守るだけでは終わらない“揺れる守備”。ダヴィデ・ニコラ率いるクレモネーゼに学ぶ、選ぶ勇気と手放す勇気
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「守るだけの5バック」では終わらない。ダヴィデ・ニコラのクレモネーゼに見る、選ぶ勇気と手放す勇気

3バックか5バックか。その線の上で揺れ続ける90分
インテル戦のクレモネーゼを見ていると、画面の中でシステムが何度も「揺れ」ます。
ベースは3バックの1-3-4-1-2。 しかしボールを失えば、外側のフロリアーニとペッツェッラが一気に下がり、あっという間に1-5-3-2に変わる。
インテルのビルドアップに対して前から出るときは、1-5-2-3にも見える。 引いてブロックを固める時間帯では、1-5-4-1でエリア前に人を並べる。
一見すると、「守備的なチーム」「格上相手に引いて耐えるチーム」といったラベルを貼りたくなるかもしれません。 ただ、90分を通して眺めてみると、そこには単純な「守る・守らない」を超えた、ひとつの問いが浮かび上がってきます。
今この瞬間、自分たちは何を捨てて、何を守ろうとしているのか。
| 局面 | システム | ウイングバックの役割 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 自陣守備・ブロック | 1-5-4-1 | ラインに落ちてDF化 | ◎ 安定 |
| 相手ビルドアップへの前プレス | 1-5-2-3 | 高い位置で幅確保 | ○ 柔軟 |
| ボール保持・攻撃 | 1-3-4-1-2 | ウイングバックとして前進 | ◎ 積極 |
| ボールロスト直後 | 1-5-3-2へ即移行 | 一気に帰陣してラインを形成 | △ 切り替え依存 |
| バスケスを使った崩し | 1-3-4-1-2 | 三角形形成でサイド突破 | ◎ 創造性 |
「奇跡の残留請負人」の次のフェーズ
ダヴィデ・ニコラという監督には、すでに強烈なイメージがあります。 クロトーネ、トリノ、サレルニターナ、ジェノア、エンポリ…。 シーズン途中に就任し、絶望的な状況から残留へ導いてきた経験。
昨季はカリアリを1年通して率い、落ち着いた形で残留をつかんだ。 そして今季、シーズン頭からクレモネーゼを託され、またひとつ別のチャレンジに向かっています。
「降格圏からの奇跡」ではなく、「1シーズンを通して積み上げる」。 そのとき、彼はどんなサッカーを選ぶのか。 この問いへの答えが、今のクレモネーゼの中に少しずつ表れています。
- 選手の特徴から逆算してビルドアップを設計する — 守備的CBにショートパスを強要せず、得意なロングボール+速い前進を選択肢として持たせる
- 特定の選手に「型を外れる権利」を意図的に与える — チーム全体に均一な型を求めるのではなく、一人だけリスクを取りにいく役割を明示して責任も渡す
- ウイングバックには「走れ」だけでなく「いつ戻るか」を判断できる状況判断の基準を教える — 上下動の量ではなく、タイミングの自己決定を評価軸に置く
あえて「持たない」選択をする意味
インテル戦で、クレモネーゼはボールを長く握れませんでした。 主導権はほとんどインテル側にあります。
それでも、ニコラは無理に「ボールを持つサッカー」に寄せようとはしていません。 ビルドアップでは、次のような選択が目立ちます。
- 3バック+ボランチでの「3+2」「5+1」構造で、リスクを抑えた組み立て
- プレッシャーが強い場面では、シルヴェストリからサナブリアへロングボール
- 2列目のバスケスを経由して「中→外」へ素早く展開し、ウイングバックを走らせる
ディフェンスラインには、バスキロット、チェッケリーニ、ビアンケッティといった、守備に優れた選手が並びます。 彼らは前に強く、1対1のデュエルを恐れませんが、ビルドアップの質ではリーグ上位のCBたちに一歩譲ります。
そこでニコラが選んだのは、 「ビルドアップの質を無理に高めようとする」のではなく、 「自分たちが得意な形からいかに早く前進するか」を徹底することでした。
日本の育成年代でよく起きる場面と重ねてみると、少し違った見え方をしてきます。
・自陣から絶対にショートパスでつながなければいけないのか。 ・それとも、今いる選手たちの特徴を活かしながら、別の前進方法を選ぶのか。
「ボールを持つサッカー」が良いか悪いかではなく、 「自分たちにとって、今どんなリスクなら受け入れられるのか」。 そのジャッジを、ニコラは1試合ごと、相手ごとに続けているように見えます。
- 守備に見えるプレーの中にも「選択」がある — 5バックで引いているように見えても、そこには「今ここで守ることを選んだ意図」がある。観戦時はなぜその陣形なのかを考えてみよう
- ポジションを上下動する選手は「頭を使い続けている」 — クレモネーゼのウイングバックは走り続けながら、毎秒「残るか戻るか」を判断している。体力だけの問題ではない
