出資、アフリカに3クラブ。
いわゆる「マルチクラブ・グループ」だ。
スタジアムで見えるのは、90分間のプレーだけかもしれない。
けれど、その裏側では「何を基準に選ぶか」「どうやって決めるか」をめぐる、別のゲームが静かに進んでいる。
ジェニングスは、そのゲームの中心に「データ」を置いている。
ただしそれは、選手を数字で評価して終わるような話ではない。
彼の言葉をたどると、むしろ「人をどう信じるか」「どうすれば納得してもらえるか」という、人間くさいテーマに行き着く。
もし自分が選手だったら。
もし自分が指導者だったら。
その「データとの距離感」をどう選ぶだろうか。
| 観点 | 従来型データ活用 | アル・フルード方式 | 評価 |
|---|---|---|---|
| データの位置づけ | 意思決定の補助ツール | カルチャー・行動様式として全体に浸透 | ◎ |
| 評価対象 | 選手のパフォーマンス数値中心 | 選手の伸び・監督の育成効果・クラブ戦略まで対象 | ◎ |
| トップの関与 | 経営層は感覚で判断することが多い | オーナーとの会議にもダッシュボードで根拠を共有 | ○ |
| 監督選定基準 | 実績・勝率・知名度 | 選手がどれだけパフォーマンスを伸ばしたかをデータで検証 | ◎ |
| ゲームモデルの共有 | 監督の頭の中にある暗黙知 | 文書化し指標を紐づけ定期的に試合データで検証 | ○ |
| 選手への説明 | なんとなく決まる印象 | なぜ選ばれたか・どのデータが強みかを選手本人に説明 | △ |
データは「道具」ではなく「ふるまい」なのか
ジェニングスは、データについて「ツールではなく、カルチャーであり行動様式だ」と説明している。
選手の獲得、育成、パフォーマンスの判断、クラブ運営の構造づくり、スタッフとの信頼関係。
そのすべてにデータを通わせようとしている。
ここで興味深いのは、「どの選手が何キロ走ったか」「シュートが何本か」といった数字自体よりも、「その数字をどう扱うか」のほうに、彼が強くこだわっている点だ。
クラブとして掲げる価値観は、野心的であること、革新的であること、信頼できること、協働的であること、人を中心に考えること。
これらを「かっこいいスローガン」で終わらせず、日々の行動に落とし込むために、データを使っている。
たとえば、こんな問いを立てている。
- 目標は現実的かどうか、数字で説明できるか
- 判断の根拠を、あとから誰に聞かれても示せるか
- パフォーマンスが上がった・下がった理由を、感覚ではなく事実からたどれるか
- 選手やスタッフの将来の成長に必要なスキルを、予測して準備できるか
ここにあるのは、「データで人をコントロールする」という発想ではなく、「データを使って、お互いの納得感を高めていく」という考え方だ。
日本の育成年代では「数字に縛られたくない」という声もよく聞く。
一方で「なんとなく出場時間が減った」「評価の基準がわからない」ことへのモヤモヤも、少なくない。
その間に横たわるのは、「数字がある/ない」ではなく、「根拠を共有するか/しないか」の問題なのかもしれない。
- ゲームモデルを一枚の紙にまとめて全員の言葉にする — 「うちのスタイル」を監督の頭の中だけに置かず、コーチ・選手全員が語れる言葉に落とし、データや試合現象で定期的に検証する
- 選手に「なぜこのポジションか」を論理的に説明する — 出場時間・ポジション変更の根拠をデータや観察事実で伝えることで、「なんとなく」によるモヤモヤを減らし選手の主体性を高める
- 自分自身のコーチング効果をデータで問い直す — 自分のもとでプレーした選手のどの指標が伸び、どこが伸ばせていないかを定期的に確認する習慣を持つ
トップが「データを使われる側」になる意味
ジェニングスが繰り返し強調しているのが、「リーダーこそデータにさらされるべきだ」という姿勢だ。
彼はオーナーとの会議に、感覚だけで臨むことはないという。
必ず、データを基にした根拠を持って行く。
選手獲得の判断、スカッドのコストモデル、選手の評価や移籍のリスク、ケガの傾向や出場可能性。
それらを、経営陣と共有するための「エグゼクティブ・ダッシュボード」まで用意している。
興味深いのは、「現場にはデータを求めるが、トップは感覚で決める」という構図を避けようとしていることだ。
もしクラブの上層部が、「データなんて現場がやっておけばいい」と考えていたらどうなるか。
- データで選手を評価しているのに、補強は好みで決まる
- ケガのリスクが高いと出ていても、雰囲気で起用が続く
- 育成方針と補強戦略が、数字の上では矛盾していても、誰も指摘しない
