「弱く見えるユベントス」を前に、ブッフォンが貫いた“結果だけで終わらせない”視点
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「弱く見えるユベントス」を前に、ブッフォンが手放さなかったもの

「かわいそうなユベントス」というメッセージ
ユベントス対コモの試合中、ジャンルイジ・ブッフォンのスマートフォンに一通のメッセージが届きます。
送ってきたのは、ブッフォンが深く信頼している「サッカーの人」。
メッセージには、こんな思いが込められていたといいます。
「今のユベントスを見ていると、なんだか切なくなる」
長くユベントスのキャプテンとしてピッチに立ち続けたブッフォンだからこそ、その言葉にはすぐに共感できたはずです。
実際、彼も「今日の姿だけを見れば、そう感じてもおかしくない」と認めています。
けれど、そこで会話は終わりませんでした。
ブッフォンは続けて、ほんの「7日前」の試合のことを持ち出します。
インテルとのサンシーロでの一戦、10人になりながらも最後の最後まで互角に渡り合い、92分に失点して敗れた試合です。
同じチームが、わずか1週間で「誇らしいユベントス」から「切なくなるユベントス」に変わってしまったように見える。
このギャップを、ブッフォンは「フットボールは本当に、論理では捉えきれない」と表現しています。
この「論理では捉えきれないもの」とどう向き合うのか。
そこに、選手として、指導者として、そして応援する側としての「考える余地」が生まれます。
| 観点 | 結果だけで見た場合 | 内容・文脈を見た場合 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 不調期のチーム像 | 「弱くなった・かわいそう」と断定 | 疲労・連戦・相手コンディションで整理 | ◎ 内容評価が有効 |
| 失点の要因分析 | 「守備がダメ」で終わり | 「半チャンス1本で失点」と機会数で分解 | ◎ 内容評価が有効 |
| 監督続投判断 | 最近の結果だけで即判断 | 就任後の変化・スタイル定着度を見る | ○ 複合評価が必要 |
| 選手への言葉かけ | 「3点取られたからダメ」で完結 | 「今日のチャレンジ数は増えた」を同時に示す | ◎ 内容評価が有効 |
| 運の要素の扱い | 「ツイていなかった」で免責 | 「どこまでが運でどこが改善可能か」を切り分け | △ 要注意 |
結果だけを見れば「不調」、中身をたどれば「別の顔」
ブッフォンは、このところのユベントスの結果を隠そうとはしません。
ガラタサライ戦の大敗、コモ戦の黒星、その前にも勝ちきれなかった試合が続いています。
ただ彼は、その一つひとつを「何が起きていたのか」という視点でほどいていきます。
レッチェ戦では、相手のシュートはわずか1本。
ユベントスはゴールに迫り続け、多くのチャンスとPKも得ながら、結果は1-1。
カリアリ戦では、相手の「半チャンス」ともいえる少ない機会から失点し、自分たちの攻撃は決定的なところまで行ききれずに敗戦。
ガラタサライとのイスタンブールでの一戦では、後半に「心と体のエネルギー」が切れてしまい、そこから大量失点。
その疲れを引きずったまま、エネルギーの高いコモとぶつかったことで、さらに苦しい内容になってしまった。
ブッフォンはそう整理しています。
こうして聞くと、ひとつの「不調」というラベルでは語りきれない流れが見えてきます。
逆に言えば、「負けた」「勝てない」という結果だけを見てしまうと、チームの中身を見失ってしまう危険もある、ということです。
ここで立ち止まりたくなる問いがあります。
もし自分が選手だったら。
もし自分が指導者だったら。
もし自分が保護者として、子どもの試合を見ていたら。
「勝てなかった」という事実だけで、その日やその期間の取り組みを評価してしまっていないか。
それとも、どんな崩れ方をしたのか、どこまでやれていたのか、何が足りなかったのかを、もう一段深く見ようとしているか。
- 試合後レビューで「今日の内容指標」を1つ挙げる — ゴール数だけでなくビルドアップ成功回数・奪回件数など内容の数値を1つ示し、結果とは別の成長軸を選手に見せる
- 「ツイていなかった場面」と「改善できた場面」を必ず区別する — GKに当たって入らなかったシュートと完全にポジションを外したシュートは別に扱い、何が自分たちのコントロール外かを整理して伝える
- 移行期には「変化の証拠」を映像で1シーン示す — 新戦術導入直後は結果が出にくい。前節と比べた改善点を具体的に見せることで、選手が「方向性は合っている」と感じられる環境を作る
ルチアーノ・スパレッティのユベントスに見えた「変化」
ブッフォンは、この数試合の失望と同時に、スパレッティ監督のもとでの変化にも触れています。