- チームに一人だけ「自由な役割」を持つ選手がいる理由を考えよう — バスケスだけが特別な動き方をしている。その自由には責任が伴うことも、試合を見ながら親子で語り合ってみよう
バスケスに託された「考える自由」
クレモネーゼの攻撃で中心にいるのは、背番号20のバスケスです。 左足のクオリティが高く、ドリブルもシュートもある。 彼がボールを受けるとき、周囲のスピードが一段階上がるのがわかります。
興味深いのは、彼だけが他の選手とは少し違う「自由度」を与えられていることです。
例えばこんな場面があります。
- ビルドアップの段階で一度降りてきて、ボランチの近くで数的優位を作る
- 相手ボランチの背後にポジションを取り、味方に「縦パスを入れろ」と誘う
- 外に流れてペッツェッラやフロリアーニと三角形を作り、サイドから崩しにかかる
チーム全体は「リスクを抑えた前進」を選びつつ、 その中に一人だけ「リスクを取りにいく役割」を与えられている。
ここには、もうひとつの問いが見えます。
・全員が同じことをするチームと、役割を少しずつズラしたチーム。
・自分なら、どちらの中でプレーしてみたいのか。
そして指導者の立場から見れば、こうも考えられるかもしれません。
・全員に同じ「型」を求めるのか。
・それとも、特定の選手には、あえて「型から外れる権利」を渡すのか。
バスケスは、その「外れる権利」を持つことで、同時に責任も背負っています。 ボールを失えば、チームは一気に苦しくなる。 だからこそ、どこで仕掛け、どこでためるかを、瞬間ごとに考え続けなければいけない。
ウイングバックが示す、攻めるか戻るかの1秒の差
クレモネーゼの特徴的な武器が、両サイドのフロリアーニとペッツェッラです。 彼らは「90分間、上下動し続けることを前提にした選手」と言ってもいいかもしれません。
組み立てでは、次のような役割を担います。
- 自陣ではディフェンスラインに落ちて「5バック化」する
- ボールを奪えば、一気に高い位置へ飛び出し、タッチライン際の最大幅を取る
- クロスが入る瞬間には、すでにペナルティエリアの縁や、逆サイドのファーに入ってくる
とくにペッツェッラは、左サイドからのクロスで幾度もチャンスをつくり、ボナッツォーリのゴールもこの形から生まれています。
しかし、彼らの仕事は「走ること」だけではありません。
・今は高い位置に残ってカウンターを狙い続けるのか。 ・それとも、一度ラインまで戻って5バックを形成するのか。
そのジャッジを、ボールの位置や味方の状態、相手の並びをチラチラと見ながら、1秒ごとに変えていく必要があります。
選手としてこのポジションをやるとしたら、どう感じるでしょうか。
「とにかく走る」だけでも大変ですが、 走りながら筋肉が悲鳴を上げている中で、それでも頭を使い続けなければいけない。
日本の育成年代では、サイドの選手に「もっと走れ」「もっと上下動しろ」と声が飛びがちですが、 本当は「どのタイミングで走るかを、自分で決められるかどうか」が問われているポジションです。
「守備的」の裏側にある、細かすぎる選択の連続
クレモネーゼの守備をひとことで言うと、「低いブロックで粘り強く守る」です。 ただ、その中身を細かく見ていくと、決して「下がるだけ」ではありません。
例えば、インテルの3バックに対しては、次のようなパターンが見られます。
- 2トップがレジスタ(アンカー)へのパスコースを切りながら、外側のCBに出る
- その瞬間、ボランチのボンドやグラッシが前へ出て、縦パスの受け手を潰しにいく
- サイドに展開されたら、ウイングバック+ボランチ+シャドーで「3人目の守備」を作る
それでもインテルのような強豪には、サイドで数的優位を作られる場面も多くなります。 そこでニコラは、センターバックの一人、主にチェッケリーニに、ラインから飛び出してサイドの守備に加わる役割を与えています。
つまりこういうことです。
- ラインを保ち、エリア内を守ることを優先するのか
- あえてラインを崩してでも、サイドで数的優位を作りにいくのか
どちらを選んでも、リスクはあります。 ラインを保てば、サイドで数的不利になり、クロスを簡単に上げられるかもしれない。 ラインを崩せば、エリア内のマークがずれて、中央でフリーを作ってしまうかもしれない。
それでもニコラは、相手や流れを見ながら、どこかのタイミングで「飛び出す」決断をさせています。 そして、その裏を支えるのが中央のバスキロット。 彼は2枚目、3枚目のカバーに回ることが多く、スピードには弱点があると言われつつも、その分ポジショニングと読みの質で補おうとしています。
自分がセンターバックだったら、ラインを崩してサイドに飛び出す勇気を持てるでしょうか。 あるいは、リスクを嫌ってエリア内にとどまり続けるでしょうか。
「2つしかない」ように見える攻撃を、どう増やしていくか
インテル戦でのクレモネーゼのフィニッシュパターンを整理すると、かなりシンプルです。
- サイドからのクロスに、4〜5人でエリアを埋めて飛び込む