こうしたズレは、選手にとっても、指導者にとっても、じわじわと不信感を生む。
ジェニングスは、その連鎖を断つために、「上も下も同じようにデータを使う」状態をつくろうとしている。
もし自分が監督だったら。
もし自分がクラブスタッフだったら。
自分だけが数字で細かく評価されていて、上にいる人たちは「雰囲気」で判断していると感じたら、どんな気持ちになるだろう。
- 自分の強みをデータで把握する意識を持つ — 走行距離・シュート数・パス成功率などの数字を「責められるための材料」ではなく「自分の得意を確認するもの」として活用する視点を持つ
- 出場時間の変化に「なぜ?」を問いかける — 急に出場が減ったとき、指導者に「自分のどこを改善すれば良いか」を聞くことは選手の権利であり成長の入口でもある
- クラブの方針とデータ活用のバランスを観察する — クラブが選手をどんな根拠で評価しているかを親子で話し合うことで、サッカーを単なる結果ではなく判断の積み重ねとして見る目が育つ
監督選びすら「プレーの伸び」で見るという選択
アル・フルードの監督は、デズ・バッキンガム。
シティ・フットボールグループでの経験、オーストラリアやインドでの成功。
直近ではオックスフォード・ユナイテッドをイングランド2部に昇格させた指揮官だ。
彼を選ぶときにも、アル・フルードはデータを使っている。
勝率だけではない。
「彼のもとでプレーした選手たちが、どれくらいパフォーマンスを伸ばしているか」を、外部のパフォーマンスパートナーとともに検証している。
そこで見えてきたのは、「バッキンガムのもとでプレーした多くの選手に、データ上の明確な成長が見られた」という傾向だった。
これは、「どの監督が勝たせてくれるか」だけではなく、「どの監督が選手を伸ばしてくれるか」を重視した選び方と言える。
彼らのビジネスモデルは、いわゆる「アンダーバリューの選手を見つけ、育てて、価値を上げて売る」ことだ。
そこでは「選手がどれだけ伸びるか」が、クラブの将来を左右する。
だからこそ、「選手の伸び」を数字で追いかけ、その上で監督を選ぶ。
日本では、監督の評価が「結果」や「実績の肩書き」に寄りがちな面もある。
けれど、もし自分が選手だったら、「この監督のもとで、自分はどれくらい成長できそうか」という視点も、どこかで持っておきたい。
そして指導者の側も、「自分のサッカーで、選手たちのどの指標が伸びているのか」「逆に、どの部分は伸ばせていないのか」を見つめ直す材料として、データを活かすことができるかもしれない。
「アンダーバリューの才能」をどう見つけ、どう伝えるか
マルチクラブ・グループとしての彼らの大きなテーマは、「アンダーバリューの才能を見つけること」だ。
サウジ、スペイン、アフリカ。
リーグのレベルも、文化も、経済状況も違う。
その中で、データを共通言語にして、才能の「掘り出し」をしていく。
そこでは、次のようなプロセスがとられている。
- グループ全体で共通のゲームモデルを定義する
- ポジションごとに、求める役割と指標を細かく設定する
- プレーデータ、フィジカルデータに加え、キャラクターのプロファイルも重ねて見る
- それらを一元管理できるシステムに落とし込み、クラブ間で共有する
ここで大事なのは、「見つける」ことだけで終わらせない点だ。
ジェニングスは、「選手やスタッフが、自分がなぜ選ばれたのかを理解できるようにしたい」と話している。
自分がどのデータにおいて強みを持ち、どの点がゲームモデルとフィットしているのか。
今はどの段階にいて、どのリーグやクラブへのステップが現実的なのか。
その道筋を、データで示そうとしている。
もし育成年代の選手が、「なぜ自分はこのポジションなのか」「なぜ最近出場時間が増えたのか」「なぜ別のクラブから声がかかっているのか」を、論理的に説明してもらえたら、どうだろう。
もちろん、すべてを数字で割り切ることはできない。
しかし、少なくとも「なんとなく」ではなく、「こういう理由があって、こういう可能性が見えている」と伝えられることは、その選手にとって大きな安心にもなる。
「一枚の紙」から始まるゲームモデル
アル・フルードでは、スタッフのオンボーディング(受け入れ)プロセスの中で、「ほぼ白紙の状態からゲームモデルを共有する」ことをしているという。
スポーティングディレクターのジェニングスと、クラブのテクニカルディレクターであるアレックス・ガルシアが中心になって、クラブとしてのプレーモデルを文書化した。
そして、その一つひとつの要素に、データの指標を紐づけていった。
ただトップダウンで決めるのではなく、現場のコーチやパフォーマンススタッフにも意見を求める。
リーグの特性、選手のタイプ、売却先として想定するマーケット。