「長い間見られなかったような、相手を襲いかかるような激しさ」
「ボールを持っても持たれても、試合を支配しようとする姿勢」
「レベルの高い、意図のある攻撃の組み立て」
そういった要素が、今のユベントスにははっきりと感じられると語ります。
結果だけを並べれば、「スパレッティになったのに勝てていない」と切り捨てることもできます。
でもブッフォンは、あえて別の問いを立てています。
「スパレッティが来てからのユベントスの歩みを、少し冷静に見直してみよう」
これも一つの「見方の選択」です。
同じ試合、同じスコアを見ていても、「何を基準に見るか」で見えてくる風景は変わります。
日本の育成年代の現場でも、似たような場面は少なくありません。
例えば、
- 結果は0-3の完敗
- でも、前回は自陣からつなぐことに一度も成功しなかったチームが、今回は何度も前進できた
- 守備では、全員が戻るだけで終わっていたところから、ボールを奪い返す形が少しずつ共有されてきた
そんな試合のあと、選手に何を伝えるか。
「3点取られたんだからダメだ」で話を終わらせるのか。
「3点取られたけれど、今日はこういうチャレンジが増えた」と、次の一歩につながる材料を一緒に探すのか。
ブッフォンが語るユベントスの「中身」に目を向ける視点は、プロと育成、イタリアと日本という違いを超えて、どの現場にも関係してくるように思えます。
- 試合後に「今日うまくいった場面」を1つ言葉にする — 負けた試合でも前回できなかったプレーが1回でもできていれば成長の証拠。親子でその場面を話す時間を作ると次の試合への意欲が変わる
- 「運が悪かった」は言ってよいが、そこで止めない — ゴールポストや判定など運の要素を認めたうえで「次に自分で変えられることは何か」を1つ付け加えることが習慣化のポイント
- 好調・不調の「流れ」を3試合単位で見る — 1試合の結果ではなく3試合〜1ヶ月の傾向でチームや自分の状態を見ると、焦りが減り次の取り組みが落ち着いて選べる
「ついていない」の一言で片づけないために
ブッフォンは、最近のユベントスを「少しツイていなかった」と表現しています。
枠内シュート1本の相手に引き分けられたり、ほとんどチャンスを与えていない試合で敗れたり。
サッカーには、どうしても「運」の要素があります。
ゴールポストに当たるか、数センチ内側に入るか。
審判の判定がどう出るか。
同じプレーでも、天候やピッチ状態、相手のコンディションによって結果は変わります。
ただ、「ツイていなかった」の一言で終わらせてしまうと、そこから先の成長が止まってしまいます。
かといって、すべてを「実力不足だ」と断じてしまうのも、また違う窮屈さがあります。
その間にある、少し面倒で、少し時間のかかる作業。
- どこまでが「運」の範囲だったのか
- どこからが「自分たちでコントロールできたはずの領域」なのか
これを考え続けることが、選手にも、指導者にも、チームにも求められているのではないでしょうか。
自分が試合に出ている立場なら、
- 相手の1本目のシュートを打たれる前に、わずかでもファウルで止める選択はなかったか
- 決定機のシーンで、シュートではなく、フリーの味方へのパスという選択肢は見えなかったか
自分がベンチにいる指導者なら、
- 「ツイていない」と感じる展開の中でも、試合中に変えられるポイントはなかったか
- 選手の疲労を見抜き、交代や戦い方の微調整で流れを変えられなかったか
保護者として見ている立場なら、
- 「運が悪かったね」で終わらせず、「次はどこを工夫できるかな」と問いかけることはできるか
ブッフォンの「ツイていなかった」という言葉は、甘やかしではなく、その裏にある具体的な要因を一つずつ並べたうえで出てきたものです。
だからこそ、その一言が「言い訳」ではなく、「現実を踏まえた整理」として響いてきます。
続投か、交代か。「答えを急がない」判断の仕方
今のユベントスにとって、スパレッティの「続投か、交代か」というテーマは、当然大きな焦点になります。
ブッフォンも、その質問を投げかけられています。
ただ彼は、自分の考えをストレートに言うことを避けました。
その理由として、クラブをよく知るキエッリーニをはじめ、オットリーニ、コモッリ、モデストといった複数のフットボールディレクターたちの存在を挙げます。
「彼らはユベントスを知っていて、サッカーを知っているから、きっと最善の選択を考えるだろう」
そういう信頼をにじませつつ、自分が軽々しく「こうすべきだ」とは言わなかったのです。
周囲が「残すべきだ」「いや変えるべきだ」と感情的になりやすいタイミングで、「すぐに答えを出さない」という選択をしたとも言えます。
答えを保留することは、優柔不断とは違います。
時間をかけて状況を整理し、関わる人たちの視点を踏まえながら、決断のタイミングを見極めることでもあります。