- サナブリアへのロングボールのこぼれを拾い、2列目がミドルシュートを狙う
実際、分析でも「決定機の形が少ない」「バリエーション不足」という弱点が挙げられています。
ただ、ここにもひとつ考えてみたいポイントがあります。
・自分たちが確実に出せる「2つの形」をまず徹底するのか。
・それとも、成功率が低くても、3つ目、4つ目の形にチャレンジしていくのか。
育成年代の現場でもよく起きる問いです。
「一番得意な形を繰り返すチーム」と「まだ不安定でも、新しい形にトライし続けるチーム」。 どちらが正しいという話ではなく、 「今の自分たちの置かれている状況で、どちらを選ぶか」という話です。
残留を目指すチームであれば、勝点を積み上げることが最優先になる。 その中で、ニコラは「クロス+エリア内の人数」と「ロングボール+セカンドボール」を軸にしながら、少しずつバリエーションを増やしていこうとしているように見えます。
例えば、ボナッツォーリや、ベテランのヴァーディがピッチに立つ時間が増えれば、ペナルティエリア手前での細かいパス交換や、縦に速いワンツーの形が増えていくかもしれない。
変えていくか。 守り続けるか。 どのタイミングで、そのスイッチを押すのか。
その決断の難しさは、トップレベルでも、ジュニア年代でも変わらないのかもしれません。
「走る前に、何を守るのか」を決める

クレモネーゼのSWOT分析では、「短くコンパクトで、献身的」「どんなスコアでも戦う姿勢」といった強みが挙げられています。
一方で、「ディフェンスラインのビルドアップの質」「足の速い相手への対応」「攻撃のバリエーション不足」といった課題もはっきりしています。
つまり、このチームは自分たちの「強み」と「弱み」をかなり冷静に見つめ、そのうえで今のやり方を選んでいるように見えるのです。
日本のサッカーを思い浮かべてみると、どうでしょうか。
- 苦手な部分から目をそらし、「気合い」で上書きしてしまうとき
- 逆に、弱点ばかり気にして、自分たちの強みを消してしまうとき
どちらも、どこかで心当たりがあるのではないでしょうか。
クレモネーゼは、「自分たちはここが強い、ここが弱い」と認めたうえで、 強みを最大化し、弱みをカバーするための戦い方をしているように見えます。
選手一人ひとりのレベルに置き換えることもできます。
・自分はどのプレーが得意で、どこが苦手なのか。
・そのうえで、今の試合で何を一番大事にするのか。
それを、誰かに決めてもらうのではなく、自分でも考えてみる。 監督の意図を聞きながらも、自分なりの答えを持ってピッチに立つ。
もし自分が、このチームの一員だったら
少し想像してみてください。
あなたがもし、このクレモネーゼの一員だったとしたら、どのポジションでどんなことを考えてプレーしたいでしょうか。
- バスケスのように、自由を与えられた一人として、リスクを取りながら攻撃を組み立てるか
- バスキロットのように、最後の砦として、足の速さの不安を読みとポジショニングで補い続けるか
- フロリアーニやペッツェッラのように、走りながら判断し続けるサイドの心臓としてプレーするか
- サナブリアのように、ロングボールのターゲットとなり、苦しい時間帯の「逃げ場」になるか
どの役割にも、目に見えないプレッシャーがあります。 そして、どの役割にも、「自分で選ばなければいけない瞬間」が必ずあります。
前へ出るか、下がるか。 仕掛けるか、預けるか。 つなぐか、蹴るか。
サッカーは、監督が決めたシステムの中で動くだけのスポーツではありません。 そのシステムの内側で、一人ひとりが「自分ならどうするか」を問われ続けるスポーツです。
答えを急がないサッカー観へ
クレモネーゼのようなチームを見るとき、「守備的だ」「もっとボールを持つべきだ」と、すぐに答えを出したくなることがあります。
でも、その前に一度だけ立ち止まってみると、別の景色が見えてきます。
- なぜ、この監督はこのメンバーで、このやり方を選んでいるのか
- この選手は、いま何を守ろうとして、この判断をしたのか
- 自分が同じ状況だったら、同じ選択をしただろうか
勝った・負けた、面白い・つまらない、攻撃的・守備的。 そうした言葉の前に、もう少しだけ「なぜ」と「どうして」を置いてみる。
その小さな習慣が、選手としての視野を広げ、保護者としての見守り方を変え、指導者としての声かけを変えていくのかもしれません。
サッカーの中には、いつも「正解らしきもの」がいくつも並んでいます。 その中から、どれを選ぶかは、ピッチに立つ一人ひとりの物語です。
クレモネーゼのように、限られた条件の中で、それでも自分たちのやり方を選び続けるチームを眺めることは、 自分自身の「選び方」を静かに見つめ直すきっかけにもなるのかもしれません。
急いで答えを見つけようとせずに、 次の試合、次のワンプレーを見ながら、ゆっくり考え続けていく。 その時間こそが、サッカーを少しだけ深くしてくれるのではないでしょうか。