それらを踏まえながら、「ここだけはグループとして譲れない」と「ここはリーグの文脈に合わせて柔軟に変えるべきだ」を分けていく。
そして、ある一定期間ごとに、「ゲームモデルに沿ったプレーができているか」を、実際の試合データで検証する時間を設ける。
このプロセスは、単に「戦術の言語化」をしているだけではない。
スタッフ一人ひとりに、「自分の考えがモデルに反映されている」という感覚を持ってもらう試みでもある。
日本でも、多くのクラブやチームで「うちのスタイル」が語られる。
ただ、そのスタイルが「監督の頭の中」にだけある場合と、「チーム全員の言葉になっていて、かつ数字でも確認できる」場合では、日々のトレーニングの質や、選手の主体性が変わってくるかもしれない。
もし自分のチームで、ゲームモデルを一枚の紙にまとめるとしたら、何から書くだろうか。
そして、その一つひとつを、どんなデータや現象で確かめていくだろうか。
「人間を中心にしたデータ」という違和感のような言葉

ジェニングスたちが掲げる価値観の一つに、「人間中心(ヒューマンセントリック)」がある。
データの話をしているのに、あえて「人間」を前に置いている。
彼らが気にしているのは、「数字が一人歩きして、人のストーリーを消してしまう」ことだ。
だから、こんな問いを繰り返している。
- データによって、その人の成長のきっかけをつくれているか
- パフォーマンスが落ちているとき、責めるためではなく、支えるために使えているか
- 将来必要になるスキルを予測し、その準備のために時間を使えているか
数字は、見ようと思えば、どんな解釈にも使えてしまう。
「この選手は走っていない」と断じることもできるし、「この選手は効率よくポジションを取っている」と評価することもできる。
だからこそ、最初に問われるのは、「何のために数字を見るのか」という目的なのだろう。
もし日本の育成年代で、「データを導入するかどうか」という議論をするのであれば、「どのアプリを入れるか」より先に、「それを選手の成長のためにどう使うか」を、時間をかけて話し合う必要があるのかもしれない。
日本のサッカーで、この物語をどう受け取るか
サウジのプロリーグ、スペインのラ・リーガ、アフリカのクラブ。
マルチクラブ・グループ、投資家、ビッグデータ。
この物語は、一見すると、日本の多くのクラブや育成現場とは遠い世界の話に見える。
けれど、そこに流れている問いは、意外なほど身近だ。
- なぜ、この選手を選ぶのか
- なぜ、このポジションに配置するのか
- なぜ、このトレーニングに時間をかけるのか
- なぜ、この監督やコーチと一緒に戦うのか
ジェニングスたちは、その「なぜ」に対して、データという形で根拠を積み重ねようとしている。
日本では、同じ問いに対して、「経験」や「空気」や「関係性」が大きな役割を果たしてきた。
どちらが正しい、という話ではない。
むしろ大事なのは、「自分たちは、どんな根拠でサッカーを選んでいるのか」を、一度立ち止まって見直してみることかもしれない。
もしデータを導入するなら、「選手が自分の成長を自分で確かめられる材料」として。
もしあえて数字を使わないなら、「ではどうやって選手に納得してもらうのか」を、丁寧に考える必要がある。
「正解」を急がないための、もう一つのツールとして
アル・フルードは、クラブの拠点を移転し、新しいキャンパスに「イノベーションハブ」をつくろうとしている。
そこでは、今後の技術やデータの活用方法を、さらに探究していく計画だ。
ただ、その姿勢をたどっていくと、「データで早く正解を出したい」という焦りよりも、「データを使って、考え続ける文化をつくりたい」という意図が見えてくる。
選手を一人獲るにも、監督を一人迎えるにも、トレーニングメニューを一つ変えるにも。
そのたびに、「別の選択肢はなかったか」「本当にそうするべきか」と自問する。
データは、その問いを深めるための、もう一つの視点に過ぎない。
日本のサッカーにとっても、データはきっと、「答えを教えてくれる存在」ではなく、「問いを増やしてくれる存在」としてあった方がいいのかもしれない。
なぜ、このプレーを選んだのか。
なぜ、この選手を起用したのか。
なぜ、このクラブでサッカーを続けるのか。
その一つひとつに、すぐ答えを出さなくていい。
ただ、少しだけ立ち止まり、「自分ならどう考えるか」と向き合う時間を持つ。
そのとき、数字は、心強い味方にもなりうるし、まったく別の道を選ぶための、静かな比較対象にもなる。
サッカーの現場で流れていく膨大な情報の中から、自分なりの根拠を選び取る力。
それは、どんなリーグでも、どんな年代でも、変わらず求められる「もう一つの技術」なのかもしれない。