日本のクラブや学校チームでも、監督やコーチの続投、ポジションの入れ替え、キャプテンの任命など、「すぐに決めてほしい」と周りからせかされる場面は少なくありません。
でも、本当に大事な決断ほど、
- 短期的な結果に引っ張られすぎないこと
- 「今見えているもの」と「見えていないもの」の両方を意識すること
- 複数の視点から、同じ出来事を照らしてみること
が必要になります。
ブッフォンがスパレッティの去就について答えを急がなかった姿勢は、「何を基準に判断するか」を問い直す一つのヒントにも見えます。
「かわいそう」と「誇らしい」のあいだで、何を見るか

ユベントスを見て「切なくなる」とメッセージを送った人。
同じチームの「7日前の姿」を思い出しながら、「冷静さが必要だ」と返したブッフォン。
このやりとりは、そのままサッカーを見つめる私たち自身の姿にも重ねられます。
連敗しているチームを見て、「弱くなった」「かわいそう」と感じる自分。
最後まで諦めずに戦っている姿に、「まだここから変われる」と感じる自分。
その間を行き来しながら、「いま何を見ようとするか」が、見る側にも問われているように思えます。
日本のサッカーでも、
- ワールドカップ予選での一試合
- Jリーグの終盤戦
- 高校選手権の一発勝負
そうした舞台での結果が注目されがちです。
もちろん、その重みは決して小さくありません。
けれど、そこで負けたチームや、うまくいかなかった選手を前にして、「弱い」「足りない」と言い切ってしまう前に、できることが一つあります。
「このチームは、どんな選択をしながら、この試合にたどり着いたのか」
「この選手は、何を信じてプレーしようとしていたのか」
そう問いかけてみることです。
ブッフォンが、ユベントスのここ数試合を「流れ」として語ったように、一つの結果の裏には、無数の選択と、そのたびの迷いや葛藤があります。
もし、自分のチームだったら
ここまで読んできたところで、少しだけ自分に引き寄せて考えてみたくなります。
もし、あなたが今所属しているチームが、ユベントスのように、
- 内容は良いと言われながら勝ちきれない試合が続いている
- ある試合では、エネルギー切れから大敗してしまった
そんな状況にあるとしたら。
選手として、どんなふうにこの現実を受け止めるでしょうか。
指導者として、何を変え、何を信じて続けようとするでしょうか。
保護者として、子どもにどんな言葉をかけるでしょうか。
「頑張ったけど負けたね」で終わらせるのか。
「運が悪かった」で片づけるのか。
それとも、「今日はどこまで自分たちのスタイルに挑戦できたかな」と、一緒にほどいていくのか。
どの選択も、きっと間違いではありません。
ただ、そのとき自分がどんな「見方」を選ぶのかは、その後の何週間、何カ月、何年にも影響していきます。
答えの出ない時間を、どう生きるか
ユベントスの現状には、はっきりした「答え」はまだありません。
スパレッティのもとで、ここから浮上していくのか。
別の監督のもとで、新しいスタートを切るのか。
ブッフォン自身が言うように、最終的な判断はクラブの内部で下されていくことでしょう。
でも、今まさにその「答えの出ない時間」を過ごしているからこそ、見えてくるものがあります。
- 一時的な不運に揺さぶられながらも、自分たちのスタイルをどこまで信じられるか
- 疲労や連戦の中で、どの試合にどのエネルギーを注ぐかという、目に見えないマネジメント
- 外からの批判や不安の声が大きくなる中で、自分たちの内側の声をどう守るか
それは、プロの世界だけの話ではありません。
大学受験の前のシーズン、進路が決まらないまま戦う高校3年生。
カテゴリ昇格を目指しながら、なかなか結果が出ない育成年代のクラブ。
勝ち負けだけでは測れない時間を、どう過ごすか。
ブッフォンが示したのは、「今の姿だけで判断しない」「流れ全体を見る」という、一見当たり前でいて、実はとても難しい態度でした。
最後に残る問い
ユベントス対コモの試合中に届いた一本のメッセージから始まった、ブッフォンの言葉。
そこには、勝者としての誇りだけではなく、うまくいかない時間を何度もくぐってきた人間の視点がにじんでいます。
「今、この瞬間だけを切り取って、誰かを評価していないか」
「結果が揺らいだとき、自分は何を手放さずにいられるか」
「答えの見えない時間に、どんな問いを自分に投げかけるか」
サッカーはときに、論理を飛び越えてしまうスポーツです。
だからこそ、そこに関わる人の「考え方」や「選び方」が、ほんの少しずつ、結果の揺らぎを越えて積み重なっていくのかもしれません。
あなたが次に試合を観るとき、あるいは自分でプレーするとき。
スコアボードに目をやる前に、一度だけ立ち止まってみるとしたら、どんな問いを自分に投げかけるでしょうか。
その問いの中にこそ、サッカーと長く付き合っていくための、自分なりの答えが隠れているのかもしれません。
